契約その103 全てはmotherの為に……!
ルアの一騒動の数十分後、ミズキはルーシーと一緒に談笑していた。
「ユニが言うにはな、巫女さんの髪型は『垂髪』っていうらしい。平安時代の上級階級の女性がしてたみたい」
「それぐらい知ってるよ。巫女だもん」
休憩は二人ずつ交代で取る事にした。今はミズキとルーシーの番である。
「それにしても、よく悪魔なおれが巫女になれたよな」
ルーシーは率直な感想を言う。
「神様は平等だからね」
平等というか、テキトーなんじゃないのか。
ルーシーは思った。
「帰省とかしたの?」
ミズキはルーシーに聞く。
「ああ、したさ。でもその内容は人間界で起こった事件を報告するだけだから、毎月ある上に「帰省」って感じしないな」
ルーシーはぼやいた。
そんなルーシーをよそに、ミズキは自動販売機で買った温かいお茶のペットボトルをルーシーに渡す。
「お、ありがとう」
「無理言って手伝って貰ってるから。そのお礼」
二人がいる社務所(神社の事務所の様なもの)には、一応古びた暖房はあるが、ほとんど効かない。
寒さが身に染みていたルーシーにとって、この温かいお茶はまさに救世主だった。
ルーシーはお茶を一気飲みし、喉を潤す。
「はっちゃっちゃ!ヤケドしたぁっ!」
しかし、喉を潤すには熱すぎた様である。
「ごめん。それ熱すぎて有名な自動販売機の奴だった」
ミズキは謝る。
「大丈夫だ。コレぐらい。心配すんな。それよりそろそろ交代だろ?寒風凌げるだけ名残惜しいけど、行こう」
「わかった」
ミズキがイスから立った次の瞬間である。
「トントン……」
社務所の扉を誰かが叩く音がした。
「誰だ?」
ルーシーが聞く。
「たぶん交代の時間だから……」
ミズキが言う。
「にしては静かだな」
ルーシーが疑う。
「じゃあ何か用がある人かも。ちょっと出てくる」
ミズキはキツネのお面をして出ていった。
社務所にいるのは、厳密的には休憩ではない。たまに用がある人が訪ねてくる事がある。
「でも仮にそうだとしても妙だよな。ちょっとした用なら外の奴らに聞くはずだ。なのにわざわざ社務所に来るのは……」
一応気をつけた方がいいと、ルーシーがミズキに忠告しようとしたその時である。
「キャー!」
ミズキの叫び声が聞こえる。
それにハッとしたルーシーは、急いで入り口の方に駆けつける。
外に出ると、まさに謎の黒いローブを身に纏った人物がミズキを攫おうとしている所だった。
「まさかおれの目の前で宝物奪おうとするとは……いい度胸だな!」
ルーシーはそう言いながら、持っていたお茶のペットボトルを謎の人物目がけて投げつけた。
ペットボトルは見事謎の人物の顔面にクリーンヒットし、熱々のお茶が、その謎の人物の顔を濡らした。
「ぐあっちゃちゃちゃ!」
あまりの熱さにのけぞる謎の人物。声色から男だと見て取れた。
「その熱さはおれの身を持って証明済みだ!ざまあみろ!」
そしてルーシーはミズキの名前を呼ぶ。
「ミズキ!何でもいい!自信を持ってテキトーにパンチを打ってみろ!それが決定打だ!」
ミズキに格闘の経験はない。人を殴った事なんて人生で一度もない。股間を蹴った事はあるが。
しかしただ一つ言える事は……。
「私の友達は!ウソなんかつかない!だから信じられる!自信も持てる!」
ミズキはそう叫ぶと、思い切り拳を振り上げた。
拳の握り方もなってない様な情けないパンチだったが、その拳は男のアゴを的確に捉えた。
「ぐあっ……」
意外な反撃に不意を突かれた男は、その場でフィギュアスケートの様に二回転半すると地面に後頭部を強打して気絶した。
何もかもが偶然の産物だったが、ミズキが間違いなく己の力で掴んだ勝利である。
「やったなルーシー!ユニが言った通りだ!」
ユニは、ミズキの運は心の持ち様であるという仮説を立てていた。
つまり自分に自信を持てば幸運になるし、逆に自信をなくせば不幸になる。
なのでミズキが幸運になるには、ミズキをホメるなどして自信をつけさせる事が必要なのである。
そのユニの推測の結果は大当たりだった。
「やったな!『災い転じて何とやら』だ!」
ルーシーが喜んでミズキに駆け寄ろうとする。
まさにその時だった。
ルーシーの頭にガンッ!という強い衝撃が与えられ、ルーシーは気絶した。
「正確には『災い転じて福となす』です。まさに今の私の様に。まさか『最強の悪魔』を倒す機会が得られるとは……」
「だ……誰ですか?」
ルーシーを気絶させるなど、並大抵の人間ではない。
しかし、ルーシーを気絶させたのは屈強な大男ではない。柔和な女性の様であった。
「私が誰か……そうですね……あなた達のいう所の『悪魔』……そしてどっかの誰かがいう所の『神』です」
『悪魔』……やっぱり……。
ミズキは、震える体を押し殺して、質問する。
「私をどうする気ですか?」
「誰かが言ってたのは、『キツネのお面を被った少女を捕らえる』事……どうやらあなたでは……ない様ですね」
誰の事だ?ミズキは訝しむ。
確かに自分はキツネのお面を被っている。
つまり自分以外にたまたまお面を被っていた子がいて、その子と間違えられたのか。
何て不運……いや、これは場合によっては幸運だ。ミズキは「悪魔」の前に進んででると、こう言った。
「私はあなたのいう『少女』の事を知っている。もし他を諦めて、私だけを連れ去るなら、居場所を教えます」
勿論、ミズキは「少女」が誰なのかは知らない。
仮にミズキが「悪魔」の立場なら、この申し出は断って力で探す。だがこれが、ミズキができる最善の方法だった。
「そんなくだらない申し出に、私が引っかかるとでも?」
言う通りだ。ミズキは自分の力が通じなかった事を悔いた。
しかし、「悪魔の力」で他の状況を知ったその「悪魔」は、態度を軟化させた。
「どうやら、私も敵わない『災厄』がいる様です。お望み通り、あなたのみを連れて行きましょう」
「『キツネのお面を被った少女を捕らえる』、その目的自体は達成されましたから」
「悪魔」はそう言うと、ミズキを眠らせてどこかへと去っていった。
次にミズキが目を覚ましたのは、謎の建物の中であった。
雰囲気は、マンガやドラマで見る「いかがわしい高級店」といった感じだった。
ミズキは壇上の脇にいて、その雰囲気をじっと観察した。
しばらくして妙齢の女性がその壇上に立ち、たくさんいる謎の人物達に呼びかけていた。
謎の人物達は、皆一様にさっきルーシーが倒した人物と同じ黒いローブを身に纏っていた。
つまり、彼らはルーシーを気絶させ、自分を攫った「敵」という事である。
妙齢の女性は叫ぶ。
「私達は、『神』を取り戻した!今こそ『神』の元に集まり!私の為に働いてみせろ!」
「Mother最高!」
「Mother最高!」
「全てはMotherの為に!」
「全てはMotherの為に!」
「何なのこれ……!」
おそらく新興宗教だろうか。ミズキは、その雰囲気の異常さに、絶句するしかなかった。
「でもあの女の人、誰かに似ている様な……」
ミズキは、妙齢の女性の正体についても考えていくしかなかった。
悪魔との契約条項 第百三条
不意打ちを使えば、「最強」を無力化させる事も可能である。
読んで下さりありがとうございます。
いいね、感想などをよろしくお願い致します。