契約その133 何でぼくがcookingをやるの!?
「リスナーのみんなー!今日もぼくの配信に来てくれてありがとうー!また明日、この時間にね!メイビー!」
「メイビー」とは、「幻夢めいと」が配信を終える時に言う決め台詞である。
なお、リスナーの提案で決まったものであり、「バイビー」とかけたものだという。
パソコンの配信停止ボタンをしっかり押し、メイはふーっと一息ついた。
八月もそろそろ下旬に入るが、外ではセミがミーンミーンと忙しなく鳴いている。まだ夏は終わらなそうだ。
クーラーが効いた個室で、メイはわずかに残っていたエナジードリンクを飲み干す。
飲み干した後で、メイはある事に気づいた。
「そういえば、これが最後の一本だったか……」
動画の編集をしたり、ゲームをやったりで、メイは深夜まで起きている事が多い。
特に最近は同人映画の編集も同時進行でやっていたので、元気の前借りをするエナドリは手放せなかったのである。
やれやれ、また新しく買ってこなくてはならない。幸いにもまだ午前中であり、外出するにはまだマシな時間である。
それでも普通に三十度は超えているのだが。
自室を出たメイは、リビングまでやって来た。
「あ、おはよう」
食事の準備をしていた由理がリビングで出迎えてくれた。
「夏休みになるとみんな起きて来る時間がバラバラになるから、朝食の準備が大変で……」
由理はそう言いつつも、有無を言わさずメイの元に冷やし中華を置いた。
「いやぼくはそんな……」
朝はそんなに食欲がない。ましてやこんな暑い日に。昼過ぎぐらいに食べるのが、メイにとってはちょうどよかった。
「ダメ。夏こそ食べないと。エナドリもいいけど、それだけじゃ体調崩しちゃうし」
由理がコップに麦茶を注ぎながら言う。
「わ……わかったよ……」
エナドリを買うのは延期だな。そうメイは思ったのだった。
由理お手製の冷やし中華には、食欲がない夏でも食べられる様な工夫がされている。
メイは冷やし中華をおいしくいただいたのだった。
冷やし中華を食べ終え、麦茶をゆっくりと飲んでいると、不意にメイの携帯が鳴る。
2コール以内で、メイは電話に出た。
「もしもし?」
「あーめいとさん?」
電話の主は事務所のマネージャーである。
だが、こうしてマネージャーの方から電話してくるのは珍しい。
「何の用ですか?」
恐る恐るメイが聞く。
「明日の動画の事なんだけど……」
「ぼくが料理!?」
マネージャーの言った事に、メイは驚いた。
「料理実況って事?」
メイから事情を聞いた由理が聞く。
「そうなんだよ。でもぼく料理なんかした事ないし……」
「じゃあ練習すればいい。手伝うからさ」
由理が言ってくれた。
エプロンを着た二人はキッチンに入った。
マネージャーによれば、作る料理は一種類あればいいらしい。
「初心者だから簡単なのがいいかな」
「でも、ただ簡単なだけじゃなくて視聴者ウケも狙わないと」
メイが言う。
「じゃあ夏野菜カレーにしようか。夏だしちょうどいい」
由理はそう言うと、冷蔵庫のチルド室からトマトやナスなどの夏野菜を取り出す。
「カレールーは本格的にスパイスから作ろうか。市販のルーを入れるだけなら簡単になり過ぎちゃうし」
由理は冷蔵庫からスパイスを取り出す。
まさかそんなものまで冷蔵庫に常備しているのか……。
メイは驚く。
「えっと……クミンとコリアンダーとターメリックと……」
由理はぶつぶつ言いながら、鍋に入れていく。
「野菜を切って少し待って……ほらできた!『簡単夏野菜カレー!』」
「全然わからん!」
メイは流しに頭を打ちつけて突っ込む。
「ただお前が夏野菜カレー作っただけじゃねェか!教えて貰う立場で悪いけど!」
メイはうなだれながら言う。
「でも味は?」
「うまい!」
すっかり餌付けされたメイだった。
気を取り直して、由理は再び材料を準備する。
あと味見役として新たにルーシーを呼んだ。
「じゃあゆっくりやるから……」
熱湯にスパイス各種と薄力粉を混ぜてとろみがつくまでかき混ぜる。
「ほらもうルーができた」
後は野菜を包丁で切り、ご飯に盛り付ければ完成である。
「食べてみてよルーシー」
お皿に盛り付け、由理はルーシーに勧める。
「え?いいのか?こういう仕事ならいくらでもやるけど」
ルーシーは、そのカレーをあっという間に腹の中に収めた。
「どうかな」
由理が聞くと、ルーシーは一言「うまい!」と言った。
「具体的には?」
メイが聞く。
「本当にうまいものには『うまい』しか言えないものだよ」
ルーシーはそう返した。
「レシピを書いとくから、まずは自分でやってみてよ」
由理はメモに材料や工程を事細かに書いてメイに渡した。
「えっとまずはスパイスを……」
勿論、最初は簡単にできるわけではない。
分量を間違えたり、焦がしたり、逆に熱が足りなかったり……。
失敗する度にルーシーの方にしわ寄せが来るので、いくらルーシーでもそろそろ嫌になって来た頃の事である。
いよいよ満足のいくカレーができた。
「うん。おいしい。これができたなら大丈夫かも」
太鼓判を押す由理。
かくして、翌日の本番を迎えるのだった。
「『幻夢めいと』のエプロン姿の差分はできてるの?」
メイは藤香に聞く。
「ああ。ばっちりだ」
藤香はグッとサムズアップした。
実況は「幻夢めいと」が作っているという体で、メイ本人の手元を実際に写す形で作られる事になった。
正午。カメラをオンにし、配信が始まった。
「今日は夏野菜カレーを作っていこうと思います!昨日練習したしできるかな?」
ユニ達が配信で見守る中、配信を続けるメイ。
「トマトやナスを……しっかり『猫の手』でね。切っていって……」
しっかりと一人で作れている様だ。
「頑張れ……」
配信越しに応援する由理。
完全に母親目線である。
そして、何とか問題もなく料理実況をやり遂げたメイなのであった。
だが、メイはハマったものにはとことんハマるゲーマーである。
「いやー最近料理にハマっちゃってさ。これはハンバーグ、これはピザ」
あまりにたくさん作るので、その消費にユニ達は追われるのだった。
悪魔との契約条項 第百三十三条
悪魔の胃袋は、人間より大きい。
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