契約その134 時間のwaveを乗り越えて……!
―――202X年 8月25日―――
その日、ユニ、ルーシー、どれみの三人は帰宅する途中、駅前広場で休憩する事になった。
木陰の周りを一周する白いベンチに、ユニ達は座った。
「あー暑……」
ハンディ扇風機でひたすら涼むユニ達。
そんな彼女達の元に、ある人が声をかけてきた。
ふくよかなおばさんといった感じの女性である。
「駅前時計台、その保存の為の署名をして下さい」
「駅前時計台?」
ルーシーが聞く。
「そういえば聞いた事があるな。ほらあそこの」
ユニは広場の中央にある一際大きな時計台を指差して言う。
それは少し傾いている、オンボロの時計台だった。
「確か関東大震災の時に傾いてそのままだって聞いてたぞ」
ユニがそう言うと、おばさんは「よく知ってますね!」と言わんばかりの笑顔を向けた。
しかしこれは、徐氏堂市民ならだいたいは知っている常識である。
「あの時計台は徐氏堂市民の歴史的財産です。なのに市長はそれを取り壊して新しいものに変えようとしているのです」
おばさんはそう言い、チラシをユニ達に渡していく。裏が白いチラシには、その時計台のだいたいの歴史が刻まれていた。
「なのでその保存の為の署名を……」
おばさんはルーシー、どれみ、そしてユニの順でボールペンを渡して署名をする様言った。
そのあまりの押しの強さに、署名をする三人。
「ありがとうございます!では!」
そのおばさんは、ペンをユニに持たせたままなのを忘れて去っていったのだった。
「いやあのペン!」
ユニがそう言った時には、すでにいなくなっていた。
「せっかちかよ……」
ユニはそうぼやきながら、貰ったチラシと忘れていったペンをズボンのポケットに入れるのだった。
仕方がない。ユニは去って行ったおばさんを探しに行くのだった。
「たぶんもう別の所に行ってると思うけど……」
ルーシーはそう呟いた。
その時、どれみが思い出したかの様に言う。
「関東大震災といえば……」
どれみが言うには、自分には関東大震災の時に亡くなった高祖伯母(曽祖母の姉)がいたとの事である。
「名前は確か『火殿イヅ』と言いまして、関東大震災の数日前に馬車の事故で亡くなった親友がいたとの事ですわ」
「関東大震災ね……」
数千年生きるルーシー達悪魔にとって、百年前はつい最近の事である。
「その時、ルーシーさんはどうしてましたか?」
「どうしてたってそりゃ……」
ルーシーが言いかけたその時である。
「ダメだ、見つからねェ!」
ユニがそう言いながら戻って来た。
「別にいいでしょ。そんなペンなんて。別に相手も気にしてねェよ」
ルーシーがたしなめた。
「んーそうか……」
ユニはどこか釈然としていない様だったが、自分を納得させた。
「ところで、一体二人は何を話してたんだ?」
家へ帰りながら、ユニが聞く。
「それは……」
どれみが言いかけた、その次の瞬間である。
「ユニ危ない!」
ルーシーが叫ぶ。
「!?」
そういえば、ここには階段があったのである。後ろ向きに歩いていたユニは気づかなかった。
気づいた時にはもう遅く、ユニはかかとから階段を踏み外してしまった。
「しまっ……!」
「ユニ!」
ルーシーとどれみが伸ばした手は届かなかった。
そのままユニの体は宙に浮く。
「うわァ〜!」
ユニが叫んだその瞬間、ユニの目の前が真っ白になった。
―――1923年(大正12年) 8月25日―――
どれぐらい寝ていたのだろうか。ユニは路上で目を覚ました。
「うわァ!おれ死んだ!?」
そう叫びながらガバッと勢いよく起き上がるユニ。
高所から落下したからか、頭が痛い。
「この痛さ……生きてるなこりゃ……」
頑丈に産んでくれた母親に感謝しながら、ユニは辺りを見渡す。
いきなり起き上がったユニを、通行人がじろじろと見ながら通り過ぎて行った。
その通行人の服装は、何か変である。
「着物……?」
さらにユニは、今まで自分が寝ていた地面の違和感にも気づいた。
「舗装されてないな。ど田舎じゃあるまいし、この辺はちゃんと舗装されてたはずだが」
どうやら起き上がる事はできる様だ。傷は意外と深くないらしい。
何でかはわからないが、ユニは自分が別のどこかに連れて来られた事を理解した。
「一体誰が何の為に……。スマホも圏外だし」
ユニはぼやく。
ユニ達の携帯の充電は太陽光を使っているので、充電切れを起こさない事がいい所である。
一体誰がこんな所に自分を置いたのか。理由はわからないが、とりあえずその辺を歩き、情報収集をする事にした。
ユニが歩き出そうとした、まさにその時である。
「うわァ〜!暴走馬車だ!」
広い道路を爆走している馬車である。
馬車といっても馬の姿はない。逃げ出した様である。
馬車は土煙を上げながら未舗装路を走っていく。
ユニには、その馬車に少女が乗っている事がわかった。
気づいた時には、ユニは走り出していた。
いくらユニでも、この馬車を止める事は容易ではない。だったらと、ユニは何とか馬車の中へと飛び移った。
「きゃあ!誰ですか!?」
いきなり馬車に乗り込んできたユニに驚く少女。無理もない。
「話は後だ!しっかり捕まってろ!」
馬車は曲がり角に差し掛かる。ユニは少女をしっかり抱き抱えると、意を決して馬車から飛び出した。
ただ闇雲に飛び出したわけではない。地理が同じなら、そしてユニの推測が当たっているなら、ここの曲がり角には……。
「明治からやってる老舗布団屋があるはずだ!」
ユニの推測は当たっていた。
表に出してあった布団に、二人はダイブする形になった。
クッション代わりになった布団は何とか二人を受け止め、幸い二人に大きなケガはなかった。
二人が飛び出した勢いで、曲がり角を曲がり切れずに「ズダァーン!」と大きな音を立てて横転する馬車。
しかしちょうど道の真ん中に倒れた事で、人的、物的被害はほぼゼロだった。
「ハアハア……何とかなったか……」
布団の上で仰向けになるユニ。
そんなユニに、ユニが助けた少女が言う。
「助けていただき、ありがとうございます」
ユニは、その少女の顔をまじまじと見る。
腰まで届く長い黒髪。顔はかわいい系といった所か。赤い着物が似合っている。
「あ、いやすみません」
ユニは布団から起き上がって言う。
まもなく警察が現れ、少女に色々事情を聞いていた。
少女曰く、どうやら馬が途中で逃げ出してしまったらしい。
「あのすいません……」
ユニは思い切ってその警察に聞いてみた。
「駅はどこですか?」
ユニは、警察が教えてくれた駅を訪れた。
木の看板で「駅堂氏徐」と書かれている。
「やっぱり右読みか……」
ユニはそうぼやくと、ゴミ箱に新聞が捨ててあるのがわかった。
駅なら新聞が手に入ると思ったのである。
この時代がそうなら、新聞はかなり高価なものである。それを捨てるとは……。
新聞を手に取り、日付を確認したユニは驚いた。
「大正12年8月25日!?」
予想はしていたが、まさかそんな事が……!
「やっと追いつきました……いきなりいなくなるから……どうしました?」
ユニに追いついた少女が聞く。
「何という事だ……」
ユニはそう言い残すと、そのまま再び気絶してしまうのだった。
悪魔との契約条項 第百三十四条
悪魔と人間では、時間の感じ方が違う。
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