契約その107 Top idolの帰る場所……!
ルアの思いの力を得たユニは、より大きな悪魔の翼や角が生えるなど、先程と比べてより強そうな雰囲気に変化した。
「何だこの雰囲気は……」
その迫力に、対峙した「悪魔」はたじろいだ。
ユニは、一瞬消えた様に高速で移動した。その速さは、「悪魔」すら視認できないものだった、
「消え……」
次の瞬間、「悪魔」にユニの前蹴りがクリーンヒットする。
「!!?」
何が何だかわからず、大きく吹き飛ばされる「悪魔」。
「まったく見えない!」
続いてユニに顔面にドロップキックをぶち込まれる「悪魔」。
「ぐ……」
間髪入れずに、「悪魔」は今度は掌底を食らって吹き飛ばされる。
「すごい……『悪魔』を圧倒してる……」
由理が呟いた。
「でも結構息が上がってるみたいだ」
アキの指摘通り、人間の器で「思いの力」を受け取るのには制限がある。今はギリギリの状態を保っているだけである。
「大丈夫だ。その前にこいつを倒す……」
ユニは再び「悪魔」を殴り飛ばした。
「『悪魔』!何やってんの!たかだかそんな子供一人に……」
「一人じゃない!」
母の言葉を、ルアが遮った。
「あの子には……恋人がいる……!あなた達とは違うんだ!自分しか見えてないあなた達に、負けるはずがない!」
「少し見ない間に……ずいぶんと反抗的になったわね」
母は心底不快そうに呟いた。
「ユニは絶対勝つ……!見ときなさい」
ルアはまっすぐな目でユニの戦いを見るのだった。
「ハアハア……こんなはずは……たかだかゴミクズが集まった所で……」
自分が追い詰められているという事実を、「悪魔」はまだ受け止め切れずにいた。
信者の大半をルアに取られ、自分への「思いの力」が弱まっているのである。
「ハァ……そういや、お前にはまだ借りがあったな……」
戦いの最中、ユニは「悪魔」に問う。
「借り?何の事?」
「悪魔」はよくわかってない様である。
「理解してないなら教えてやるよ。まず一つ、ルーシーを傷つけた事。二つ、ミズキを攫った事。そして最後に、おれの彼女を『ゴミクズ』呼ばわりした事だ」
「うるさい!お前らさえいなけりゃ、『思いの力』で、人間界を支配する事もできたんだ!」
「悪魔」が叫ぶ。
「仮におれ達がいなくても、結果は変わらねェよ……」
ユニは今度は後ろ回し蹴りをかまして、「悪魔」を大きく吹き飛ばした。
「ゼェゼェ……くっ……」
「悪魔」は膝をついた。
「トドメだ!」
ユニは軽やかなバク転を繰り返しながら「悪魔」に近づくと、その勢いのまま踵落としを脳天目がけて叩き落とした。
「ゴッ!」という鈍い音がして、「悪魔」はそのままうつ伏せに倒れ、気絶した。
「ハァ……ハァ……それで済んでよかったな……」
ユニは、倒れた「悪魔」にそう声をかけたのだった。
「やったァ〜〜!」
ユニに駆け寄る彼女達。
「タイムアップか……」
ユニがそう呟くと、「悪魔の力」が彼女の体から抜け、元の姿に戻ったのだった。
ユニも限界だったのか、ガクっと地面に膝をつくと、そのままうつ伏せに倒れようとする。
その体をすんでの所で受け止めたのは、ルアだった。
「お疲れ様。そして、ありがとう」
「ハァ……ハァ……いいさ。気にするな」
和気あいあいとした雰囲気のなか、ただ一人納得しない者がいた。
「どういう事なの……?あの『悪魔』が敗れるなんて……そんな……どうして!?どうして!?どうして!?」
ルアの母である。彼女はしきりに「どうして!?」と繰り返していた。
もはや発狂一歩手前の精神状態に追い詰められている様だ。
その様子を見ていたルアは、そんな彼女に言った。
「かわいそうな人……」
それは侮辱したわけでもなく、悪意もない、精一杯の同情だった。
しかし母は、その言葉に憎悪に顔を歪ませて叫んだ。
「『かわいそう』だと!?お前……娘の分際で!この私に同情するのか!ゴミクズめ!お前に!私の何がわかる!?」
母は、折りたたみ式の警棒を取り出すと、それでルアの頭を思い切り殴り飛ばした。
ガァン!という激しい音。ダラダラと頭部から出血しながらも、ルアは憐れむ様な顔を崩さなかった。
「ルア!てめェ……」
ユニは一瞬、ルアの母に手が出そうになったが、その手を全力で押さえた。
母娘の問題だとわかっていたからである。
今度はユニが見守る番だった。
ルアは自分の母に近寄ると、ギュッと強く抱きしめた。
「何を……」
「あなたにこういう事、一度もした事なかったから」
それを聞いた母は、さらに憤慨した。
「それで愛してるつもりか!?まだわからないのか!私はお前を愛してないんだよ!この……」
母はルアを引き剥がそうとするが、ルアは彼女をガッシリ掴んで離さなかった。
「私だってあなたの事なんて愛してない。今の私には友達がいる。恋人がいる。それが今の私の全てだから」
「何だと!?」
ルアの母はさらに憤慨する。
「だからこれは、愛なんかじゃない。あなたへの慈悲……」
「だからそれを……やめろって言うんだよ!離せ!このバカ娘!」
母はまた激怒し、どうにかノアのハグを振り解いた。
「ハァ……ハァ……私の野望が……願いが……!うわぁぁぁ!」
仰向けに倒れ、手足をジタバタとしながら暴れるルアの母。ついに発狂してしまったのだ。
その時、ウーウーとパトカーのサイレンが表から鳴ってきた。
信者の誰かが呼んだ警察だった。
数人の警察が、ユニ達を取り囲む。
「『新興宗教ルアの会』、その代表だな!?」
警察の問いかけも、すでに発狂したルアの母には届かなかった。
抵抗する事なく、そのまま捕まるルアの母。
それにルアは駆け寄り、何か言葉をかけようとしたが、母はそれを睨んで拒否した。
そのまま警察に連行されていくルアの母。結局、わかり合う事はできなかったのだった。
「お母さん……」
ただ呟く事しかできないルアを、今度はユニが優しく抱きしめた。
やがてユニ達の存在に気づいた警察官の一人が、ユニ達に駆け寄って言った。
「そういえばキミ達、負傷しているじゃないか。急いで病院へ……」
その後、病院で手当てを受けたユニ達は、仲間達の待つ神社へと帰ってきた。
最初は忙しかった巫女仕事だが、帰ってきた時にはだいぶ客足も落ち着いてきた様だった。
「帰ってきた!おーい!」
留守番組が駆け寄る。まず、彼女達は頭部に大きな包帯を巻いたルアに驚いた。
「ちょっ……大丈夫!?これ」
心配するアゲハ。
「大丈夫大丈夫。幸い傷跡は残らないみたいだから。残っちゃ今後に影響しちゃうよ」
そう自分で言いながら、ルアはかつて自分が負った火傷の跡を思い出す。
その跡とも、いよいよ向き合う時が来たのかも知れない。
巫女仕事も終え、みんなは瀬楠家へ戻ってきた。
「ふう……やっぱりここか……私の帰ってくる場所は……」
ルアはそう呟いた。
その後、ルアの母の裁判が始まった。責任能力が認められれば、重い刑罰になるのは必至である。
ルアが頭部を負傷した事に、事務所はぶったまげていたが、「自転車に乗っていたら転んだ」という事にして、予定通り三が日明けから仕事に復帰した。
包帯が取れた時から、ルアは自分の火傷の跡を隠さない様にしていたが、ケガがあったのでそれを指摘してくる者はいなかった。
「本当によかったのか?キミのお母さんとはわかり合えないままで」.
数週間が過ぎてから、ユニはルアに聞いてみた。
「うん。いいのもう。だって私には友達が、何よりあなたがいるからさ。それを今回で再認識できた」
「そうかそれは……よかった」
「ギュッとしてよ、ユニ」
ルアはハグを求める。
それを快くOKしたユニは、ルアを優しく抱きしめた。
決して振り払う事のない、優しいハグだった。
悪魔との契約条項 第百七条
どんな人間にも、悪魔にも、帰るべき場所がある。
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