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夜明けが君に届くまで  作者: ちる
第二章
86/89

86話 男の言い分と幸福な結末

 暗闇から姿を表した二人は、警備隊のような物々しい装備品を全身に纏っていた。

 ヘルメットにゴーグル、マスクまで身に着けているので、体格から男だとはわかるものの年齢や人相まではわからない。


 半歩前を歩く男の手には飾ちゃんを撃ったであろう銃が握られている。

 映画やゲームでしか見ることのなかった無機質なフォルムは、蟲よりも余程現実味が薄い。


「やーっと倒れたか。しぶと」


「撃ち過ぎだぞ」


「ちゃんと全弾命中したし、良くね?」


「音うるせえっつってんだよ。隅とはいっても住宅街だぞ」


 ザクザクと、男達はブーツの厳つい足音を忍ばせること無く、軽口を叩きながら近づいて来る。



夕鶴ゆづる、起きたら黙って俺の後ろに居てくれ」


 夕鶴を地面に押さえ付けていた手を離して、男達から見て夕鶴を背に庇える位置取りへと身体をずらす。

 お互い視界に入っているはずなのに、男達は俺を警戒する様子はない。

 男の銃口は地面に倒れている飾ちゃんを捉えている。


「しゃーないじゃん。俺は化け物に一般人が襲われてるのを助けようとしたんだって」


「人気の無い場所でコイツと一緒に居て無事な奴が一般人なわけねぇだろーが」


 軽薄な笑い声を漏らしながら会話を続ける前の男に、後ろの男が聞こえよがしに溜め息を吐く。


 男は呆れきった相棒の様子がおかしいのか、さっきより大きく笑った。

 一般人ではないと断じつつも相変わらず俺達には大した警戒を払っていないようだが、それは銃という圧倒的な脅威を手にしているが故だろうか。


かざり……嘘、なんで……」


「夕鶴ごめん、今は……」


 背中から夕鶴の呆然と震えた声が聞こえて、今は堪えてくれとだけ囁き返す。

 飾ちゃんから前に聞いた話だと、今倒れている飾ちゃんの身体はむしに擬態させた偽物だったはずだ。

 だとしても目にして気分の良いものではないが、平静を保つために「本物ではないのだから」と自分に言い聞かせた。



 目の前でなおも続く軽口の応酬に、内心舌打ちしつつ周囲の状況を探る。

 境内で蟲の気配は飾ちゃん以外には感じ取れないが、現状からして想定外なのだから、どこから何が飛び出してきてもおかしくはないだろう。


 この男達は見るからに人間だろうが、何者で何をしに現れたのか。

 まさか本当に通りすがりに助けてくれたって事だけは、あるはずがないんだから。



 考えを巡らせながら動向を窺っていると、唐突に男の銃口が俺の方へ向けられた。


「――でもさぁ、この状況はむしろ褒められるやつじゃん?」


 もう一人の男も腰のホルダーから銃を外して同じように構える。


「女子高生くらいの若い女……条件には合致するな」


 背後の夕鶴が男の声に息を呑んだ。

 男が呟いた内容に、ようやく、この男達が前に通学路付近のマンションで夕鶴を探していた奴らだと気付く。


 でも、こいつらは一応飾ちゃんと同じ組織に所属してるんじゃないのか?

 どうして飾ちゃんを撃った?


「とりま、彼氏も一緒に来てもらおっか」


 軽薄そうな男が俺と夕鶴を銃口で交互に指し、立つように促す。


 動きたいが、この距離で発砲されたら夕鶴に当たる可能性が高い。

 先に銃を壊すにしても俺の能力はまだ精度が甘いので、使うなら一度男達の注意が逸れてからにしたいところだ。


 できるだけ時間を掛けて立ち上がり隙を伺っていると、そんな姿が相手からは怯えに映っているのだろう。もう一人が倒れたままの飾ちゃんへと僅かに顔を向けた。


「コイツどうすんだよ」


「あ? それ、まだ生きてんの?」


「さぁな、見ただけじゃわからんが……置いてくのも流石に不味くねぇか?」


「こっちの子見つかったなら、もう要らないっしょ」


 一人が何やら危惧するのに対して、軽薄そうな男は夕鶴を銃で指し示しながら興味なさげに言い捨てる。


「だとしても、だ。二研の連中がうるせぇぞ」


「知らねーよ! 持って帰りたいならお前が運べば? 毎晩コイツの後始末でクッセェ路地裏清掃ばっか、いい加減ウンザリなんだわ」


 粗野な口調の男が渋ると、これまでチャラけていた男が苛立ちをあらわに声を荒らげた。


 力んだせいか俺達を捉えていた銃口が上にブレている。

 渋っていた男も仲間の勢いに押されて、俺には意識が向いていない。



 ――今だ。


 視界に捉えた二丁の銃を睨みつけるようにして、『壊れろ』と強く元素に働きかけた。

 肺のあたりに鋭い痛みを感じたが気にしている間はない。


 即座に環月かんげつを顕現させ、握っていた銃に生じた異変に動揺を見せる男達へと斬りかかる。


「それだけ重装備してんなら、死にはしないだろ!」


 位置の近かった軽薄そうな男を袈裟斬りにしてから、その奥に立つ男の右肩を貫く。

 呻き声を上げる男から剣を引き抜いて、回転を加えながら胴体を蹴りつけた。

 横からの衝撃によろめいた背中に追撃の一太刀を入れると男の身体はその場に崩れ落ちる。



「夕鶴、大丈……」


 大丈夫か、と後ろを振り向きかけて、強い殺気に息を呑む。

 俺に対してではない。これは――


「夕鶴……?」


 夕鶴は倒れている最初に斬った男の傍らにしゃがみ込んで、どこに隠していたのか果物ナイフらしきものを握りしめた両手を頭上に掲げた。

 後に続く行為は明白で、自分の血の気が引いていくのがはっきりとわかった。


「駄目だ! 夕鶴……!」


 声を張り上げると、勢いよくナイフを振り下ろす夕鶴は俺の静止の声にビクリと肩を震わせる。

 ナイフが止まることはなかったが、切っ先は狙ったであろう喉元から逸れて鎖骨の横に刺さった。


「何やってんだ!」


 駆け寄って、夕鶴の腕を掴んで強引に男から引き剥がす。

 男の血に濡れたナイフが夕鶴の手から離れ、軽い音を立てて地面に転がった。


「アンタがやらないなら、あたしがとどめを刺してやろうと思っただけ!」


「もう戦えない相手だぞ!? 殺す気なのかよ!」


「銃まで持って人攫おうとしてきて、飾のことも撃ったんだよ? 何が悪いの!!」


 咎める俺に当然とばかりに食って掛かる夕鶴に絶句してしまう。

 夕鶴はそんな俺を一瞥して忌々しげに顔を歪める。


 俺達の間に落ちた沈黙は重く、境内は来た時より夜の闇が深くなった気がした。





「あー、真面目な話に割り込んでごめんね。おじさん、ちょーっと君らと話したいんだけど」


 静まりかえった境内に聞き覚えのある陽気な声が低く響く。

 反射的に振り返り、環月を構えながら見据えた先には、やはり見覚えのある作業着姿の男が居た。


「アンタは、あの時の……!」


「おお、覚えててくれたんだ?」


 まるで久々に会った親戚のような気安さで、男はヒラヒラと手を振りながら歩いてくる。


「ついこの前の話だろ。人を鳥頭みたいに言うな」


「おーこわ。お坊ちゃんはすーぐムキになるんだから」


 前回は状況もあってかあまり感じ取れなかったが、今の男からは微かに蟲の気配がしている。

 それらしき姿は見えていないので、またどこかに潜ませているのかもしれない。


 まったく、息つく暇も無いとはこのことだ。

 倒れ伏したまま動かない飾ちゃんの様子も確認したいのに。

 撃たれてから数分が経過した今も飾ちゃんの身体が溶けていない事から、身体を構成している蟲はまだ生きていると思うのだが。



「夕鶴、念のため飾ちゃんの様子を確認して欲しい」


 俺の近くに居るのも危ないかもしれないので、ちょうどいい理由ができた。

 さっきは険悪になりかけたものの、夕鶴は反発すること無く「わかった」と大きく頷いて少し遠回り気味に飾ちゃんへ駆けていく。



「――で、話しってなんだよ」


「あ、話して良い?」


「一応聞く気はある。じゃなきゃ殴ってる」


 胡散臭い笑みを見せる男を睨みながら先を促す俺に、男は「こわい」と両手を顎の下で合わせる戯けた仕草を挟んでから、先ほど倒した地面に倒れ伏す男達を軽く指差す。


「とりあえず、そこで寝てる二人を持って帰りたいんだけど」


「そいつらって仲間なのか?」


「一応ね。ま、上司も違うし、そこの二人は仲間だと思ってはくれなさそうだけど」


「今回は素直に答えてくれんだな」


「そこはホラ、話しするために出てきたわけだかんね」


 男はやれやれと言わんばかりに両腕を大げさに広げてみせる。

 この胡散臭い男が信用に値するかはともかく、聞けることは聞いておきたい。


「なら教えろよ。アンタら全員、金葎求道会なんだろ」


「……だとしたら?」


 言葉を濁すが、ニヤリと口の端を持ち上げた男の表情は正解だと伝えていた。


「何が目的なんだよ。人攫って酷い事して……飾ちゃんを、夕鶴を使って何をする気なんだ」


「飾の嬢ちゃんからは何も聞いてない?」


「世界を救うんだっけ?」


「おー、まぁそんな感じ!」


 こっちが苛立ちに歯を食いしばっているというのに、男は手をポンと鳴らして何気ない世間話のように返してくる。


 何なんだよ、このおっさんは……


 こうしている間に増援や、万が一倒れた男が起き上がってきたりすることがあれば俺達が不利だ。



「……誰が信じるんだよ。ふざけんな」


 真面目に話す気がないなら時間の無駄だ、と環月を構えて意思表示する。


 すると、男は少し慌てた様子で大げさに手を上げ下げして宥めるような素振りを見せた。


「だから、ムキにならないでってば。――まぁ、あれだ、坊っちゃんは俺達の事を悪の組織とでも思ってたりしない?」


 困ったように眉尻を下げながら問われるが、内容のありえなさに眉間のシワが深くなった気がした。


「むしろ、それ以外の何なんだよ」


「いやいやいや、飾のお嬢ちゃんも言ってたでしょ? 世界を救うのが俺等の目的! これは本当だから!」


「はぁ? 屋上でも今日も、人のこと襲って攫おうとするヤツらが……」


 良くも抜け抜けとそんな――と、続けようとしたが呆れ果てて声にならずに唇だけが動く。

 男は俺の言葉にこめかみをガシガシと強く掻いて大きく溜め息を吐いた。


「やってる事が非人道的なのは否定しないけどね。大人の事情ってやつ? 世の中都合良くは行かないもんなのよ」


 真剣に困ったように言うものだから、何と返していいものか分からなくなる。

 この男、本気で今やってることが世界を救うって考えてるのか……?


「だからね、そっちのお嬢ちゃんには是非ご協力願いたいなぁと思ってね。聞こえてるでしょ?」


 チラリと、男の視線が俺から奥に居る夕鶴へと動いた。

 しかし答えを返さない夕鶴に、男は小さく息を吐く。


「ご協力……って、アンタは攫う気がないってのか?」


「今日はそう言う命令されてないし、俺としてはお嬢ちゃんが自主的に協力してくれんのが一番だと思ってっからね」


 淡々と、今日一番に真面目な声色で男は語った。


「承諾すれば、お嬢ちゃんは死ぬより辛い思いをするだろうが……世界は救われるし、代わりが来りゃ飾のお嬢ちゃんも命だけは助かるかもな」


 だから、考えてみてくれ。と話しを結び、作業着のポケットをまさぐって一つの小瓶を手に取ると俺に投げてよこす。

 取り落としそうになりつつ渡された小瓶を確かめると、栄養剤ほどの大きさの透明な小瓶の中には薄緑色の液体が入っていた。


「蟲の一時的な活性剤だよ。ぶっかけるだけで効果はある」


「何のために……?」


「今使えば飾のお嬢ちゃんと、もう一言くらいは話せるだろうよ。そこの蟲が駄目になりゃ次を作るまでにも時間がかかる……それまで本体が保つとも思わんからね」


 男の言動からは飾ちゃんへの同情のようなものを感じて、胸の内のざわつきが強くなる。


「最後くらいはって言いたいのか?! 全部アンタらのやった事で、アンタらの所為じゃないのかよ!」


「……だなぁ。ただ、飾のお嬢ちゃんとは長い付き合いでね。同胞みたいなもんだ。だから、少しくらい何かしてやりたいと思っちまうだけかもしれんね」


 男はただ静かに、くたびれた自嘲を見せた。


「そんでもって、おじさんに出来るのはこれくらいだ」


 男はそう言って、俺の横を通り倒れた二人を雑に掴んで引きずりながらこの場を去ろうとする。


「ま、気に食わないなら活性剤はこの二人を引き取る代わりって事にしといて。おじさんは帰るから後は好きしなよ」


 次の疑問をぶつけることも、男の行動を遮ることもできずに立ち尽くしてしまう。

 握りしめた手の中の小瓶の冷たさがやけに虚しかった。




+++




 夕鶴の腕に抱えられた飾ちゃんのぐったりとした身体に男の寄越した活性剤とやらの封を切ってかける。

 男が嘘を言っていて、とんでもない事になる可能性も考えはした。

 けれども、胡散臭い言動の中でも男の飾ちゃんへの憐れみだけは本当だと思えたのだ。


「飾、飾……」


 夕鶴の呼びかけに、飾ちゃんの身体がビクリと僅かな反応を示す。

 パクパクと何度か空気を食むように動いた口から、やがて小さな声が聞こえた。


「ぁ……良かった……まだ繋がって……」


 飾ちゃんは言葉を詰まらせながらも安堵したように言う。

 ぎこちない動きで夕鶴に向けて腕を伸ばすと、服の袖口から覗く飾ちゃんの白く細い腕の上を這うように細長い百足に似た蟲があらわれた。


 夕鶴は蟲に驚いたらしくヒュッと喉を鳴らして仰け反る。

 そんな夕鶴の様子を見て、飾ちゃんは「ごめんね」と弱々しくも少し慌てて返した。


「えっと……これで……」


 飾ちゃんの声で、蟲は一度身震いをすると端からネズミかイタチかのような生き物に姿を変える。

 まるでCGか何かのような不思議な光景だった。


「飾ちゃん、これは……?」


「この子は夕鶴の蟲……この子が最後……私はこの子を使って夕鶴のこと探してた……だから、夕鶴に返すね。この子が居ないと次に探すのはきっとすごく難しいから……どこか遠くに逃げて……ね」


 飾ちゃんの途切れ途切れの声と同じくして、その身体が崩壊を始めた。


 指が落ちる。

 一本一本、割れたクッキーのようにポロポロとその場で崩れ落ちた。


 指だった蟲が地面の上で悶えて溶けて、黒い染みを作る。

 元の形状も定かではない蟲達が飾ちゃんから剥がれ落ちていく。


「待って! 待って飾……まだ何も聞いてない!」


 夕鶴が叫び声を上げた。

 苦手なはずの蟲の姿にももう怯むこと無く、飾ちゃんの崩れていく身体が少しでも溢れ落ちないように抱え直す。


「飾は今どこにいるの?! 助けるから……絶対行くから! ねぇ!」


 呼びかける夕鶴の瞳から落ちる涙を、飾ちゃんは残り少ない腕を持ち上げて拭おうとする。


「なかな……で……だいじょ……ぶだか……ね……」


 崩壊は次第に勢いを増して、元々小さかった飾ちゃんの身体を構成していた蟲は全てあっという間に崩れ落ちて、悶えて溶けた。


 夕鶴は涙に濡れる瞳を呆然と見開いて、その一部始終を見つめていた。


「……おねえ……ちゃん……?」


 小さく漏れた夕鶴の呼びかけに答えるべき相手の居た場所には、黒い染みしかない。


 たまらなくなって声を掛けようとした俺の目の前で、夕鶴は嗚咽しながら「おねえちゃん」と何度も繰り返す。

 そして一心不乱に、飾ちゃんだった黒い染みの広がった土を指先の綺麗なネイルが剥げるのも厭わずに掻き集めていた。



 今日、夕鶴は飾ちゃんが姉だったことを知るだろうとわかっていた。

 彼女たちの過去からしたら、幸福なばかりの再会になるなんて思っていなかった。


 でも、だけど――何でこんなに上手く行かないんだろう。


 何をどう選べば、この夜がマシなものになったんだろうか。

 この先何を選んだら、彼女たちを助けられるんだろうか。


 丸くなった夕鶴の背中を見下ろしながら、ただそればかり考えていた。




次回で二章を締めようと思っています。

よろしくお願いします。

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