契約その188 Heroはいつも、私の心の中に……!
「きらパー」のヒーローショーは、デパートの屋上でやっている様な低予算のものではない。
さすがに本格的な劇場でやるわけではないので、それよりはクオリティは落ちるのだが、それでも目を見張るものがあるのである。
そんなヒーローショーが、間もなく始まる。
司会のお姉さんがヒーローの名前を呼ぶと、今年のヒーローが勢いよく飛び出して来た。
「今回は怪人『タゴサクランボルギーニ』と『オクラリネットンボ』と戦う内容だな」
ショーのパンフレットを見ながら、アキが言う。
「一体どんな怪人なんじゃ……」
呆れながら紫音が言った。
「前者は『田吾作』と『サクランボ』と『ランボルギーニ』、後者は『オクラ』と『クラリネット』と『トンボ』が融合した怪人だぞ」
アキはしっかり説明してくれたが、名前以外の情報がない。
「それぞれ二十年前の作品の19話と30話に出た怪人で、どっちも割と強敵だった」
続いて説明してくれるアキ。
そんな組み合わせで強敵になる事があるのか……。
紫音は驚くのだった。
そんな紫音をよそに、ショーは展開していく。
件の怪人が現れ、ヒーローに襲いかかった。
どうやら泥を発射する「タゴサク田んぼビーム」やオクラのネバネバを網にした「オクラネット」なる技を使うらしい。
怪人に攻撃され、苦しむヒーロー。
「みんなも一緒に応援しましょう!」
司会のお姉さんの掛け声で、子供達の声援が鳴り響く。
「がんばれー!」
「がんばえー!」
そしてピンチのヒーローの元にやって来たのは、二十年前のあのヒーローだった。
「わー!」
子供達の声援が聞こえる。二十年前の作品なのに、子供達からの知名度も高いらしい。
「この間二十周年記念公式配信をやってたからな。それで見ていた子供が多いんだろう」
アキが推測する。
二十年前というとアキも生まれてないのだが、当然の如く履修しているらしい。
そのヒーローとの共闘により怪人は倒され、ヒーローショーはハッピーエンドで終わるのだった。
ヒーローショーが終わり、ヒーローとの写真撮影タイムとなる。
子供達は仲良く列を作り、撮影タイムを今か今かと待っていた。
紫音は、自分も行こうとする風月を止めつつ、アキに行かないのかと聞いたが、アキは席に座ったままだった。
「まず子供を優先させるべきだろ。あくまでメインターゲットは彼らなんだから」
どうやらその考えはずっと一貫しているらしい。
「成程……キミのそういう考えは割と主流なのか?」
紫音が聞くが、アキはゆっくりと首を横に振った。
「どの界隈にもマナーの悪いファン……ファンの風上にも置けないのがいるモンだ」
紫音はそうなのか……と少し残念そうな顔をする。
そしてその典型的な例を、紫音は早くも思い知る事になる。
三人の横を、小太りの男がヅカヅカと通り過ぎて行く。
黒縁メガネに脂ギッシュな体が特徴で、お世辞にも見た目はよくない男である。
「あの男は……」
その姿を見たアキが呟く。
「知り合いなんですか?あの男性が」
紫音に抑えられていたがようやく落ち着いた風月が聞く。
「いや……知り合いってわけじゃない。この界隈では有名ってだけだ」
その言葉に、紫音は全てを察した。
「SNSでの作品や役者さんについて罵詈雑言が激しくて、それでみんなから嫌われてるんだ」
アキが説明する。
すると、突然怒号が聞こえ、三人はビクッとした。
「だから!ぼくが先に写真撮影するって言ってんの!」
ステージ上からかなり離れた三人の耳にも届く程大きな声である。
「あと五分でここ出ないと家の宅配に間に合わないんだよ!せっかくプレミア版買ったのに!」
どうやら男は自分の都合で子供の列の割り込みをし、係員に注意された事に怒っているらしい。
「何!?ぼく何か悪い事言ってる!?」
なおも続く男の怒号。会場の雰囲気は最悪になっていた。
その男の剣幕に、泣き出す子供達。
それにますます腹を立てた男は泣いている子供の胸ぐらを掴んでこう怒鳴りつける。
「ぼくのどこが悪いの!?言ってみろよ!」
男が拳を振り上げたその時である。
ぐわしと男の拳を強く受け止める腕。アキだった。
アキはそのまま、男の腕を後ろへ捻った。
「……っか……!痛いな!何すんだよ!」
男の矛先がアキに向かった。
「何すんだよってこっちのセリフだよ。億歩譲って列の割り込みは許すとしても、暴力振るえばお前は終わりだぞ」
淡々と言うアキ。
「な……何を〜!」
男はアキに噛みついた。
「お前は特撮から一体何を学んだんだ?気に入らない事があれば暴力を振るおうと、テレビの中のヒーローは言ってたか?」
アキは男に諭す様に言った。
しかし、アキの言葉は届かなかった様である。
「へっ!知らないね!そんな事」
そして男は、アキの顔面に思い切り唾を吐きかけた。
つばでベトベトになるアキの顔。その光景に、紫音と風月ははらわたが煮え繰り返った。
「もういいよ!二度と来るもんかこんな所!」
男はアキの腕を無理やり振り解くと、そのまま走って去ろうとする。
その足元に忍び寄る足。
男のはそっと足を出されて引っかけられ、躓いた男はそのまま会場のベンチに二重アゴをぶつけて倒れた。
男はその衝撃でしばらく立てなかったが、やがて起き出して言う。
「何すんだ!」
「何って、たまたまわしが出した足にお前が勝手に躓いただけじゃろうが」
足をかけた張本人、紫音が言った。
「わざとだろ!」
「何じゃ。わし、何か悪い事したか?」
自分の発言をそっくりそのまま返され、男は黙ってしまった。
「フン!今日は最低の一日だ!」
男が吐き捨てる。
「子供達やわしの友達がお前から受けた仕打ちと比べりゃ、そんなもん大した事なかろう?」
紫音の皮肉を背中で受けながら、男は去っていった。
その後、慌てて紫音と風月はアキの元へ駆けつけた。
風月は自分のハンカチを渡し、これで顔を拭う様に言う。
アキはそれをありがたく使わせて貰い、そして自分が救った子供に向かって笑顔で聞く。
「ケガはなかった?」
「うん!ありがとう!」
その子供も笑顔で返したのだった。
その後、アキは同行してくれたお礼として二人にスイーツを奢ってくれた。
「きらパー」内にある喫茶店に入る三人。
「本当に大丈夫か?いるんだな。あんなバカが」
ようやく席に着き、紫音が開口一番に心配する。
「あんな仕打ちを受けたのに、奢らせるなんて悪いですよ」
風月が言う。
「いや、それはいいんだ。だって約束なんだから」
アキが笑いながら言う。
「しかし心配だな……」
アキが呟く。
「心配って、何がですか?」
頼んだハチミツがけショートケーキを頬張りながら風月が聞く。
「あの子供の事だよ。今日の事がトラウマになってなきゃいいけど……」
出されたお冷を飲みながら、アキはため息をつきつつ言った。
「でもその分、きれいなお姉さんに庇って貰ったんだからよかったんじゃないのか?」
紫音がアキを慰める。
「そうですよ!間違いなく、あの子にとってアキさんは自分のヒーローなはずです!」
風月もそうフォローしてくれたのだった。
その後、あの男のSNSアカウントが火殿グループの手によって爆散したのだが、それはまた別の話である。
それには、またユニが関わったのではないかと、アキは思うのであった。
悪魔との契約条項 第百八十八条
ヒーローは、みんなの心の中にいる。
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