契約その13 勘違いによるpassing each other?
―――五月十三日 午前五時―――
緑山アキは、今日も一人で学校に向かっていった。
理由はただ一つ、それは今日もまた、クラスメイト達が気持ちよく学校生活を送る為である。
黒板消しや床掃除などを自発的にやるのである。
その事を知るクラスメイトはおらず、故に彼女に感謝する者もいなかった。
しかし、アキ自身はそれでいいんじゃないかと思っている。
感謝もされず、何も得られず、だが確実に他人にとっていい事をやっている。まさに自分の理想とするヒーロー像であった。
アキは、大の特撮オタクである。
クラスメイトの女子が、イケメン俳優の事を話すたびに、「この人はこの特撮ヒーローものでこういう役だった」という事を言いたい衝動に駆られる。
だがそんな事を言えば周囲からドン引きされる事は火を見るより明らかなので、何とか自重しているのである。
そもそもみんな高校生、特撮ヒーローにハマっていた時期など遠い昔の事である。
ましてや女子で、この歳で特撮ヒーローものを見ている者はいなかった。
だからアキには友達はいなかったのである。
見た目は凛としていてものすごくいいのだが、クラスでは「委員長」という肩書きから、むしろ避けられがちな存在である。
「委員長」とは、晴夢学園特有のクラスをまとめるリーダー的立ち位置である。
週に一回の「委員長会議」へと参加する義務があるので、青春盛りのクラスメイトは誰もなりたがらない職業である。
高校最初の学級会ではこれを決める事になった。
不人気すぎて誰も立候補せず、このまま委員会決め特有の「誰か早く立候補しろよ」という地獄の様な時間が流れると思いきや、早々にアキが立候補し、超スピードで決まった。
クラスメイトからは「なりたがり」だと陰口を叩かれたが、アキ自身はこの仕事に誇りを持っている。
その日もまた、アキは掃除に精を出していた。
やはり綺麗になっていく教室を見るのは嬉しい。他クラスの委員長も、さすがにここまではしていない。
それはそれで一人孤独に戦うヒーロー感が出て、アキは大満足だった。
さらにアキは、教室に誰もいない事をいい事に、一人特撮ヒーローの変身ポーズのマネをし始めた。
テンションが上がりまくった結果である。
「へ〜んしんっ!フフッ……決まった……!次は……」
次の変身ポーズのマネをしていると、突然ドアがガラッと開いた。入って来たのはユニである。
「せっせせせ瀬楠さん!?」
いきなり入ってきたクラスメイトに、アキはものすごく取り乱す。
彼女からしてみれば、テンションが上がって一心不乱に変身ポーズのマネをしていた所を思い切り見られた形になったのである。
恥ずかしいなんてもんじゃなかった。
「どどどどうしてここに!?」
アキはなるべく動揺を抑え(抑えきれてないが)、赤面しながら聞いた。
「あっアキか。おれは七海に頼まれて朝食代わりのお弁当を届けにきただけだぞ。忘れちゃったからって」
ユニの言葉を聞いて、何かを誤魔化す様にブンブン首を縦に振るアキ。
「そんでこのまま家に戻るのもアレだし、時間潰そうと教室に来たんだ。何か邪魔しちゃったかな」
「いえいえいえ!そんな事決してありませんとも!どうぞごゆっくりィ!」
明らかに動揺しているアキに、ユニは少し変だと感じた。
教室に入ってきた時に、ユニは確かになんか変なポーズしてるなと思った。
しかし別にやましい事はしていない感じだったので触れなかったのである。
仮にユニが真実を知ったとしても、決してバカにはしない人間なのだが、アキには若干自意識過剰な面があった。
こういう趣味は、絶対に隠しておきたいと考えていたのである。
「掃除してるのか」
自分の席に座ったユニが聞いた。
「え?ま、まあ……」
それを聞いたユニは席を立つと、掃除道具入れのロッカーの前に行き、自らも箒とちりとりを持ち出した。
「おれも手伝うよ」
「え!?いやいや悪いって!そんな!これ私が自発的にやってるだけで、誰かにやらせるのは……」
アキが断ろうとする。しかし、ユニはこう言った。
「これを自発的にやってるって事?偉いな。とてもできる事じゃない。立派だと思うから手を貸すんだ」
「……え?」
アキは驚く。そんな事今まで一度も言われた事がなかったからだ。
ユニは気にせず、箒でゴミを掃いてちりとりに入れていく。
そもそもアキは、ユニの事が気になっていた。
今はもうやめてしまった岩倉先生の車がパンクした時、何かを察したのか「先に行っててくれ」と言いながら去っていった。
その後ろ姿は、どこかヒーローの雰囲気を感じるものだった。
後にこの時の事を、ユニは「トイレに行っていた」と誤魔化していたが、アキはその言葉を訝しんでいた。
肝心な時にいないヒーローの言い訳として、「トイレに行っていた」は王道だからである。
まさか、瀬楠さんは実は遠い遠い星から来た宇宙人なのではないか?とアキは一瞬思った。
しかしさすがにアキだって現実と虚構の区別はついている。まさかそんな事はないだろう。
だが気になる事でもあったので、試しに聞いてみた。
「ねェ瀬楠さん。何なの?あなたの正体って」
それを聞いたユニは、箒を取り落としてしまう程に青ざめた。明らかに動揺している事がわかる。
「あれ?ビンゴ?」
アキはそう思った。
「いやいやいや、何でもないぞ!?おれは普通の女の子だ!ホラ!」
ユニはその場でくるくると回ってみせた。制服のスカートがひらひらと舞う。
「この動揺……もしかして……本当に遠い銀河の彼方から私達を守る為にやって来た宇宙人!?もしそうなら正体がバレると星に帰らないといけないから、ここは触れないでおくのが正解かな……」
何かとんでもない方向へ勘違いしてしまったアキは、この件についてはとりあえず触れないでおく事にした。
一方のユニは、自分が元々男である事をなるべく隠しておく様にルーシーに言われていた事を思い出していた。
それは由理に自分が元男である事を話してしまった事に対する警告であった。
つまり、パーソナルが男性という事は、男が女子の特権を利用して好き放題していたと捉えられる可能性が高い。
なので男女問わずあらゆる人間から軽蔑されるぞときつく言われていたのだった。
それを聞いたユニは、確かにそうだと納得し、正体を隠しておく事にしたのである。
なのにどうやらクラスメイトのアキに正体がバレてしまっている様だ。
どうにかこの場は誤魔化す事には成功した模様だが、安心はできなかった。
自分達がものすごい勘違いをしている事に気づいていない二人は、掃除をしながらため息をつく。
「私が瀬楠さんの正体が正義の宇宙人である事に気づいた事は」
「おれの正体が実は男である事は」
「バレない様にしなきゃな〜!」
お互いに隠し事をするという点においては、まったく同じ事をし出した二人なのであった。
この二人のすれ違いが、どの様な結果になるのか、それは誰にもわからない。
悪魔との契約条項 第十三条
契約と代償の内容によって、社会的な死を受ける事も十分にあり得る話である。
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