契約その150 First of メスガキ!
―――物語は、約二年前に遡る―――
小学五年生の少女が、一人で下校していた。黒縁メガネに真っ黒な長髪という地味な見た目である。
その見た目からクラスメイトから委員長として扱われ、そのクソ真面目な性格から敬遠され、孤立していた。
本質では寂しがりなのに、自分から話しかける気概もないのである。
ちょうどこの日は三者面談、成績だけは学年で一番なだけあって、担任からは中学受験を勧められた。
まだ小五で早いとも思ったが、中学受験をする子はすでに準備を始めており、むしろ遅いぐらいらしい。
そこで色々パンフレットを貰い、よく考えてくる様にと言われたのである。
母親はさっきママ友に誘われてお茶に行ってしまった。
自分にそのコミュニケーション能力が受け継がれなかったのが、恨めしく思っていた。
「私も誰か『運命の人』にでも出会えれば、変われるのかも知れませんね……」
その少女、前賀みすかはそうぼんやりと考えていた。
その時である。突然ドン!とガラの悪い男にぶつかられ、両腕で抱えていた学校のパンフレットが地面に落ちた。
全て担任の先生から参考にする様にと渡されたものである。
「ありゃりゃ……」
みすかは落ちたパンフレットを慌てて広い集めようとする。
「てめェ!どこに目ェくっつけてやがる!」
ぶつかった男は、みすかに謝ろうとせずに毒づく。
「いやそっちがぶつかって……」
「何だよおれに文句あるってのか……!?」
反論しようとするみすかを、男は睨みつけた。
「おれは今イライラしてんだよ……!博打に負けてな!その上ガキにナメられたとあっちゃあ……」
「え?」
男は驚くみすかの胸ぐらを掴むと、拳を振り上げる。
「歯ァ……食いしばれよ!」
(何で……何で私はいつもこんな……)
あまりに突然の出来事に、思わず目を閉じるみすか。
その時である。
「おい待てよ」
誰かの声が、男の蛮行を止める。
声からして女の子な様だ。
「誰だてめェ……」
声の主は一人の小さな女の子であった。制服を着ている所から、おそらく中学生だろう。
「おれが誰とかはどうでもいい。それよりさっき偶然見たが、どうにもお前がその女の子にわざとぶつかった様に見えたぞ」
毅然と言い放つ女の子。男が邪魔で、みすかにはその女の子の体しか見えなかった。
そして、その女の子の推測は当たっていた。
賭けに負けイライラしていた男は、誰かに暴力を振るって発散したかったのである。
そこで見つけたのがみすかというわけだ。暴力を振るえるなら、どこの誰かなどどうでもよかった。
その女の子には、その目論見がわかっている様だった。
男は、ターゲットをみすかからその女の子へ変える。
みすかから手を離し、今度はその女の子の胸ぐらを掴んで言った。
「オイオイ、自分はもっと大事にしろよ?見て見ぬフリすりゃあいいものを……考えなしに首を突っ込むからこうなるんだ」
その少女は、落ち着き払いながら言う。
「本当にそう言えるか?」
「何?」
男には、その少女が何を言っているのかがわからなかった。
「本当に、おれが何も考えなしに首を突っ込んだと、そう言えるのか?」
それからその女の子は「逃げろ!」と叫ぶ。
みすかに向けてである。みすかは手早くパンフレットを拾い集めると、走ってその場を後にした。
逃げている途中、パトカーがけたたましくサイレンを鳴らしながらみすかとは逆方向に走って行くのが見えた。
あの少女は、事前に警察を呼んでから、首を突っ込んだのである。
男がその後どうなったかについては、言うまでもないだろう。
「あの子の制服、確か……」
無事に家に帰り着いたみすかは、あの女の子の制服に見覚えがあり、パンフレットを探してみた。
「『晴夢学園附属中学』か……」
この辺でも有数の進学校であるという情報を、みすかは知っていた。
「ここに入学すれば、あの女の子に会えるかも!」
そう考えたみすかは、母親に中学受験をしたい事を伝え、願書を提出した。
「合格」の通知を貰ったのはその一年後の三月の事であった。
「せっかく環境が変わるんだ、どうせなら中学デビューしたい!」
みすかは、愛読の漫画「初恋エターナル」のギャルキャラ「上座勇香」に憧れていた。
そして生まれて初めての美容院へ行き、髪をピンクに染めて貰う。
晴夢中が髪染めOKな事は、すでに確認済みである。
「ここから始まるんだ!私の人生は!」
しかし、何を間違えたのかギャルというよりメスガキキャラになってしまったのは、周知の通りである。
―――「というわけなんです」
みすかは、仲間達に自分の過去を話していた。
髪色の話になり、みんなはナチュラルカラーなのにみすかだけ髪を染めていたのを不思議がられたからである。
「つまり、それはみすかちゃんの初恋って事?」
アゲハが聞く。
「まあ……今思えばそうだったと思います」
みすかが答えた。
「まさか僕の作品がキミにそんな影響を与えていたとは」
藤香も驚いた様である。
「いやー隠してるつもりはなかったんですけどね」
みすかはアハハ……と笑いながら言った。
「それで、その女の子とは会えたの?」
ヒナが聞く。
「いや、さっぱりです。一人称が『おれ』だったんで結構早く見つかると思ってたんですけどね。卒業してる可能性も……」
その時、黙って聞いていたユニが言う。
「みすか、多分それおれだ」
「え!?」
みすかは驚いてユニの方を向く。
「多分見つからなかったのは、世界改変の影響でおれの性別が変わったからだな」
ユニの記憶にあったのは、自分が男だった時にある女の子を救った事である。
どれみの時の様に、契約の代償としてユニの性別が変わった事で、みすかの記憶も改変されたのだ。
「成程そうだったんですか……」
みすかはそう言うと、ユニの手をギュッと握る。
「やっと、会えましたね。あの時はありがとうございました」
「いや、いつもの通りだし……気にしなくていいよ」
ユニは照れながら言う。
みすかは、そんなユニの方へ顔を持っていき、そして……。
ユニの顔が、さらに赤くなった。
みすかは、ユニの耳元でささやく。
「えへへ、あの時のお礼です♡」
ユニの顔は、またさらに赤くなった。
悪魔との契約条項 第百五十条
世界が改変されると、改変前の記憶と事実とで、少し齟齬が生じる事がある。