契約その194 Time slipのその先で……!
ある休日の朝。風月は、大正時代の服を着てリビングに降りてきた。
そこでは、ユニとアゲハがすでに朝食を食べていた。
ユニは、すぐに風月の服に気づいた。
「おはよう。珍しいな。その服着てるなんて」
大正時代ならともかく、現代で袴はさすがに目立つ。ゆえに今まで着る機会はなかったのだが……。
「着ないと、しおねさんに悪いですから」
確かにそうか……とユニは思った。
「それって、百年前の服でしょ!?そうとは思えないくらいかわいー!」
袴姿の風月を見て、アゲハは目を輝かせながら言った。
「ありがとう。きっとしおねも喜んでるよ」
ユニはアゲハにお礼を言った。
朝食を取り終わり、風月はユニに言う。
「ちょっと、散歩に出かけませんか?」
二人は袴に袖を通すと、アゲハに見送られて出かけるのであった。
やはりというか、正月でもないのに袴を着ているのは、否応にも目立つ。
ユニは、さっきから通行人の視線が気になっていた。
「大丈夫です。似合ってますから」
そう風月が言ってくれたので、ユニは気を取り直した。
しばらく歩いた二人は、徐氏堂駅前を訪れた。
「そうだ、おれはこの階段から落ちてタイムスリップしたんだよな」
そして戻ってきた時には傍らに風月が倒れていた。
思えば不思議な縁である。
「この時代に来てだいたい半年になるのか。もう慣れた?」
ユニが聞くと、風月は大きく頷いた。
それはよかったとユニは笑顔で言うと、他にどこか行きたい場所はあるかと聞いてきた。
「それじゃあ……ウチに行きたいです」
風月は少し考えてから答えた。
「ウチっていうと……」
それから二人は、かつて花鳥家の屋敷があった場所を訪れた。
「地図と照らし合わせれば……ここだな」
ユニがスマホの地図を見ながら言う。
場所は同じでも、あの日崩壊した花鳥家の屋敷はとうの昔に撤去され、今は跡形もないが。
ただ、区画は当時のまま残されており、その広大な敷地面積を生かして、今は保育園になっている様だ。
子供達のきらきら笑い合う声が辺りに響いていた。
「お父様の最期の場所がこんなに子供達の笑い声が響く場所になっていて、お父様も喜んでいるかも知れません」
誰に言うでもなく、風月は呟いた。
二人はその場を去り、しばらく辺りを散策する事にした。
「ほら、ここの布団屋だよ。暴走馬車から脱出する時にここの布団がクッションになってくれたんだ」
ここの布団屋の場所は、大正どころか明治から変わっていない。
命の恩人とも言える布団屋に、二人はそっと手を合わせるのだった。
「どうだ、百年前と比べて変わった所、変わらない所、色々あるだろ?」
駅前のカフェでお茶をする二人。頼んだコーヒーを飲みながら、ユニは風月に聞いた。
「はい。こっちの時代に来てから中々見回る事ができなかったですから」
頼んだショートケーキを食べながら、風月は答えた。
「それでもかなり変わってる。おれ達が通ってた学校も、今は共学になってる。それにあの校舎も一度戦争で焼けたらしい」
一九四五年の七月八日。「徐氏堂空襲」というアメリカ軍による大規模な空襲があった。
そこで校舎は焼け落ちた他、しおねもその空襲に遭遇しただろうという事を、紫音は言っていた。
「それに加えて戦後の復興と高度経済成長に伴う開発で、あの時とはだいぶ様変わりしちゃったな」
ユニがしみじみと語る。
「……」
風月は何か言いたげな雰囲気で黙っていた。
それに気づいたユニ。
「どうしたの?」
「あ……いえ……」
風月はそう言うと、また黙りこくってしまった。
しかしそのままではいけないと、風月はユニにある告白をする。
「由仁さん。私、この時代に来てからしばらくして、目標ができました」
「おっ!そうか!よかった。どんなのなんだ?もしよかったら言ってみてよ」
ユニは嬉しそうに聞く。
「私は……医者になりたいんです」
「医者……?」
風月の意外な答えに、ユニは思わず聞き返した。
「私は、あの時あなたに生かされました。馬車の時も、地震の時も」
風月は、さらに身を乗り出しながら言う。
「だから私は……この命を、さらなる命を救う事に使いたいと!そう思ったんです」
興奮気味に語る風月。顔は火照って赤くなっていて、自信に満ち溢れている。
こんな風月の顔を、ユニは今まで見た事がなかった。
だがそれは、茨の道でもある。
医学部受験は難しい。それだけではなく、風月には百年のギャップがある。とても簡単に叶えられる夢ではない。
「簡単でない事はわかってます。それでもこの命、この手で救える命があるなら、救いたいんです」
「あの日、救えなかった分まで」
風月は声のトーンを落として言った。
それを聞いていたユニの脳裏には、風月の父やイヅの顔が浮かんでいた。
―――その死に様も。
それはおそらく、風月も同じだろう。
風月の決意を聞き、ユニは決心した。
「……わかった!それがキミが選んだ道なら、おれも応援する!だっておれは……キミの彼女だからな!」
それを聞いた風月の顔が明るくなった。
いつの間にか、頼んでいた飲み物やスイーツはなくなっていた。
「帰ろうか」
ユニが言うと、風月も大きく頷いて席を立った。
カフェを出ると、冷たい外気が顔に当たった。
「ウゥ……結構寒いなこの服」
ユニはそう言いながら体を震わせた。
「じゃあ走って帰ろうか!その方が体もあったまるだろ?」
ユニの提案に、風月も乗った。
そして二人は、未来へ続く道を走っていくのであった。
悪魔との契約条項 第百九十四条
いくら時が移ろうと、人々の思いは消えない。
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