契約その189 輝く未来へ!run to run!
一月も下旬に入り、そろそろ「女子総合陸上部」の今年度最後の大会が開催されるという時期になった。
普段の練習にもより力が入る。
「はい!五分休憩!休める時に休んでね」
七海の号令で、部員達は一斉にグラウンドの端に置かれていたペットボトルを手に取って飲み始めた。
「お疲れ様です。長寺先輩」
「女子総合陸上部」のマネージャーを務める由理が、七海にペットボトルを渡した。
「うん。ありがとう」
七海は一言お礼を言い、由理からペットボトルを受け取ると、中のスポーツドリンクを喉に流し込んだ。
真冬とはいえ、冷たいスポーツドリンクが体に染み渡る。冬といえど喉は乾くのだ。
由理と七海の関係は、学校では秘密となっている。
それはどの彼女でも変わらないのだが、やはり同居してるという事が学校に知れると何かと面倒なのである。
なので由理は、部活中は七海の事を「先輩」と呼ぶ事にしている。その点は七海も理解を示し、訂正しようとはしない。
「今年に入って、さらにタイムが縮みましたね」
由理が持っているバインダーに挟まっている、最近のタイムが書かれているプリントを見ながら言う。
「そうでしょ。大会が近いからね。日々のトレーニングと食事から見直したんだ。その結果かな」
七海は続けて、由理の耳元で囁く。
「その内、日々の食事に関してはあなたのお陰だけど」
それを聞いてビクッとし、くすぐったくなる由理。七海どころか瀬楠家の胃袋は全て彼女が担っているので当然だが。
「それを耳元で囁かないでくださいよ。わかってるから」
由理の苦情を、七海はきょとんとして聞いていた。
七海としては、周囲にバレない様に囁いただけである。それ以外の理由はない。
性的な意味も断じてないのだが、由理は少し感じてしまったらしい。
七海は天然なのだ。
「とにかく!そろそろ休憩も終わりですし、始めましょう!」
由理は、七海の背中を押し出す様にして、グラウンドへ送り返すのであった。
「それで二人、毎日帰りが遅いのか」
由理の代わりにアゲハが作ってくれたカレーを食べながらルーシーが言った。
「そうなんだ。だからみんなで手分けして家事とかやらないといけない」
ユニが言う。
「確かに由理一人に任せすぎたかもな……。最近おれ達忙しいからあまりできないけど……やる事はちゃんとしておいた方がいいのかな」
ルーシーは水を飲みながら言う。
「大会の日は二月三日らしいよ。予定が合う人同士で行ってみようか」
ユニがおかずの唐揚げ(ルアの手作り)を食べながら言うのだった。
そして来る二月三日。大会の日である。
この日、よりによってユニはカゼを引いてしまっていた。
「ゲホッ……ごべん……カゼ引いちゃって……」
「熱が三十九度もあったら仕方ないよ」
謝罪するユニにルーシーが言う。
「でも、ユニってよくカゼ引くよね。まだ不運が続いているのかな」
ミズキが唸りながら考える。
「さすがにそれは……とも考えられなくもないよなあ……」
ルーシーも気になっている様だ。
「とにかくウチとミズキちゃんは看病しないといけないからパスね」
アゲハが言うので、応援に行くメンバーは、ルーシー、みすか、丁井先生の三人となった。
丁井先生の愛車に乗り込み、三人はアゲハとミズキに見送られながら出発するのだった。
「陸上大会に行くのに教師の車を利用するって、あの時を思い出すな」
ルーシーはしみじみと語る。
ルーシーの言う「あの時」とは、ユニ、ルーシー、七海、アキ、アゲハが陸上部の大会に参加した事である。
「話には聞いていましたけど、改めてどんな感じだったんですか?」
みすかが聞く。
「アレは大変だったな。危うく死にかけた。アレからもうすぐ二年か」
ルーシーはしみじみと語った。やはりそれだけインパクトの強い話だったのである。
「あの時とは違って、安全運転で頼みますよ、丁井先生」
ルーシーは運転している丁井先生に話しかける。
「ああ。任せとけ」
丁井先生はそう答えるのだった。
大会の場所も、あの時とまったく同じであった。しかし、あの時とは違い、ルーシー達は余裕を持って現地入りするのだった。
元顧問という立場ゆえか、丁井先生は部員達にに挨拶してくると言い残し、二人のそばを離れたのだった。
残された二人は、一番見やすい席を確保して待つのだった。
しばらく待っていると、丁井先生がたくさんの料理を抱えてやって来た。
わけを聞くと、挨拶がてら売店で買って来たとの事である。
「焼きそばにフライドポテトにたこ焼き……結構バリエーションあるんですね」
みすかが感心しながら言う。
「ああ。今日は車で来たから飲めないけど、酒まであったぞ」
残念そうに丁井先生が言う。
さすがに飲酒運転をする程常識がないわけではない様である。
売店が開いてるぐらいなので、観客数はかなり多い。三人の両脇にもすぐに人が座った。
間もなく、選手達が列をなして入場してきた。
「こういう時の食べ物ってなぜかおいしく感じますよね」
フライドポテトを頬張りながらみすかが言う。
「同感だな。奢ってくれてありがとうございます」
ルーシーは好物のたこ焼きを頬張りながらお礼を言う。
「まあ、大人だから。それに見てみろ。ウチの学校が入場してきたぞ」
部長である七海を先頭に、晴夢高校の選手も入場してきた。
とても二年前まで廃部の危機に陥っていたとは思えない、堂々とした入場だった。
その様子を、ルーシーは動画でちゃんと収めた。
「ユニは絶対見たいだろうからな」
やがて開会式が行われ、その後競技の時間になる。
「七海さんは何の競技に参加するんでしたっけ」
みすかが聞く。
「えーっと……」
ルーシーがパンフレットを見て確認する。
「100m短距離だな。この後すぐやるらしい。ほら!」
ルーシーが言うより早く、出場選手が続々と集まっていく。
全員が位置につき、クラウチングポーズを取る。
一瞬の静寂が会場を包み込み、空に向かって合図のピストルが放たれた。
一斉に飛び出す選手達。100mの短距離は、如何に最初に飛び出せるのかが重要である。果たして飛び出したのは……。
七海だった。大地を踏み締め、まるで大空へ羽ばたく様に、どんどん他選手を引き離し、真っ先にゴールテープを切った。
三人は、その見事な走りにスタンディングオベーションをする。
それに気づいた七海は、笑顔のピースを返すのだった。
そんな動画を見たユニは、「リアルタイムで見たかった」と惜しみ、自分の看病をしてくれたアゲハとミズキに感謝する。
そんなユニを、まだ来年度もあるからと慰める七海なのであった。
「それに、何なら大学生になっても陸上続ける気だし」
「そうなの!?」
みんなは声を揃えて驚く。
「うん。スポーツ推薦っていうのかな。大学からの方からぜひウチにって言われてね」
「そうか……大学か……」
ボソッと呟くユニ。
選択の時期は、もうすぐそこまで迫っていた。
悪魔との契約条項 第百八十九条
未来は、みんなの手の中にある。
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