契約その126 実写化!初恋eternal!
最近の藤香はどこか忙しい様である。いや、普段からかなり忙しいのだが、最近はその比ではない。
しかし、ユニ達にはその理由が何なのかわかっていた。
足塚藤香もとい黄桃ハルのデビュー作にして大ヒット作、「初恋エターナル」の実写化の話がようやく動き出したのである。
「それでね、キャストもどんどん決まってるんだ。どんな形になるか楽しみだなァ……」
朝食時に、藤香は恍惚とした表情を見せていた。
それを見ていた萌絵は、悩んでいた。
「どうしましょう。漫画の実写化って大概クソだって、言うべきでしょうか?」
「いや……たぶん余計なお世話だと思うぞ」
ユニは呆れながら言う。
「それに、問題ないと思うぞ。金出しているのが火殿グループ、主演がルアなんだから。変な風にはならないハズだ」
「そうだといいんですが……」
その週の土曜日、藤香は原作者として撮影現場に呼ばれた。ユニ達も、そのついでとしてついて行く事になったのだった。
「で……ここがその撮影現場か……」
ユニ達が訪れたのは、自分達が毎日通っている晴夢学園高校だった。
「まさかここで撮影してるの?」
ルーシーが驚く。
そもそも「初恋エターナル」は、「水都」と呼ばれる都市で繰り広げられる、高校生の恋愛漫画である。
確かに学校での撮影もあるのだろうが……。
「さあ、さっさと行こうか」
藤香がズンズンと校内へと入って行った。しかし、その足取りはどこか重い様だった。
「原作者さん入ります!」
スタッフの誰かの叫び声が聞こえる。
「あ、みんな来たんだ」
舞台となる「須軽高校」の制服に身を包んだルアが出迎える。
晴夢学園はブレザー制服だが、物語の舞台となる須軽高校の制服はセーラー服である。いつもとは違うルアの制服姿は、どこか新鮮だ。
ルアはヒロインの「亜樹本奈留美」役である。原作ではショートカットだが、映画ではルアに合わせてロングヘアらしい。
「この『原作と髪型が違う』っていうのもこの作品が地雷扱いされる原因の一つなんですよ」
萌絵がユニに耳打ちした。
ちなみにルアは、役作りの為に髪を切ってもいいと言ったそうだが、仕事に影響すると止められたらしい。
萌絵はさらに続ける。
「あと舞台も変えられてて、原作では『水都』だったのが映画では『南都』になっているらしいです」
原作の「水都」は美しい水上都市なのだが、萌絵曰く「撮影上の問題」で変更されたらしい。
「水都」は「スイート」ともかかっていて、原作では割と重要な要素なのだが、そこを変えて大丈夫なのだろうか。
萌絵がさらに続ける。
「それに……俳優も問題がありまして……」
「まだあるのか……」
ユニが呆れたその次の瞬間である。
「どけよ。おれの通る道だぞ」
やたら態度がでかい男が、ユニの背後に立った。
金髪に、ルアと同じ学ランを着た男である。出演者だろうか。
「邪魔なら脇を通ればいいだろう。何も撮影の邪魔になるど真ん中に陣取ってるわけじゃなし」
ユニが毅然と言い返す。
そんなユニに、男はため息をつきながら言う。
「わかってないな……キミは……。い・ま・の・は!キミへの愛の告白だよ」
「どこが!?」
さすがのユニも顔を歪ませて反論した。
「撮影が終わったらお茶でも……」
「お茶ならそこの自販機で売ってるから、勝手に買ってくりゃいいだろ」
男のナンパを、ユニは軽くいなす。
「釣れないな……でも……いい返答を期待してるよ、お姫様!」
その男はユニの手の甲にキスをして去って行った。
「何だあの勘違い野郎は」
手の甲を必死にハンカチで拭きながら、ユニが言う。
「まったくだ。初登場の時の私みたいな事言って。元ネタわかって言ってるのか?」
アキも不満そうなセリフを吐く。
「人気アイドルの『茶良干人』だねぇ。絶賛売り出し中みたい」
アゲハが説明する。
曰く、生意気で人気に胡座をかき、その上女好きらしい。
次々と女性問題を起こしているが、所属事務所が大手で、そうした痴態はもみ消されているという噂もあるという。
「まさかアイツが主演なのか!?」
ユニは驚愕する。
「まあ……そういう事になりますね」
萌絵がため息をつきながら言う。
原作の主人公「福井竜一」は、陰キャ風だが優しい雰囲気を持つイケメンという設定である。
「アイツとは似ても似つかない性格だと思うけど……」
アキがぼやく。
「そういう所も、この作品が公開前から軽く炎上してる原因ですね」
萌絵が言う。
「所属事務所のゴリ押しって事か……」
メイが評した。
そんな不安を抱えながらも、撮影は開始された。
「あなたが!昨日私を助けてくれたの!?」
やはりルアの演技はすごい。事務所関係なく実力で役を勝ち取っただけの事はある。
対する相手役は……。
「そ、そうだー。おれがきみをすくったんだー」
「はいカット!」
監督の声が響く。
その監督は、干人の元へ行き、言った。
「干人君、よかったよ」
「どこが!?」
ユニ達は一斉に突っ込んだ。
ユニ達だけではない。直接言葉にはしなかったものの、「ダメだろこれ……」という雰囲気が現場に流れていた。
もっとも、当の干人本人は気にしてない様だが。
その後も、見るに耐えない撮影は続いて行った。
無限にも思えた撮影時間は、正午頃を目処に一旦休憩に入る。
「それで……どう思う?藤香」
恐る恐る聞くユニ。
藤香は黙っていた。いや、どこか虚空を見つめている。情報をシャットアウトしている様だ。
「すみません。藤香さん。お金を出しているのはウチですが、ほとんどこちらの要望は通らなくて……」
「ごめん藤香。私も監督には逆らえない。こんな出来でごめん……」
どれみとルアは、消え入る様な声で謝罪した。
「いやいいんだ。気にしないでくれ。漫画と実写は違う。それは僕もわかってるから」
藤香は二人の方へ向き直ると、勤めて明るく言った。
そんな地獄の様な雰囲気の中で、奴だけは元気だったのだが、突然監督が叫び出す。
「何?女優が来ない!?」
「交通事故で負傷してしまった様で……」
どうやらまたトラブルらしい。
監督は神妙な顔をして、こう言う。
「代役を立てるしかないって事か……幸いセリフは一言二言だけ……素人でもいけるか?」
それから監督は、ユニ達の方をじっと見る。
「まさか……」
ユニの予感は当たった。
「頼む。この映画に出演してくれないか!?」
監督は、呆然とするユニ達に頭を下げて懇願するのだった。
悪魔との契約条項 第百二十六条
映画は、多くの人間の思惑が重なって、制作される。
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