契約その165 Ramen大紀行!
「じゃあ、行ってきます」
アルとユニは、みんなに見送られながらデートに出かけた。
外に出て早々、アルがユニに聞く。
「どこに行きたい?今日はキミの要望に応えたいんだけど」
曰く、今日は自分がエスコートする立場だとの事である。
しかしユニも、いつも自分はエスコートする側なので悩んでしまう。
「じゃあそうだな……」
ユニは、何とか要望を絞り出して言った。
瀬楠家から最寄り駅までの道は国道で繋がっている。
その国道沿いに、「らーめん風須賀というこぢんまりしたラーメン屋があった。
「そんな所でいいの?」
アルが聞く。
「そういう所だからいいんだ。中々いい所だぞ」
ここの角を曲がればラーメン屋だとユニは言う。
果たして、角を曲がったユニ達が目にしたのは、例のラーメン屋に並ぶ長蛇の列だった。
「げげっ!何だこれ!」
ユニは驚愕する。逆方向に伸びているのでわからなかったのである。
「この前来た時はこんなに繁盛してなかったぞ!」
ユニが慌ててネットで検索をかけると、とあるネット記事を見つけた。
「きっとこれだな……」
ユニが見つけたのは「小池のラーメン大紀行」というネットコラムだった。
「ラーメンジャーナリスト」を名乗る「小池」という男が「らーめん風須賀」を星五つとした事で評判になっているのだ。
店先には、「現在二時間待ち」と書かれた看板が立っていた。
これを待っていたら、ラーメンを食べるだけで薬のタイムリミットが来てしまう。
困ったユニは、アルに聞いてみる事にした。
「どうする?このまま待つか?だがそれだとラーメン食べるだけでデートが終わるけど」
ユニは、できればアルに楽しいデートを送って貰いたいと考えていた。
ラーメンを食べた後も様々な予定を立てているのである。
万が一ラーメンがダメだとしても、それ以外の候補を何店か考えている。予定は狂わない。
「キミはどうしたいんだ?」
アルが逆に聞き返す。
「お……おれか?」
正直に言うと、今のユニはラーメン腹だった。今日はラーメンを食べたいと思っていたのである。
だが、そんな自分のエゴの為に彼を巻き込みたくはない。
「おれは別に……」
「キミの本心を聞きたいんだ!」
アルはラーメン屋の隣の建物(空き店舗)に壁ドンをする。
イケメンなのでかなり絵になる。
俯瞰で見ると、まるで少女漫画のワンシーンだ。きっと藤香なら夢中でスケッチするだろう。
「おれの本心か……」
ユニは、アルに「今日はキミがヒロインだ」と言われた事を思い出していた。
それは、わがままになってもいいって事なのだろうか。
イケメンの王子様に守られる「お姫様」でもいいという事だろうか。
しかし、わけあって女体化しているが、そもそもユニは男である。
男である女体化した自分が、男体化して男の人格になった彼女に迫られている。
よく考えたら異様な光景であった。
「全ての彼女を幸せにする」
これはユニが最初に定めた目標、叶えなければいけない事である。
ここでわがままを言う事が、アルの、そしてルアの幸せにつながるという事なのだろうか?
ユニは心に決めた。
「私はラーメンを食べたい。一緒に待ってくれる?」
それを聞いたアルは満面の笑みを浮かべてこう言った。
「ああ!勿論だ!」
そして二人は最後尾に並ぶ。
二人が最後尾に並ぶと、またその後ろに人が並ぶ。
こうして列は作られていくのである。
ユニとアルは、アルとルアの関係の話題になった。
「だから、ぼくとルアの心体は繋がっているんだ。つまりぼくが喜べば彼女も喜びを感じるし、逆もまた然りだ」
つまりアルに喜ぶ事をすれば、それがルアの喜びになるという事である。
「それと、お互いが眠っている時はお互いの状況を把握できている。だからぼくは、ルアの今の状況も全て理解してた」
自分がアイドルになり、そして複数の女の子と共同生活をしているという異常事態を難なく受け入れていたのもその為だ。
「だから洗脳された時は、体を奪い返そうと努力してた。ルアが操られても、ぼくは操られていないからね」
しかし悪魔の力による洗脳は強大で、結局奪取は叶わなかったが、そのお陰で「鍵」が緩み、結果アルが出て来れる様になったという。
ルアが洗脳の影響でアルが出て来れる様になったと考えていたのは、そうした経緯があったからである。
一通り話し終わり、ヒマになった二人は、いつの間にか国縛りでしりとりを始めた。
「『あ』か……『アメリカ』」
「カナダ」
「ダッチ(オランダ)」
「ちょっと待ってよ。英名はありなの?」
アルが聞く。
「だって、ありにしないとすぐに枯渇するぞ。『ン』が後ろにつく国名も多いんだから」
ユニがそう言うのでOKにした。
「じゃあ『ち』か……チェコスロバキア」
「アラブ首長国連邦」
「『う』……ウズベキスタン!あ!」
「ん」がついたのでアルの負けである。
「思えば『ウクライナ』とかあったか。うーん悔しいな……!」
アルは肩を落として嘆いた。
そうこうしている内に、二時間が経過した様である。思えば意外と楽しかった。
「どう?待つ時間も立派なデートだろう」
ルアは仕事柄待つ事も多い。それはアルも承知しているのである。
「うん。そうだな。ありがとう」
そして二人は店内に入っていくのだった。
「いやーうまかったな。あそこのラーメン!おれ常連なんだけど、店主さんちゃんと覚えてくれていて嬉しかった」
店主は角刈り頭ににねじり鉢巻きを巻いた粋な江戸っ子のおじさんだった。
初対面のアルにも優しくしてくれて、チャーシューもサービスしてくれたすごくいい人である。
そしてアルは突然走り出した。
「急いで戻らなくちゃ!男体化の効果が切れちゃう!」
紫音には薬の治験という形で協力して貰っている。
少なくとも10分は残して帰宅しないといけないらしい。
「走ろう!ユニ!」
アルは、思わずユニの手を取り一緒に走り出した。
ユニは、アルに手を引かれる形で家路を急いだ。
真冬の寒さに、吐く息も白かった。
悪魔との契約条項 第百六十五条
わがままが、誰かの幸せに繋がる事もある。
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