契約その141 Time slipの超理論!
現代へ帰ってきたユニは、その場にいたルーシーとどれみの二人に大正時代の出来事について話した。
「つまりそこでわたくしや紫音さんの先祖やその風月さんとしばらく過ごしていたと?」
どれみが聞く。やはり俄には信じがたい様だ。
「そうなんだ。それでルーシーと契約してこっちに帰ってきたってわけ」
そこまで話すと、ユニとどれみはルーシーの方を見る。
帰る時にルーシーと会ったのなら、ルーシーの身に覚えがあるはずだと考えたのである。
しかし、そんなルーシーから出たのは、意外な返答だった。
「いや、おれは知らねェぞ?考えてもみろ。その時点でおれがユニと会ってたなら、最初に何かしらの反応があるはずだろ?」
確かにその通りである。初めてユニがルーシーを召喚した時、ルーシーはユニに対して初対面の様な素振りだった。
「忘れてたって事もない。数千年生きる悪魔にとって、百年なんてほんの数ヶ月前ぐらいの感覚だからな」
その間に契約した人間がいたのなら、忘れるはずがないとルーシーは言うのだった。
しかし、ルーシーの記憶とユニの記憶に齟齬があるのは事実である。
「本当に夢だったんじゃないのか?」
ルーシーがユニに聞く。
「いや、それはない。現におれのポケットの中にハンディ扇風機がないからな」
ハンディ扇風機は、帰る時にしおねに渡しているのである。
「それに、彼女の存在にはどう説明をつける?」
ユニは風月の方を見る。見知らぬ土地に飛ばされ、オドオドしている様だ。
ユニは確認の為、風月に聞いてみた。
「おれの事覚えてる?」
風月はハッキリと口にする。
「勿論です!由仁さんの事を、私が忘れるわけありません!」
ユニは、その後も風月に様々な質問をする。どうやら同じ大正時代にいた風月の様である。
「由仁さん、ここは一体どこなんですか?」
風月に聞かれ、言うべきか悩んだユニだが、意を決して言った。
「ここはおれにとっての『現代』だ。つまりキミにとっての百年後の未来になる」
それを聞いた風月は青ざめる。
「理由はまだわからないが、おれとは逆に未来へ飛ばされて来たんだ」
動揺する風月を、ユニは優しく抱きしめる。
「でも安心して欲しい。おれがキミを絶対守るから!」
それを聞いて、風月は少し落ち着きを取り戻した様である。
「それで、どうしますか?」
どれみが聞く。
「とりあえず、家まで連れて行く他ないだろうな」
ユニが言った。
ユニの言った通り、三人は風月を伴って家に帰って来た。
「ただいま」
感覚的に、ユニにとっては一ヶ月ぶりの帰宅である。
ユニは帰るなり家中を確認したが、前と変わりはない様である。
「あれだけ歴史を変えたのに……妙だな」
ユニは訝しんだ。
そんなユニを含めた四人を、紫音が出迎えた。
「おうおかえり。なんじゃ、また新しい彼女か?」
そんな紫音を見るなり、風月が抱きつく。
「しおねさん!」
「え?」
その勢いで、紫音は仰向けに倒れた。
「待て待て。勘違いしている様じゃが、しおねっていうのはわしの曽祖母の名前で、もう十何年か前に亡くなっとるぞ?」
それを聞き、風月は我に返った。
「そう……ですか……」
「それで、この娘は誰なんじゃ?」
混乱している紫音達に、ユニは大正時代の出来事について教えた。
「タイムスリップか……。興味深いな。よしみんなを呼ぼう。わしが考えるタイムスリップの理論というものを教えるぞ」
数分後、彼女達全員が集まった。
紫音はどこから持ってきたのかわからないホワイトボードに長い右向きの矢印を引く。
「この矢印が『時間の流れ』だと思ってくれ」
それから、紫音はその矢印の真ん中に点を打つ。
「この点が『現代』で、点から右が『未来』、左が『過去』じゃ。OKか?」
紫音の問いかけに、ユニ達は頷く。
「わしはタイムスリップの理論として、未来に行く時はこの点の動きを速め、過去に行く時はその逆をする、そう思っていた」
紫音はホワイトボードを叩きながら解説する。
「じゃが今回、ユニの意見を聞き、その仮説を改めなければいけなくなった」
紫音はそう言うと、その下にもう一本矢印を引く。
「それが並行世界理論、つまりパラレルワールドじゃ」
「パラ……何だそれ」
ルーシーが聞く。
「つまり、こっちの世界とは関係なく続いてきた世界じゃな」
「要するに、ドラえもんの『もしもボックス』みたいな事?」
藤香が質問する。
「まあ、ざっくり言えばその通りじゃ。さらに言えば『異世界転移』とも言えるな」
つまりユニはタイムスリップをしたと思っていたが、実は並行世界に行っていたというのが紫音の意見である。
「つまり、ユニが大正時代で契約したルーシーはその世界のルーシーという事じゃな」
確かにそれなら、この世界のルーシーの身に覚えがない理由もつく。
「つまり、その世界でいくらユニが歴史に介入しようと、こっちの世界には関係ないという事じゃ」
何だかややこしいが、理屈はわかった。
だがまだわからない事がある。
「ではその風月がここにいる理由はどうつけるんだ?」
丁井先生が質問する。
「それはおれが解説しよう。というかそれ自体はかなり単純なものだと思う」
ルーシーが言う。
「風月がここに来た理由、それはつまり契約の代償だな。忘れてると思うけど、本来悪魔との契約には代償が伴う」
悪魔との契約によって願いが叶えば、契約者にとって一番大事なものを失う事になる。
ユニ達はルーシーの好意によってその代償を払わずにいられるというだけで、本来代償は払わなければならないものである。
つまりその世界のルーシーは、その時のユニにとって一番大事なものを奪う為に風月をこっちに飛ばしたという事である。
ユニは、自分が大正時代を去る時に風月に言った事を思い出した。
「この時代(大正時代)で生き延びろ」
それを「一番大事なもの」と認識したルーシー、もとい「ルシファー」は、現代に風月を送ったという事だろう。
契約の代償によるものなら、風月を元の時代に戻す事はできない。
ユニはその事を風月に伝えた。
「じゃあ私は、この時代で生きなくちゃいけないという事ですか?」
それはつまり、二度としおねにも会えないという事である。
「ごめんなさい……おれのせいだ」
みんなの間に重苦しい空気が流れる。
そんな中、口を開いたのは紫音であった。
「そういえば、『花鳥風月』という名前に聞き覚えがあってな……」
紫音は一旦席を立つと、自室から何かを持ってきた。
紫音が持ってきたのは古ぼけた木箱だった。大きめの弁当箱ぐらいのサイズがある。
「夏休みで実家に帰った時に両親から託されたものじゃ。先祖代々受け継がれてきたものらしい」
紫音が言うには、「202X年8月25日以降、瀬楠由仁と、できれば花鳥風月の目の前でこの箱を開ける事」と伝わっていたらしい。
「『202X年8月25日』!?今日じゃないか!」
ユニが驚く。
「ああ、だがこれは、間違いなく百年間ウチの家で伝わってきたものじゃ」
紫音が言う。
ユニと風月には、それが誰の仕業かわかった。
「驚くべき事だが、今日、瀬楠由仁と花鳥風月の二人が揃った時点でこれを開ける事になるわけじゃな」
紫音はそう言うと、箱に施されたカラクリを解いて行く。
「すごいセキュリティじゃ。現代でも通用する」
紫音はそう言いつつ、解除に成功した。
「みんな、特に二人、覚悟はいいか?」
紫音はそう言うと、ゆっくりと木箱を開けるのだった。
悪魔との契約条項 第百四十一条
悪魔は契約の代償の事を、契約者に教える義務はない。
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