契約その19 Devilからの誘惑!?
それからというもの、ユニ達の身に奇妙な出来事が立て続けに起きた。
まず被害に遭ったのは七海である。
ある朝、七海が自分の運動靴を持ったままリビングに駆け込んできて言った。
「みんな、大変だよ!部活の運動靴に十円玉が入れてあったんだ!十枚ずつ」
「?」
何を言っているのかと、みんなは首を傾げた。
「本当なんだって!靴履こうとして、何か変だなって思ったら入れてあったんだ!」
ユニはもしかしたらと思い言う。
「それって靴を消臭できる裏技なんじゃないか?試しに嗅いでみろよ。臭くないと思うぞ」
七海は半信半疑で嗅いでみると、いつもの汗臭い臭いが綺麗さっぱりなくなっていた。
「本当だ!全然臭くない!そうか、ユニが入れておいてくれたのか。ありがとう」
七海はお礼を言うが、ユニは自分じゃないと言った。
それからも奇妙な出来事は続く。
たとえば、コンビニで買った昼食の弁当がいつの間にか栄養満点の手作り弁当に変わっていた。
そしてアゲハの散らかっていた部屋が綺麗に片付けられていた上に全てのものがわかりやすい所に置いてあった。
さらにはスーパーで買った安物の肉がいつの間にか最高級黒毛和牛にすり替わっていた。
「おかしいってこんなの絶対!」
これらの奇妙な出来事に、ついにアゲハが声を上げた。
「確かに不気味だな。こっちが得しかしてない分余計に」
「そうでしょ?ね、ね!」
アゲハは周囲に同意を求めた。
ユニは、今までずっと黙っているルーシーに話題を振った。
「時にルーシー、何か心当たりはないか?」
「それはつまり、お前は『悪魔の仕業』だと考えているっていう事か?」
ルーシーが逆に質問し返す。
ユニは大きく頷いて言う。
「悪魔っていうのは人智を超えた存在、人間の理解が及ばないヤマには悪魔が関わってると思う」
それを聞いたルーシーは少しだけ考えて言った。
「人間がこの世界の全てを理解しているわけではないのと同じで、悪魔も魔界の全てを理解しているわけじゃない」
しかし、その上でルーシーは自分の意見を言った。
「でもまあ、所業の小ささから見て、『最強悪魔』から言わせて貰うと、可能性があるのは……」
―――同時刻 黄桃のスタジオ―――
「思い人」がクラスメイトと同居していると聞いた時、「足塚藤香」は強い絶望を感じた。
そんなに人数がいるという事は、つまりそれだけライバルが多いという事である。
何の魅力もない「足塚藤香」では勝ち目がなかった。
髪を解き、メガネも外した「藤香」は机に突っ伏した体勢のまま「内なる自分」に話しかける。
「僕、どうすればいいんだろう。ねえ『ハル』」
「簡単よ。その同居人を少し怖がらせればいいのよ」
「内なる自分」はそう答えた。
「足塚藤香」と「黄桃ハル」は別人である。
それは比喩的なものではない。本当に、「足塚藤香」と「黄桃ハル」は同じ肉体を共有している別人なのである。
約三年前、ただの根暗な中学生だった藤香は、古書店である魔導書を見つけた。
その時は少し早めの厨二病に罹っていた藤香は、これこそまさに自分の求めていた魔導書だと思い、大金を払って買ったのである。
唯一読めたページを音読すると、悪魔が飛び出してきた。
その悪魔は、人間界では名や実体を持てない下級悪魔だった。
それでも生物活動には影響はないと語る「悪魔」は、キミに悪魔の力を渡すから体を貸してくれと契約を持ちかけた。
そういう「力」に憧れた藤香は、快く契約を交わした。それからもう一人の人格「黄桃ハル」が生まれた。
名前はその時の食卓に置いてあった黄ばんだ桃と、その日の天気からである。
「ルシファー」の様な上級悪魔と違って大きな力を持たない弱い「下級悪魔」だったが、人間界で無双するなら大した問題ではなかった。
漫画家になったのは、それから少し経ってからの事である。
二人は一緒に漫画を読んでいた。
「自分も描いてみたい」という藤香の願いを叶えた「ハル」は、やがてその才能で連載を勝ち取り、今に至る。
「藤香さん、もっと様々な経験をしてください。そうする事で、私はさらに強くなれるから」
この日も、藤香は「スタジオ」に帰ってきた。藤香はもう長い事家に帰っていない。
人格はともかく体は「黄桃ハル」である以上、学校にいる時以外はここにいれば編集者さんもやりやすいのである。
「それで?あなたの恋はどうなってなってるのかしら?相手は女の子なんでしょ?中々スミに置けないわね、あなた」
心の中で「ハル」が話しかけてくる。
「そんな……恐れ多くてまだ話しかけられないよ」
「そう……意気地なしねあなた」
「ハル」は呆れながら言った。
「欲しいものはどんな手段を用いても手に入れる。それが悪魔よ。あなたの願いを叶えて、契約が成立する度に、私の力は強くなっていく。いずれは固有の姿を手に入れて……」
「ハル」は己の野心を覗かせた。
固有の姿を持つ「ルシファー」達「上級悪魔」の方が、固有の姿を持たない「下級悪魔」よりも位が高い。
基本的に「下級悪魔」は差別される立場である。
「上級悪魔」にとっては単なる娯楽に過ぎない「契約」だが、「下級悪魔」にとってはまさに死活問題なのである。
その為下級悪魔は、上級悪魔への反感と、自分もそうなりたいというハングリー精神に満ち溢れている。
「こうなったら、『既成事実』を出すしかないわね」
「既成事実?」
藤香は首を傾げるのだった。
翌日の放課後。あの日と同じ様に、教室にはユニと藤香―――もといハルしかいない。
「ハル」はこれ幸いとユニに話しかける。
「ねェユニちゃん。この教室に二人しかいないのって奇遇じゃない?一緒に帰りましょうよ」
いつもと比べて、何かだいぶ口調が違うとユニは訝しみながらも、了承した。
「ありがとう。ちょっと待っててくれる?」
「ハル」は悪魔の力で教室のドアや窓に至るまで厳重な鍵をかける。
その上で、誰も入ってこられない様に、この教室を人間の認識の外に置くのだった。
「上級悪魔」の中でもとりわけ強い力を持つルシファーは、その力を全世界まで行使する事が可能である。
しかし「下級悪魔」の場合そうはいかず、せいぜいこの教室を丸ごと管理下に置くぐらいが精一杯なのである。
しかし、人間を相手にするのならそれで十分だ。
とにかく、これでこの教室の中で何が起きても人間に気づかれる事はない。
「ハル」はいきなりユニに襲いかかると、そのまま床に押し倒した。
「な!いきなり何すんだ!」
ユニが怒った。
「『何すんだ』っですって?この状況で、私が何をするかわからないのかしら?」
「ハル」は髪を振り解き、メガネを外し、ものすごい力でユニの制服を引き裂く。ユニのピンク色の下着があらわになる。
「やめろ……」
下級といえど悪魔と人間の差は激しく、力で押し返す事はできなかった。
「じゃあ始めるわよ……」
その時、普通にドアを開け、教室に入ってきた人がいた。
ルーシーである。
「なぜあなたがここに!?」
起こり得ない事実に驚愕する「ハル」。
「ルーシー!」
ユニは、ルーシーの名前を力の限り叫ぶのであった。
悪魔との契約条項 第十九条
悪魔には、人間界での名と体を持つ「上級悪魔」と、持たざる「下級悪魔」の二種類が存在する。
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