85話 男子高校生と幼馴染と夜の神社
槌久茂神社は、夕鶴のマンションと学校の丁度中間地点の道を北に進んだ先にある小さな神社らしい。
夕鶴がこの町に越してきた頃、周辺の散策をしている時に通りがかったことがあるらしく、人気もなく日当たりが悪いのか昼間なのに薄暗くて不気味で、だからこそ印象に残っていると言っていた。
飾ちゃんに指定されたのは今日だ。
夜の空気の寒さに肩を震わせながら見上げた空は厚い雲に覆われて星一つ見えやしない。
赫夜と夕鶴の暮らすマンションを出てすぐの角を曲がった所で待機していると、夕鶴が息を切らせながら駆けてきた。
「ごめん! ちょっと遅れた!」
「夕鶴、大丈夫だったか?」
誰かに見つかってはいないか訊ねると、夕鶴は胸を手で押さえて呼吸を整えながらもピースサインを作った手を振って見せる。
「赫夜はとっくに夜の見回りに行ってる。……まぁ、エントランス通ったから家出たのはそのうちバレると思うけど、その前にササッと済ませちゃお」
「だな。俺もコッソリ出てきたし」
頷いて、スマホのマップナビを頼りに神社へ向けて歩き出す。
住宅街の人気の無さは一緒に帰っていた時と変わらないが、夜のせいか気にはならない。
それでも、これから向かう先と起こるかもしれない事を考えると緊張感で足取りが重くなる。
しばらく無言で進んでいると、ふいに上着を後ろから強く引かれた。
驚きではなく、後ろから掛かる力の勢いで喉元が締まり「ゔっ」と漫画みたいな音が口から漏れる。
「夕鶴……それ苦しい……」
「……あ、ごめん」
首周りの生地を引っ張りつつ背後の夕鶴に苦情を伝えると、小さな謝罪の声と共に少しだけ上着を引く力が弱まった。
「やっぱ怖いの?」
わかりきった事を訊ねるのは、ただの嫌味ってわけじゃない。
夜中に夕鶴を外に連れ出したらこうなる気はしていた。
ただ、現状暗いのが怖いくらいで動けなくなられても困るし、無理なら無理で早く引き返した方が良いからだ。
「……平気だから。時間無いし、あたしの事とか気にしないで、とっとと先進んでよ」
夕鶴は俺の軽い挑発に乗っかって自身を奮い立たせるように呟く。
再び歩き出すも、夕鶴は完全に手を離す気は無いようで、常に少し後ろに身体を持っていかれる感覚がする。
「あのさ、掴まれてると歩きにくいんだけど」
「うっさいな! 暗いんだから見失わないように掴んでんの!」
吠える夕鶴の顔は見えないが、口調から察するにガルガルと牙を剥いているに違いない。
これだけ元気があれば大丈夫だろう。
見えない背後の夕鶴に歩調を合わせないとまた首が締まるので非常に歩きにくいが、神社に着くまでは我慢してやることにした。
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辿り着いた槌久茂神社は、想像を上回る不気味さだった。
名称の書かれた石柱の先にある敷地はさほど広くもなさそうなのに、敷地をぐるりと厚く囲むように植えられた草木のせいで一層暗く、数メートル先もよく見えない。
「こんな気味悪い所に飾が居るの?」
「そのはずだけど」
近隣に他に神社はないようなので、ここで間違いはないはずだ。
「わかった……行こ」
アプリのマップを見ながら答えると、夕鶴は覚悟を決めたのか大きく息を吸い込み、俺の上着から手を離すと力強く頷いた。
スマホをライト代わりにかざしながら、二人並んで闇に包まれた境内に足を踏み入れる。
一歩一歩と前へ進むたびに、でこぼことした土の感触を足裏に強く感じた。
「飾、どこに居るの……?」
両腕を抱くようにして身を縮めた夕鶴が暗闇に向けて問い掛けをこぼす。
少し立ち止まって耳を澄ませてみても、答える声はない。
隣の夕鶴に悟られないように不安を呑み込んで、静寂の中、ゆっくりと周囲を確かめながら歩いていく。
更に数メートルほど進むと、境内の奥に社と小さな人影が見えてくる。
スマホの青白い光に照らし出されたその姿は、紛れもなく飾ちゃんだった。
「夕鶴……朝来くん……」
「飾っ……!」
飾ちゃんは俺達に気付くと、瞳を細めながら服の裾を握り締めて一歩後ずさる。
名を呼ぶ声に不安が色濃く滲んで聞こえたが、夕鶴はお構いなしに駆け寄って身を屈め、飾ちゃんの身体を掻き抱いた。
「夕鶴……夕鶴……」
「飾、会いたかったよ」
「夕鶴に会いたかった……ごめんね……夕鶴……」
「色んなこと内緒にしてたって、引っ叩いて叱って全部聞き出してやろって思ったのに……顔見ると駄目だね」
泣き縋るようにして夕鶴の名前を繰り返す飾ちゃんと頬をすり合わせる夕鶴の声もまた涙混じりに掠れて聞こえる。
このまま、一緒に家に帰ってはいけないんだろうか。
わかっている。先日の話通りならば、ここに居る飾ちゃんは本体じゃない。連れ帰った所で救ったことにはならない。
目の前の二人の姿に今この場では叶わない願いを抱いてしまい、鼻の奥がツンと痛む。
蟲の暴走を止めて飾ちゃんを救うためにも、夕鶴に真実を話してもらった上でもっと多く情報を聞き出さなければ。
「二人とも、悪いけど時間の余裕はあまりないと思う」
気が済むまで再会の抱擁をさせてやりたかったけれど、夕鶴が家を抜け出したのがバレるのは時間の問題だ。
安全面から考えてもあまり長居はできないだろう。
夕鶴は飾ちゃんの頭を優しく撫でてから立ち上がると、数歩下がって俺の隣まで戻ってくる。
「飾、教えて欲しいの。飾はあたしを最初から知ってたんだよね?」
「……うん」
「あたし達ってどういう関係? どうして今? 何のために近付いてきたの?」
向かい合った夕鶴に静かに問われ、飾ちゃんは気まずそうに視線を横にそらして項垂れた。
「夕鶴とは……昔ずっと一緒に居た。お医者さんみたいな白い服の人達に連れてこられた白い部屋で」
「飾ちゃ――」
家族だと、自分が姉だと名乗ること無く話しを進める飾ちゃんは、つい口を出そうとした俺にチラリと目配せをして困ったように微笑んだ。
「ある日、私だけ別の施設に連れて行かれて。その数日後に元の……夕鶴の居た施設で爆発事故が起きて、皆死んじゃったって聞いたの」
飾ちゃんの言う事故は、夕鶴とかぐやが出会った時のもので間違いないだろう。
何度聞いても凄惨さに胸が痛む。
黙って話を聞く夕鶴の固く丸められた拳がわなわなと震えていた。
「夕鶴が生きてる事は、夕鶴の作った蟲から聞いて知ってた。ずっと内緒にしてたのに……二年前、新しく施設に来た三咲にも知られちゃって」
蟲を使って夕鶴を探すように言われた、と飾ちゃんは唇を噛んだ。
「最初はヤダって言ったの……嘘じゃないよ。でも……」
草摩さんから蟲を操る方法を教わって、遠隔で動かせる身体を手に入れて十年ぶりに外に出て。
病弱だった頃とも違う、どこまでも一人で歩いていけるような感覚がした。
そして、そう遠くない場所に夕鶴が居ることに気付いて、堪えきれなかったのだと吐露する。
「遠くから、一度だけ見てみようって……元気かどうかだけでも知りたいなって思って……でも、一度見たら今度はお話したくなって……話したら、次の日もまた会いたくなっちゃった」
自分のことを覚えていないと知っても明るく笑う夕鶴を見るほうが嬉しかった、と。
嗚咽混じりのか細い声が冷えた夜風に流されるようにして消えていく。
「私のせいで、夕鶴のお家バレちゃった……私が我慢できなかったから……この前も怖い思いさせちゃったね」
細い髪の毛の隙間から覗く飾ちゃんの瞳は微かに揺れていた。
「会いたくなって、ごめんね……会いたいって思って、ごめんなさい」
「そんなの、飾のせいじゃないじゃん!」
もう黙ってはいられないとばかりに夕鶴は声を荒らげ、悲しげに顔を歪める飾ちゃんに再び手を伸ばす。
俺は咄嗟に横からその手を掴んで一緒に後方に倒れるようにして地面を転がった。
明確に嫌な予感がしたわけでもなく、勝手に身体が動いていた。
服が土と擦れる音の合間に、乾いた破裂音のようなものが聞こえる。
二回、三回、四回、境内の空気を震わせる音はゲームや動画では聞き慣れた銃声に似ている気がした。
まさか、本当に?
夕鶴を地面に伏せさせたまま体制を整えた俺の目の前で、五回目の音とほぼ同時に飾ちゃんの身体が頭から横へ倒れていく。
「飾ちゃん!!」
倒れ伏した小さな身体は小刻みに痙攣し、音にならない声を上げている。
撃たれた? 何故?
飾ちゃんの身体から次第に滲み溢れてくる見覚えのある黒い粘液に自分が聞いた音の正体を確信したが、依然状況は図りきれない。
位置的に夕鶴も危なかったけれど、銃声がした分は全て飾ちゃんに命中しているように見える。
狙いは飾ちゃんなのか?
「朝来…? 飾がどうしたの?」
俺に押さえられたまま困惑する夕鶴に状況を答えることもできず、次の銃撃を警戒して周囲を窺う。
じゃり、と意図的に鳴らされたような小石を踏み締めた音に顔を向けると、入り口の方向から二人分の人影がゆっくり近付いてくるのが見えた。
懲りずにハロウィン漫画を描きました。
大遅刻してますが今週はまだセーフだと思っています。
↓絵(漫画)があるので素人の絵が苦手な方は注意してください(どちらも同じ内容)
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pixiv:https://www.pixiv.net/artworks/113139713




