契約その18 Manga artistの……?
「何かさ、最近流行ってるよな、その漫画」
ユニは、由理がリビングで読んでいる漫画を見て言った。
「あ、姉さん知ってるの?これ」
「名前はな」
ユニはそう返した。
由理が読んでいる漫画は、「初恋エターナル」というラブコメ作品である。
「水都」と呼ばれる水上都市を舞台に、高校生の男女の恋愛が描かれる。
現時点で三巻まで出版されていて、その人気から早くもアニメと実写化が決まっているらしい。
作者は本作でデビューした「黄桃ハル」という人物で、顔はおろか本名や年齢、性別すら不明らしい。
「それ『初恋エターナル』?ウチも読んでるよ」
アゲハが言う。
「私もだ!アゲハに勧められてな」
アキも同調した。
もうすでにマンガの貸し借りをする程に仲良くなっているらしい。雨降って地固まるというやつである。
「そうか……じゃあおれも……」
ユニもとりあえず一巻を手に取り読んでみるのだった。
ユニは元々読書が早い。漫画三冊を読むのにそう長く時間はかからなかった。
「どう?」
みんなが聞く。
ユニは赤面しながら感想を述べた。
「あのその……何というか……すごいな……色々と……」
「ユニの語彙力が低下してる!」
つまりそれぐらいすごい作品という事である。
「しかしな、この作者、年はおれ達とそう変わんないと思うぞ」
「へー何でそう思うんだ?」
アキが聞いた。
「高校生の心理描写が丁寧だ。しっかりと現代の高校生を扱っている感じがする。作者も恋をしていると見た」
ユニのこうした推測は合っている可能性が高い。
この前も、テレビに出ていた俳優に対して、「女性に対してリスクを避けてる様な言動や行動が見られる。たぶん不倫していると思う」と語り、実際にその俳優は不倫が週刊誌にスッパ抜かれた。
「ある提示された情報を元に相手の裏を見抜く能力」においては、ユニは他の追随を許さないのである。
「まあ、人の隠し事を暴こうとするのはナンセンスだけどな」
ユニは語った。
それからどんなキャラが好きかという話になった。
「私このキャラが好きだな。『李楠ユウジ』」
「私も」
みんな次々と名を上げたのは、まだ単行本には載ってない新キャラである。
「何というか似てるんだよな。ユニに」
「おれに?」
「そう、男性キャラなんだけど、どこか優しい所とか」
「髪短くしたユニって感じがする」
「それわかる。名前も何か似てる感じがするし」
さすがに雑誌では追えてないユニは、何の事だかさっぱりわからなかった。
それから数日が経ったある日の放課後の事である。ユニは下校の支度をしていた。
生憎今日は全員予定が合わなかったので、一人で帰る事にした。
教室には、ユニともう一人の女子生徒の姿しかない。
その女子生徒は机に突っ伏してうたた寝をしている様だ。
このままでは風邪をひいてしまう。
ぐっすり寝ている所を起こすのは忍びなかったが、風邪を引いてしまっては可哀想だ。
「オイ、せっかくぐっすり寝ている所悪いけど起きろよ。このままだと風邪引くぞ」
ユニはその少女の体を揺さぶる。すると少女は寝ぼけた声でこう言った。
「もう少し寝かせてくれェ〜。昨日が締切で徹夜してたんだ〜」
寝言にしては妙である。ユニは首を傾げた。
ユニはさらに激しくその体を揺さぶりながら言った。
「オイオイ、締切がどうとかおれにはわからないけど、寝るんなら家に帰ってからゆっくり寝た方がいいと思うぞ」
それで多少は覚醒したのか、少女はゆっくりと起き上がった。
「……ん?朝か?」
「放課後だよ」
「……じゃあ何で起こしたんだ?」
少女は大きなあくびをしながら言った。
「そこで寝てると風邪引くと思ってさ」
ユニが言う。
「ああそうか。ありがとう。瀬楠ユニ」
一度寝て完全に覚醒したのか、少女はシャキッと立ち上がった。
この子は確か「足塚藤香という名前だったはずだ。
メガネにショートカットを結んだローポニーテールが特徴的だが、クラスではあまり目立たない存在である。
「じゃあまた明日!」
「ちょっと待って!」
帰ろうとした藤香をユニが呼び止めた。
「カバン忘れてるぞ」
藤香は、カバンが机に置いてあるのを忘れていた。
「あっごめん。寝ぼけてたんだな。ありがとう。じゃあまた明日」
「いや待ってくれ」
そう言って足早に去っていこうとする藤香を、ユニはまた呼び止めた。
「今度は何?」
「あのさ、一緒に帰ろうよ」
「え!?えー!そんな悪いって……」
藤香は不自然なくらい驚く。
「いやこっちが誘う側だからな」
ユニは呆れながら言った。
「で、一緒に帰るの?」
「帰る!帰りますっ!」
この子、こんなにハキハキ喋る子だったんだな。その性格ならクラスに馴染めるんじゃないか?
そう思ったが、何か理由があるかも知れないので黙っておいた。
空はすでに暗くなり始めていた。夕日が二人を眩しく照らす。
藤香は、学校のカバンにさらに別のカバンを持っていた。やけに大荷物である。
「何が入ってるんだ?」
ユニが聞く。
「いや別に!えーっと……ノートだよノート!」
何とかユニを誤魔化す事に成功した。
藤香には、誰にも話していない秘密がある。それは、彼女こそが漫画家「黄桃ハル」である事である。
カバンに入っているノートも作品の設定などを書いたものであり、授業で使うものではない。
そんな彼女が漫画家である事を隠しているのは、「黄桃ハル」と「足塚藤香」は別人であるという認識が強いからである。
「黄桃ハル」は自分であって自分ではない。そんな微妙な感覚で生きているのである。
ユニは「黄桃ハル」について「恋をしている」と推測していた。その見解はやはり正しかった。
しかしそのユニすらわからなかったのは、その恋愛対象が他ならぬユニ自身に向いているという事だった。
「うわあ〜!かっこいい!かっこいい〜!その横顔〜!どうしよう!どうしよう!これ側からみると恋人って見られるのかな!?そうだよね!見られるよね!」
藤香は、内心テンションが上がっていた。
ユニとは見た目の上では同性なので、見られるのだとしたら友達なのだろうが、そこは恋は盲目と言うべきか、その事には気づかなかった。
藤香がユニにホレたのは、あの陸上大会の事である。
ネタ作りの為に観戦していた藤香だが、あの走りに、女性にはない「男らしさ」を見た。見た目の可愛さと男らしさ。
そのギャップに藤香はヤられてしまったのである。
新キャラがユニに似ているのもその為で、現にすでに高い人気を誇っていた。
いつの間にか、ユニの家に着いていた。
「そうだった。今日はみんないないんだった」
ユニは家の鍵を取り出した。
「みんな?」
藤香は聞く。
「あーおれクラスメイトと同居してるんだ。最初は妹だけだったんだけど、あれよあれよと増えて、今はおれ含め六人だ」
「へー……そうなんだ……」
突然藤香の声のトーンが下がる。
ユニは、それを気にせずに別れを告げると、家に入っていったのだった。
藤香に芽生えたドス黒い感情を、今はまだ誰も知らない。
悪魔との契約条項 第十八条
契約とその代償が、他人の人生を狂わせる事もある。
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