契約その120 Grow up!ヒロイン!
―――少々時を戻し、ユニとルーシーが誘拐される数時間前―――。
「じゃあ、あしたのごぜんちゅうに、おれたちおとなになれるってことか!?」
子供のユニは目を輝かせながら言った。一応本人にも言っておくべきだと紫音が判断したのである。
「そういう事じゃ。楽しみか?」
しゃがんで目線をユニに合わせながら紫音が聞く。
「うん!たのしみ!すごく!」
「わし達も楽しみじゃ」
紫音達もお互いに顔を見合わせながら頷いたのだった。
その事を思い出していたユニ。
「おとなになれば、おれたちここからにげられるかな……」
しかし、午前中と言ってもそれがいつになるのかがわからなかった。
もう、どこまで車は走って行ったのだろうか。
信号なのか、時々止まったりもしながら、ほとんど休みなく車は動いている様だった。
車内に掛けられている服に阻まれてよく見えないが、すでに陽は高い様に見えた。
しばらく進んでいくと、どうやら砂利道に入った様である。砂利を踏むタイヤの音が、ユニにも伝わっていた。
このタイミングでルーシーが目を覚ました。
「ん……あさ……?」
「ああ、たぶんな」
二人はそんなやり取りをする。
その直後、少なくともユニが起きてから初めて、車がバックし始めた様である。
というより、どこかに駐車している様だ。
という事は、もう目的地に着いたのだろうか。
そして、「バタン!」という車のドアを勢いよく閉める音が聞こえた。音の位置からしておそらく運転席からだろう。
そして今度は、ユニ達に一番近いドアが開く。
しっかり目覚めていたユニと、誘拐した男の目が合ってしまった。
「あ?目覚めたか……まあどうでもいいか……」
その男は、ハゲ散らかした小太りのおっさんという風貌だった。
彼らが少なくともいい人ではない事は、子供のユニにもわかった。
「降りろ」
力の差をわかっていたユニは、素直に従う。
ルーシーも寝起きであまり頭が働かないのか、同様である。
「そんなことしていいのか?もうすぐでおれたちはおとなになるんだ!そうしたらおまえなんてケチョンケチョンだ!」
ユニが吠えた。
「そうか。本当に大人になるんなら、おれの商売上がったりだな」
それを聞いたユニは青ざめる。
「しょ……しょうばい!?」
「ああそうだ。これこそがおれの商売。定期的に子供を攫って闇のルートで売り捌くのさ」
男はユニの顔を掴みながら、さらに言う。
「特にお前らの様な上玉は特に高く売れる。今は幼いが、成長した後のポテンシャルは高そうだ……」
その様子に、ユニはゾクッとする。
しばらくして、取引先と思われる男達の車が現れる。
出て来た男達は数人で、全員黒ずくめだった。
「成程……中々の良品だな」
リーダー格らしき黒い男が言う。
「ええ、ですからこれぐらいの金額を……」
どうすればいいのか。
ユニは子供ながらに思考を張り巡らせる。
乗ってきた車を盗んで逃げる?いやキーを男が持っている以上不可能。仮に盗めたとして、子供には運転できない。
男達を全員倒す?もっと不可能だ。いくらユニとはいえ力の差は歴然。勝てるわけがない。
では残るは……。
「商談が済んだ。黙って歩け」
運転手の男が言う。
「いやだ!」
それをユニは拒否した。
「いやだと?」
「これからどんなことをされるのか、こどものおれにもわかるぞ!」
「この状況で賢いな。金は上乗せだ……」
男が言う。
「捕えろ。傷つけない様にな」
黒ずくめのリーダーの男が部下に指示を出すのだった。
一方その頃、紫音がパトカーに乗って警察と一緒に現場へ向かっていた。
「まさかIIOのメンバーだったとは……」
警察官の一人が言う。
紫音が持っているのは「追跡アプリ」を搭載したスマホである。
その人の形跡のある物品を覚えさせる事でその人が今どこにいるのかがわかるのだ。
「こうやって反応があるって事は、少なくとも生きてる事は確実じゃな……」
紫音は呟く。
IIOが警察組織にも影響力を持っているのを利用し、警察と協力する道を取ったのである。
「そこの角を左です」
紫音が警察に指示を出していく。
そんな中、不意に紫音のスマホが鳴る。電話である。
「もしもし」
「紫音!?大変なの!急に三人が苦しみ出して……」
電話の主は由理だった。
「苦しみ出す?それってつまり……」
紫音は電話越しに叫ぶ。
「それは元に戻る前兆じゃ!替えの服を用意しておけ!」
「あ……からだが……あつい……」
熱を訴え出す七海。しばらくその状態が続くと、三人の手足が伸び、髪が伸び、体も大きくなる。
「わ……うわ〜!」
まもなく変化が止まった。三人とも元の姿に戻ったのである。
「やったー!戻ったァ!」
ガッツポーズを決める三人。だがその姿は尺足らずの女児服という何とも言えないものだった。
「と、とりあえず替えの服を!」
「ここにあります!」
みすかが持って来た。
「これで三人は元通りになったよ!」
由理が伝える。
「よし、これで万事OKじゃ!」
紫音もガッツポーズを決めた。
「待って!こっちが戻り出したって事は……!」
由理も興奮冷めやらぬ様子で言う。
「ああ!あっちも元に戻る可能性が高い!」
紫音は警察に叫ぶ。
「ご協力ありがとうございます!事件はもう解決じゃ!」
「解決?」
警官の一人が怪訝そうな顔をする。
「三人が元に戻ったという事は、少なくともまもなくあっちの二人も元に戻るって事じゃ!あの二人が元に戻れば千人力じゃぞ!」
警官はまだよくわかってない様である。
「追跡アプリ」に二人の反応がある以上、生きている事も確実である。事態は一気に好転した。
「我らの目的は、まず間違いなく自分達で事態を解決してくる二人を保護する事じゃ!よろしくお願いします!」
紫音を乗せたパトカーは、引き続き山道を走っていくのだった。
一方その頃のユニとルーシー。
「いたい!やめてよー!」
髪の毛を引っ張られ、泣き叫ぶルーシー。
「ルーシー!くそォ……」
ユニもなす術なく取り押さえられる。
それになぜか体が熱い。これが元に戻る「前兆」って奴なのか。
「ケガさせるなよ。上物だからな」
指示を出す男達。
「やめろよ……もう!やめろよー!」
その時である。
さっきまでユニとルーシーを取り囲んでいた男達が、木の葉の様に吹き飛ばされる。
ある者は地面に叩きつけられ、またある者は車に激突して気絶した。
「何が起きた!?」
動揺する男達。
「何が起きたかだと?言ったはずだぞ!大人に戻ればお前なんかケチョンケチョンだってな!文字通りそうしてやるよ!」
元に戻ったユニが叫ぶ。
「何だと……」
なおも動揺する男達に、ユニは長くなった指を一本出しながらゆっくり言う。
「お前らの罪は最低でも一つ……おれの恋人を泣かせた事だ!」
歯ァ食いしばれ!と、ユニとルーシーは男達を一瞬で倒したのだった。
「はあ、勝った……」
「勝ったのはいいけど、どうするの?ここ見た感じ山道だし」
ルーシーが聞く。
「仕方ない。クリーニングの服を借りよう。待ってれば助けが来るはずだ」
ユニの推測は当たり、二人は警察により保護され、男達は全員が逮捕されたのだった。
お昼頃、ユニ達は家に戻ってきた。
「はあ疲れた……」
ガクッと肩を落とす五人。
「お疲れ様です」
みすかが労う。
「でも皆さん可愛かったですねえ。『こうえん、こうえん』って」
少し笑うみすか。
「ちょ……それは、忘れてくれー!」
赤面する五人なのだった。
今日もまた、ユニ達の日常が始まる。
悪魔との契約条項 第百二十条
やはり、いつもの体が一番である。
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