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夜明けが君に届くまで  作者: ちる
第一章
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9話 男子高校生は幼馴染とカフェデート

 連れてこられたのは、大通りに面したビルの一階と二階に入っている全国に複数店舗を持つ有名なカフェだ。

 コーヒーをメインに、お茶やジュース、軽食なども置いてある店で、俺もこの駅前に遊びに来た時は何度か友人達と利用したことがある。


「二階で席取っといて。普通のコーヒーでいいよね?」


 店に入るやいなや、夕鶴ゆづるは俺にそう言ってずんずんと注文カウンターへ向かっていく。

 「俺が並ぶ」と言うより早くカウンターの店員さんと喋りだしたので、大人しく二階に登った。



 休日のカフェはとても賑やかで、人の話し声が途切れることなく響いている。

 時間帯的に席が取れるか不安だったけど、丁度入れ違いで空いたトイレ近くの二人席に座ることができた。


 程なくして両手で飲食物の載ったトレーを持った夕鶴が二階へ姿を見せ、席にいる俺を見つけると少し足早に寄ってくる。


「はい、これあんたのコーヒーと、おまけ」

「ありがとう」


 空けておいたソファ席に腰を下ろした夕鶴が、コーヒーの入った白い陶器のマグカップと、レジ横で見たことのある個包装の大きなクッキーを一枚トレーから出して俺の前へ置いてくれた。


「忘れない内に払うからレシート見せてくれない?」

「お金いらない」


 夕鶴は手に持ったマドラーで、くるくるとホイップクリームを飲み物に混ぜ合わせながら言う。


「いや、それは悪いから。自分の分はちゃんと払うよ」


 初対面の、同じ歳の相手に理由もなく奢ってもらうのは抵抗感があった。

 ましてや良好な関係とはお世辞にも言い難い相手である。



 すると、夕鶴は短くため息をついてから少し呆れたような調子で話す。


「別にあたしのお金じゃなくて赫夜のだからいいのよ」

「赫夜でも夕鶴でも、どっちにしろ悪いだろ」


「馬鹿。赫夜があたしに財布よこしたの見たでしょ? あれはこの後ここから支払えって言ってんの。コーヒーくらい素直に受け取れ」


 夕鶴が言うのを聞くと、赫夜が別れ際にしたことは確かにそれらしい行動であったようにも思える。


「……そっか、ありがとう」


 奢りに対する気まずさは残るけれど、理由としては納得だ。


「礼は本人に」

「うん。だから、教えてくれてありがとう。夕鶴」


「……ん、それは受け取っておく」


 夕鶴は一瞬だけ目を大きく開いてから、伏し目がちに視線を逸らした。




「――で、あんたってあたしの何なの?」


 しばらくお互い無言でコーヒーを飲んだあと、夕鶴がそう切り出してきた。

 突然の質問とその言い方に、飲んでいたコーヒーが気管に入りかけてむせる。


「えっ……何と、言われても……っ」


「何焦ってんのよ。あんた、あたしが自己紹介した時に子供の頃どうとかいってたじゃん」


 夕鶴の中で、あのときの俺の言葉が引っかかっていたらしい。


「あぁ、あれは……俺の気のせいかもしれないし」


 俺としても気にはなっているけれど、どう切り出したら良いものか。


「はっきり言いなさいよ。赫夜がわざわざあのヘッタクソな言い分であたし達を街で二人にした。でも、あたしはあんたに用なんか無い。なら、あんたがあたしに何かあるってことでしょ?」


 真っ直ぐに俺を見据える夕鶴の瞳に気圧され……いや、後押しされて、俺は桑野くわのの夕鶴について話をしてみることに決めた。




「――なるほどね。で? その十年くらい前に死んだ幼馴染があたしかもって?」


 合間に飲み物をすすりながら、夕鶴は話を聞いてくれた。


「すごい荒唐無稽な話だとは思うんだけど。名前が同じなのと、あと顔に面影がある気がしてさ。でも俺はあの子を男だと思ってたから……さっきはごめん」


「そこはもういいって」

「あと、ずっと赫夜と二人だけで話すみたいになってたのもごめん」

「それもいい。もうお互い水に流すって言ったじゃん」


 顔の横で、しっしっと面倒くさそうに手を払う。


「よくよく思い返したら、あたしあの胡散臭い話混ざりたくないわ」


「…………」


 許してもらったのに釈然としない。


「……何?」


「なんでもない」


 夕鶴へのちょっとした不服をコーヒーとともに飲み込んで、話を続ける。


「まぁ、あとは、赫夜かぐやが……」


 俺にクッキーを渡した時、プレゼントの二個目だと言っていた。

 ならば、一個目は何なのか。


「赫夜は、俺が幼馴染の話をした時『それはまた後で』って言ってた。だから、夕鶴がそうなんだろうなって……」




 俺の呟きを聞いた夕鶴は少しの間俯いて、考え込むように両手で持ったマグカップの中を見つめていた。


 そしておもむろに、ドンと強い音を立ててテーブルへマグカップを置く。


 隣のお客さんが音に驚き、痴話喧嘩かと言いたげな好奇の視線を向けてくる。

 夕鶴は人目を気にすることもなく、深呼吸ともため息とも取れる長い呼吸を何度か繰り返してからテーブルの縁で浅く頬杖をついた。


 それから、ぼんやりと俺の背後にある窓ガラスの先へ目を動かす。

 ずっと遠くにある何かを懐かしむように見つめながら話しはじめた。


「あたし、子供の頃の記憶ないんだよね。十年前、事故現場で赫夜に助けられたけど、あたしは自分の名前しか覚えていなかった。それからずっと、赫夜の世話になってる。誕生日も名字も適当なの。赫夜が姉なのは今の戸籍上の都合ってやつ」


 説明のような、独白のような、静かな語り。

 悲しみと困惑が入り混じったような声色は、聞いている方も寂しくさせる。


「あたしがさ、あんたの幼馴染だとして……」


 夕鶴は、言いづらそうに言葉を切る。


「なんか話聞いてたらさ、あたしは赫夜にとって約束の相手……だっけ? 本命のあんたのオマケだから助けてくれたのかな……なんて」


 何度も髪の毛を指先で巻いて、弱々しい口調でこぼす。


「気まぐれでも何でも、助けてもらっただけラッキーなんだけどさ。でも、なんかちょっと……」

「夕鶴……」

「やだな。あんたが変な話するから、あたしまで……あんたに何でこんな話してんだろ」


 夕鶴は、赫夜にとっての自分が何であるのかが不安で揺れているように見えた。


「……そんなこと無いと思う」

「別に慰めろなんて言ってない」

「慰めじゃなくてさ、赫夜はちゃんと夕鶴のこと大事だよ」

「何でそんなの言い切れんの」


 やりきれないものを吐き捨てるように、夕鶴が語気を強めて言う。

 眉間に皺を寄せ、泣き出しそうにも見えるその顔からは内心の強い葛藤がうかがえた。


 二人の関係をよく知らない俺には、夕鶴の心情をそう多く理解してあげられそうにない。

 ただ、言えることはあると思った。



「俺も、死にかけたことあるんだよ」

「……は?」


「子供の頃、夕鶴が死んだって聞いてさ。なら幽霊でいいから帰ってきてくれないかなって野山を探し回ったんだ。で、一晩山に居てぶっ倒れた。あの頃の俺は身体弱くて、その後もう大変だった……」


 今朝は思い出して胸の痛む話だったけど、今はもう笑い話だ。


「ただの馬鹿じゃん……」


「それだけ夕鶴のこと好きだったんだよ。だから、赫夜が俺のために夕鶴を助けたならさ、その頃にはもう俺の近くに戻してたと思うんだよね」


「…………」


「わざわざ十年も手元に置いて面倒見るって、そうとう夕鶴自身に思い入れがないと続かないだろ」



 夕鶴の眉間のシワが更に深くなる。

 胸元で握りしめた両の手にも、力が入ったのが見てわかった。


「それに俺、夕鶴が生きててくれてすごい嬉しい。だから赫夜がどういうつもりだったとしてもいいよ。また会えたし、それだけでいい」


 ただそれだけは伝えたいと思った。



「……うん。ありがと、朝来あさき


 夕鶴は少し寂しげなハの字眉のままだったけど、懸命に口角を上げて歯を見せて笑った。

 見覚えのあるその表情。自分が怪我して痛くても、周囲の人をまず安心させようとするときの笑顔と同じだった。


 いつの間にか可愛い女の子になっていたけど、やっぱり夕鶴は夕鶴だった。



「それに、家で二人のやり取り見てた時なんか、赫夜はすごい夕鶴を大事に可愛がってるんだなぁって思ったよ」


 うちのような男兄弟では想像のできない距離感だった。

 特殊な環境だからかもしれないけれど、あの時の二人の間の雰囲気は暖かくて穏やかで、良いものに思えた。


「……そっか、あたし可愛い妹だし、赫夜は自慢の姉だからね!」


 そう言って笑った顔は、今度こそ満面の笑みというやつだった。



「ちなみに今、美人三姉妹になるために妹勧誘中なんだわ」

「姉妹って、勧誘制なのか……??」


 不敵な笑みを浮かべる夕鶴は、外見は華やかで可愛い流行最先端の女の子のはずなのに怪しいおじさんっぽく感じた。


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