契約その147 正義のroad!
その後もアキ達は、選挙運動をコンスタントに続けた。
その姿は、まるでスキャンダルの事など最初からなかった様であった。
10月中旬に行われる「生徒会長総選挙」が近づく中、その際の最後の演説の内容を決める必要が出てきた。
瀬楠家のリビングで、アキとユニは二人でその内容について悩んでいた。
話し始めてから二時間程経過しているが、まだ建設的な案は出ていなかった。
そんな状況で、ユニはアキに質問する。
「そういえばさ、どうしてアキは生徒会長になりたいんだ?」
「ど……どうして?」
それを聞いたアキは動揺した。
確かに、何で自分は生徒会長になりたいのだろう。
アキは、それを聞かれて黙り込んでしまった。
「何も深く考える事じゃないんだ。その動機を明確化すれば、もっと説得力のある演説ができるんじゃないかって……」
ユニがフォローする。
「私が生徒会長になりたい理由か……」
その時はそれで終わったが、それ以来、アキはその事についてずっと考えていたのであった。
そして十月中旬、最後の演説が始まる。
「生徒会総選挙」は、午後の授業中の二時間を利用して行われる。
大半の生徒にとっては、よくわからない演説を経て適当な候補者に投票する、極めてつまらない行事という認識だった。
生徒の大半は、誰が生徒会長になろうが知ったこっちゃないのである。
それ故に、アキの「顔がいい」という長所は、そうした「どうでもいい」という層の票を取り込むのにちょうどよかった。
だからそれを見越した選挙活動を、みんなはしてきたのである。
そして、この日はそんな選挙活動の集大成と言える日、どの候補者も気合十分だった。
演説の順番は公平にくじ引きで決まる。
アキが引いたのは、「5」と書かれた紙であった。
候補者はアキや正鹿を含めた五人、つまり大トリである。
「これは一番嫌な順番を引いたな」
ユニが呟く。
「一番嫌な順番?」
アキが聞いた。
「ああ。その時になると、聴衆もみんな飽きてきているだろう。余程インパクトがないと勝てないぞ」
ユニが言った。
あくまでこの「生徒会総選挙」は、「一部の人間が盛り上がっているイベント」である。
多くの生徒は「何となく印象に残った候補者」を選ぶだろう。
しかし、順番が決まるのは開始直前、内容を決め直す時間はない。
「わかった。私自身が何とかするよ。だから安心してくれ」
アキは強く言い放つのだった。
よりによって、トップバッターは正鹿だった。
この学校のマスコミたる報道部を一番買収していた彼だが、最後の演説はそんな事を想起させない爽やかなものだった。
このままでは多くの人は彼に投票してしまうだろう。
残るアキ以外の三人の候補者は、彼を超える様な演説をする事はできなかった。
そしていよいよ大トリ、アキの番がやってくる。
聴衆は、四人の演説を聞いて飽き飽きしている様だ。
この状況で、アキは聴衆の心を奪わなければならない。
アキは、しっかりとした足取りで体育館の壇上に上がる。
そして校長先生がよく立つアレ(演台というらしい)に立ち、マイクの位置を確認してから、演説を始めた。
「皆さん。二年A組の緑山アキです。疲れている所申し訳ありませんが、今一度お付き合い下さい」
後援会のメンバーとして、ユニ達は舞台袖で待機していた。
「頑張れ、アキ」
ユニはただ祈る事しかできなかったのだった。
「私の事を覚えていますでしょうか。一ヶ月前、報道部にベロチューキスをすっぱ抜かれました」
まさか、その事について触れるのか!?
ユニは驚愕する。
「ですが、それが一体何の意味があるのでしょうか。何で生徒会長候補だからって恋をしてはいけないのでしょうか」
「アキ……」
ユニは驚きつつも、アキを見守る。
「私は以前は、自分の正義のみを貫く存在でした。そんな私を、彼女は救ってくれた。彼女は今でも私のヒーローです」
アキはマイクを強く握って叫ぶ。
「だったら私も!みんなを救うヒーローになりたい!この学校を、もっと愛の溢れる場所にしたい!」
「でも!私一人の力ではそれは無理だから!ほんの少しだけでも、あなた達の力を貸して下さい!私の……」
「私の正義のロードを突き進む為の!」
飽きた生徒のお喋りでザワザワしていたが、そんなお喋りはもう聞こえていなかった。
シーンと静まり返る体育館。
アキが一言「以上です」と呟くと、体育館は大きな拍手に包まれたのだった。
その後、投票が始まる。開票は生徒会によって行われ(これが最後の生徒会の仕事である)、その場で結果が伝えられる。
「結果を発表致します」
アナウンスが聞こえる。
「結果は……」
その日の放課後。
「それで、生徒会の役員はどうするんだ?」
二年A組の教室で、ユニはアキに聞いた。
「まさかとは思うけど、キミは生徒会には……」
アキは恐る恐るユニに聞いてみた。
「いや、キミが入って欲しいっていうなら入るけど……」
意外な返答に、アキは驚いた。
「いや、やめておくよ。キミとはそういう仕事上の関係にはなりたくない」
個人的にメンバーは募るとアキは言った。
そうこうしているヒマはない。
アキはメンバー集めに忙しいと去っていく。
「あ……そうだ」
アキは何かを思い出した様に、くるっと半回転してユニの方に向き直る。
「その……ありがとう。よくしてくれて。さっき言った様に、キミは私のヒーローだから……」
アキはユニの方へ駆けて行き、そっと口づけをした。
ぼっ!と赤面するユニ。
「だから……これからもよろしくお願いします!」
そうお願いするアキの腕には、「生徒会長」と書かれたバンドが巻かれていたのだった。
悪魔との契約条項 第百四十七条
一人の人間の魂の叫びは、時に多くの人間の心を動かす。
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