契約その157 真のjusticeの名の元に……!
制服に身を包み、ユニは晴夢学園へと戻って来た。
この時間は、運動場も部活動で使われているはずなのだが、どうしてだか人っ子一人いない。
「一体どういう事だ……?」
ユニは、校舎内から運動場を覗き込みながら呟いた。
そのそばを、ある男子生徒が通り過ぎていく。
「ちょっとキミ!」
ユニはその男子生徒を捕まえて聞いた。
「部活動はどうなってるんだ?雨天でもあるまいし、この時間に誰一人運動場を使ってないなんてあり得ない!」
男子生徒はそんな事も知らないのかといった感じで首を傾げていたが、ちゃんと一から教えてくれた。
「部活動は廃止になりましたよ。会長様が『学生の本分は勉強』だと仰って」
藤香やルア、メイと同じパターンである。
ユニはハッとしながら再び聞いた。
「じゃあ『女子総合陸上部』も!?」
ユニは男子生徒に縋りつく様に聞いた。
「え……ええ……部活動は例外なく」
女子に縋りつかれ、男子生徒は少し赤面しながら言った。
「何て事を……」
ユニは、だんだん怒りが増してきた。
「オイ!その『会長様』は、一体今どこにいる!?」
ユニは男子生徒にまた縋りつきながら聞いた。いや、縋りつくというより胸ぐらを掴んでいる様な勢いだ。
「ほとんどの場合は『生徒会室』におられると思いますが……」
「そうか!情報ありがとう!悪かったな、手を煩わせて!」
こうしちゃいられない。ユニは男子生徒から手を離すと男子生徒にお礼を言いながら走り去って行った。
その姿を、男子生徒はまた首を傾げながら見送るのだった。
「生徒会室」へ辿り着いたユニ。扉は荘厳で分厚いものに変わっていた。
「校長室より豪華だな……。そんなに偉いのか?」
ユニはそう皮肉りながら、ドアノブを回す。
しかし、どうやらカギがかかっている様だ。
仕方がない。
「荒っぽいが……怒られたら後で謝ろう」
ユニはふーっと息をゆっくり吐くと、「ウラァ!」と叫びながらドアに蹴りを入れる。
ドアはひしゃげながら吹っ飛んだ。
「ずいぶんと荒い訪問だな」
これまた校長室のより豪華なイスに座っている義屋楽人が出迎えた。腕には「生徒会長」のリストバンドをしている。
「ああ……一応言っておくか。『お邪魔します』」
ドアを蹴飛ばしたポーズのまま、ユニは社交辞令を言った。
「本来、生徒会以外の生徒がおれと直接話す事は許されないが……まあいい。お前なら話を聞こう」
義屋は、机に両肘を立てながら言った。
ユニには、言いたい事はいくらでもある。だがまず最初は……。
「なぜおれの彼女達の夢を奪った」
ユニは義屋の方へ歩いていきながら聞く。
本来ユニと彼女達の関係は秘密のはずだが、もはやそこまで気にしてはいられなかった。
「その彼女達から聞いたはずだぞ。『学生の本分は勉強』だと。『晴夢学園法度』にそう書いてある」
あくまで彼女達はそれに従っただけだと、そういう言い分なのである。
「まさか、おれが間違っているとでも言いたいのか?」
義屋は不快そうに聞いた。
「ああ……間違ってるよ。何もかも……!」
ユニはそう言いながら、握った拳をさらにギュッと固く握った。
「みんな、それぞれの夢の為に頑張ってる……!こんな薄い手帳よりもっと大事な、尊い夢を……」
ユニは義屋をギッと睨みながら叫んだ。
「誰もが!その全てを奪う資格なんてないんだよ!」
「生憎だが、おれにはある。正義の前には、どんな理屈も引っ込むんだよ」
義屋は、ユニの叫びにも一切動じずに言った。
「……!だったら……直接止めてやる!」
ユニはそう言うと、前傾姿勢になり、義屋に襲いかかった。
「オイ。ちょーっと待てよォ」
そのユニをた易く吹き飛ばす影。吹き飛ばされたユニは、床へと叩きつけられた。
「このままゲームオーバーじゃ味気ねェ……。邪魔すんなよ」
その影は、チャラチャラした若い男の姿をしていた。
「よくやった。『サタン』」
「まーいいって事よ」
義屋に軽口を叩く男。
ユニには、その正体がすぐにわかった。
「悪魔か……!」
「当ったりー!何だ姉ちゃん知ってるクチかよおれの事!」
「サタン」は両指でユニを指差しながら言った。
そんなコミカルなポーズが、逆に底知れない。
しかし、そっちに悪魔がついているなら、今のユニが義屋を攻撃する事は叶わない。
ユニは情報を聞き出す手段に出た。
「質問を変えよう。何でこんな事をした」
ユニはさっきまでとは打って変わって比較的穏やかな口調で聞いた。
「真の正義を貫く為だ」
義屋は、驚く程ハッキリと言った。
「いいか、おれこそが真の正義!そのおれの邪魔をする事……それは全て『悪』なんだ……!」
義屋楽人。彼はイジメられっ子だった。
中学生のある時、廊下を歩いていると、突然足の裏を蹴飛ばされた。
「誰だ!」
それはまったく偶然ではない。明らかに狙ってやった様な感じがした。
義屋には、この犯人が誰なのかがわかっていた。
そこにはいつものイジメっ子達がニヤニヤしながらこっちの方を見ていたのである。
足の裏を蹴り飛ばす度に、まるでオモチャの様に飛び上がるので、それがおかしくておかしくてたまらないのである。
またある時は、特別教室に鍵を閉められて閉じ込められた。
「開けてよ!頼むから開けてよ!」
すると一人のイジメっ子はこう言う。
「お前が××××って言ったら出してやるよ」
その時の下卑た笑いがずっと義屋の脳裏にこびりついていた。
義屋は、休日には特撮ヒーローものを見る。
しかし、画面の中の彼らは、今苦しんでいる自分を救ってはくれなかった。
自分がどんなに嘆こうが苦しもうが、ヒーローは決して助けてはくれない。
「それなら……」
それなら、自分がヒーロー、「正義」になるしかない。
「正義」を実現するには、力が必要である。
だから義屋は、高校に上がってから生徒会長に立候補したのである。
だが選ばれたのは、皮肉にも自分と同じくヒーローになりたいという緑山アキだった。
選ばれなかった義屋は、その事実に深く打ちのめされた。
失意の義屋に、悪魔が囁く。
「力が欲しくはないか?正義を貫く、『悪』に復讐する強大な力が……!」
義屋は迷わず飛びついた。
それからは簡単である。
悪魔の力で生徒会を洗脳、アキから生徒会長の座を奪う。「晴夢学園法度」を制定し、よりよい正義の実行を成し遂げた。
「晴夢学園」の生徒、教職員である限り、ある例外を除いてはこのルールに逆らう事はできない。
後は見ての通りである。
「お前をこんな事にした全ての元凶がいる」
ここまでした義屋に、悪魔はなおも囁いた。
「瀬楠由仁。コイツが緑山アキを策略を用いて当選させた、諸悪の根源だ。奪ってみないか?コイツから全てを」
そうして「サタン」に唆された義屋は、ユニというルールが効かない例外を作り出したのである。
全ては「復讐」という正義の為に。
「そんな正義があっていいのか!?」
義屋の「自分こそが真の正義」という言葉に、ユニは憤った。
ユニには正義はわからない。
しかし、その名の元に人々を虐げるのが間違っている事はわかる。
その時である。
「ユニ!今は引け!」
ルーシーがやって来て、ユニを瞬間移動で回収した。
「逃げられたか。まあいいか。本当の地獄は……ここからだからよォ……」
「サタン」はニヤリと不気味な笑みをこぼした。
悪魔との契約条項 第百五十七条
正義への固執は、時に人を狂わせる。
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