契約その168 テンアゲ!?アゲハのfashion contest!
ヒナと同様、アゲハもまた悩んでいた。
アゲハには夢がある。それは自分のファッションブランドを作る事である。
もうすでにそういうファッション系の大学を受験する事を決めているので、大学受験自体は楽だった。
だがそれだけに、自分はどんな服を、どんなファッションを創っていけばいいのか模索していたのである。
「うーん……やっぱしっくり来ないなあ……」
アゲハが現在目指しているのは、あるファッションコンテストである。
本物のプロも応募するコンテストな為、敷居は高いがそれだけに賞を取れれば夢へと大きく近づく。
しかし今、アゲハはスランプ真っ最中である。中々しっくり来るデザインが描けない。
アゲハはため息をつきながら、再びデザイン画を大量の紙束の上に置いた。
これらは全部没デザインである。すでに数百枚に達していた。
さすがにこの量の紙は自室のゴミ箱には入り切らないので、アゲハはリビングへ大きいゴミ袋を取りに行くのだった。
リビングには藤香がいた。黒Tシャツと黒ズボンというラフな格好である。おそらく人前に出る事を想定していない。
「あれ?締切ヤバいとか言ってなかったっけ?」
アゲハが聞く。
「今は休憩。一時間おきぐらいに適度に休憩した方がパフォーマンス性能は上がるんだ」
藤香はそう言いながら、冷蔵庫からエナドリを取り出し、一気飲みした。
「ん?何だそれ」
藤香はアゲハが抱えている大量の紙束に気がついた。
「あ、これ?これはコンテスト用の没デザイン。中々いいのが思いつかなくて……」
アゲハはそう言うと、藤香に見られない様に慌ててゴミ袋を取りに行く。
「ちょっと待って!」
「ふえっ!?」
藤香はアゲハを呼び止めると、抱えていたデザイン画の一枚をサッと取り、まじまじと見つめた後、一言言う。
「これいいな。使わせて欲しい」
「使わせて欲しいって漫画に?」
アゲハが聞く。
藤香は「そうだ」と大きく頷いてから言う。
「キャラクターの私服考えるのも大変でさ、そのキャラクターに合った服を考えないといけないし……」
「キャラクターに合った服……」
アゲハがぽつりと呟く。
「そうだ。例えば女の子っぽいキャラならガーリーに寄せるし、ボーイッシュならズボン履かせるし……」
藤香は堰を切った様に話し始めた。
「ギャルなら派手めに、あざといキャラなら男受けのいい服だったり……あとはギャップを狙って……」
色々言った後、藤香はこう結論づけた。
「とにかく大事なのは、『そのキャラっぽい服をデザインする』って事だな。キャラの重要なアイコンになるし」
勿論ケースバイケースだがと藤香は付け加えた。
それを聞いたアゲハは、思わずハッとする。
「つまり『その人らしい服をデザインする』って事……?」
その時、アゲハの眼前がぱあっと明るくなった。
「そうか!そういう事か!服単体で考えちゃダメだったんだ……」
思えば当然の事である。服とは本来着られるもの。着る人の事を考えなければならなかったのである。
「ありがとう!参考になった!これ全部あげるから!参考にしてね!」
アゲハは没デザインを藤香に全て渡すと、こうしてはいられないと自室へと走り出したのであった。
「さすがにこんなにはいらないんだが……」
大量の紙束を抱えながら、藤香はぼやいたのだった。
それから一週間が経過した。
「そう言えば、最近アゲハ見ないよな……」
ユニが言う。
正確には、学校にいる時は見かけるのだが、終業次第すぐに帰って自室に篭っているらしい。
「一体何してるんだろうな」
ルーシーも言う。
「これは推測なんだけど……」
藤香が言おうとしたその時である。
「できたー!」
アゲハが叫びながらリビングに駆け込んで来た。
「うわっ!何ができたって……」
慌てるユニ。
「何がって……ほら!」
アゲハは、ある紙をバッと広げて見せた。
スケッチブックに書かれていたそれは、アゲハが自分で考えたファッションだった。
「ヘェ……これみんな自分で描いたのか。すごいな」
ユニが感心した様子でそのスケッチを見る。
ファッションについてはよくわからないが、彼女が努力した事はわかった。
「みんなの事を考えながら創ったんだ。みんなにはどんな服が似合うんだろうって」
アゲハは、スケッチブックをギュッと優しく抱きながら言うのだった。
あとはこのスケッチをパソコンで出力し、公式ホームページに送信すれば完了である。
アゲハは、紫音の手を借りながらも無事に送信する事ができたのだった。
「結果発表は一週間後。今のウチの力が一体どこまで通用するのか……」
送信した後で、アゲハはゆっくりと呟くのだった。
そして一週間後。
コンテストの結果が来たとの事で、ユニ達はパソコンの前に集合した。
「いい?開くよ?」
アゲハはそう言うと、コンテストの「結果を見る」という欄にカーソルを合わせてクリックした。
息を呑むユニ達。
「ど……どうなんだ……?」
ユニが恐る恐る聞く。
「『審査員特別賞』だって……!」
アゲハが言う。
「それってどれぐらいすごいの?」
「えっと、一番上が『最優秀賞』、その次が『優秀賞』だから、その次だね」
アゲハが言う。
つまり上から三番目の賞という事である。
「初挑戦で三番目の賞なんでしょ?すごいな」
ユニが言う。
「それに『最優秀賞』も『優秀賞』もプロの人が受賞してる。他の賞も全部プロの人が取ってるみたい」
それは益々すごい事だ。
ユニ達は満場一致でそう思った。
「ウチの講評としては……なになに?」
アゲハは自分のデザインについての評価を読む。
そこには「アマチュアでまだ荒削りだが、『こういう人に着て欲しい』という思いが伝わってきた」という旨が書かれていた。
「すごいなアゲハ。ベタ褒めだよ」
ユニがアゲハの肩を軽く叩きながら言う。
しかし、アゲハは無反応だった。
「アゲハ?」
いや、無反応ではない。小刻みに体を震わせている事がわかる。
「よかった……本当によかった……」
そして堰を切った様に泣き出すアゲハ。
その姿を見て、ユニ達は肩を撫で下ろすのだった。
これがいずれファッション史に名を残す「芽ヶ森アゲハ」の、その最初の伝説だった。
悪魔との契約条項 第百六十八条
才能ある者の惜しみない努力は、必ず報われる。
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