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夜明けが君に届くまで  作者: ちる
第二章
81/89

81話 男子高校生の休日と路地裏の天使

 暇だ。


 屋上での戦いから早一週間と数日。

 何の予定もない週末は久々で、暇過ぎて昼間から夕飯用にシチューを作り始めていた。


 グツグツと煮え立つ鍋の中にシチューの白い固形ルゥを雑にぶち込んで、お玉で混ぜていると湯の色が段々と白濁ととろみを帯びていく。



 赫夜かぐやとはあの日以来会っていない。

 連絡はつくけれど、次の予定を聞いても身体を休めろの一点張りだ。


 何だかんだ数日は身体が重かったので、赫夜の言うことも間違いはない。

 ただ、そろそろ体調面も問題無いと思うので、いっそ家に押し掛けてみようか悩んでいる。


「でもなぁ……緊急性もないのに勝手に家に押し掛けるのはキモい気がする」


 ため息をこぼしながら仕上げの牛乳を注ぐ。


 戦いに出て、前回の失態を取り返したい気持ちが半分。

 だた赫夜に会いたいだけが半分だった。


 相変わらず不純な動機しかない気がして我ながら少し呆れる。


 キッチンを満たすシチューの優しい匂いに空腹感が湧いてきたところで、テーブルの端に置いておいたスマホが鳴った。



「はい、何?」


 相手が竜だったので短く用件を促す。

 通話口からは耳慣れた朗らかな声が雑踏混じりに聞こえてきた。


「今いつもの電気屋に慎太郎といるから、朝来あさきも出てこいよ」


「暇だし全然良いけど、二人で予定合わせてたんじゃないの?」


「いや、俺は配信で見たアケコン触りに来ただけ。慎太郎は駅前で偶然見かけたから引っ張ってきた」


 ほぼ毎日顔を見ている友達とは言え、よくあの駅の人混みから見つけられるものだ。

 俺が感心しながら相槌を返すと、竜が俺に連絡をよこした理由を告げる。


「朝来、セール終わる前に服見に行きたいっていってたじゃんか。今日買い物行くなら良い面子かと思ってよ」


「あー……」


 先週の戦いで服が駄目になって人に見せられる服が減っていた。

 去年もズボンを一本捨てたし、買わないとまずいという話を学校でチラッと話した気がする。

 自分でも忘れていた話を覚えていて、わざわざ呼んでくれるのは本当に助かる。


「ありがと、用意したらすぐ行く」


「おー、駅着いたら連絡くれ」


 通話を終えた俺の前には、程よく煮えた美味しそうなシチューが出来上がっていた。

 冷蔵庫に入れておけば後で父さんが食べるだろう。

 何なら夜食にでも食べればいい。

 まだ熱い鍋にラップを掛けて冷蔵庫に押し込めた。




+++




 多少服装の合わせがおかしくてもコート着てるし、これから買うし。とは思っていても、服を買いに行く服が無い問題で悩んでいて時間が経ってしまった。

 靴を履きながらスマホで時刻を確認して、まぁ許されるだろう、と当初想定していた時間より遅い事実から目を逸らした。



 玄関扉を開けると、風の冷たさに背筋が震える。


「さむっ!」


 気を紛らわせるために大きく声を出しながら門をでた瞬間、横から「わっ」と小さな驚きが聞こえた。

 驚いた声に驚いて声のした方に目を向けると、自宅の門のすぐ横、俺の進行方向とは逆側に夢に見るほど会いたかった人物――赫夜の顔があった。


「え……何で、居るの?」


「あ――こんにちは、朝来。これからお出掛けだった?」


 俺を認識した赫夜は少しぎこちない笑顔で話し掛けてくる。

 どこか緊張したような硬い素振りは、これまであまり見たことがない。調子が狂って俺まで無駄に緊張してしまう。


「ああ、うん。竜と、もう一人友達と一緒に買い物」

「そうなの。良いものが買えると良いね」


「セールで服買うだけだけど、そうだな。掘り出し物探してくるよ」


 俺の予定を聞いた赫夜からは先程までの緊張感が嘘のように消えて、パッと明るい表情になる。


「じゃあ、私が支払――」


「間に合ってます」


 赫夜が言い終わる前に腕で体の前にバツ印を作って断固拒否の姿勢をアピールしておく。

 「でも……」とめげずに食い下がる赫夜に再びノーを突きつけた。


 もはや、このやり取りは恒例のようになってきた気がする。

 赫夜はしょんぼり肩を落としているが、もうちょっと世間体というものを理解して欲しい。



「そういや、赫夜から家に来るの珍し

くないか。調査で何か進展でもあった?」


「調査は続けているけど、まだ特には……」


「なら、他に何か起きた?」


「それも無いけど……ほら、怪我してから十日近く経ったでしょう? 身体の調子とか、その後不審な人物を見かけたりとか無かったかな、とか」


 赫夜は視線を地面に落とし、少し歯切れが悪そうに急な来訪についての理由を話す。


「怪我の方は全然、もう十分元気になったと思う。怪しい奴も今のところは見て無いな」


 行動範囲が学校と家の往復、時々スーパー程度だからかもしれないが、日常は平穏と言って差し支えがない。

 赫夜は俺の現状報告に頷きを返すけれど、視線を上げることなく何か考えているようだった。


「あー……ごめん、俺もう行かないと」


「あぁ、出掛けに引き止めてしまってごめんね」


 俺が謝ると赫夜はハッとした様子で顔を上げた。

 赫夜の様子は気になったけれど、あまり長話をしている余裕は無かった。

 集合時間なんかは無いものの部屋を出た時点で想定時間を過ぎていたので、流石にこれ以上は二人を待たせすぎてしまう。


「――あのさ、帰ったら通話掛けてもいい? そんな遅くならないから」


 せっかく会えたのに、次の具体的な予定も無いまま会話が終わると思うと名残惜しかった。


「いいよ。なら、待っている」


「ありがと。じゃあまた、後で」


 手を上げて手短に別れの挨拶をする俺へ、赫夜は躊躇いがちに視線を送ってくる。



「……朝来、さっきの話を一つだけ訂正したい」


 何の話かわからず首を傾げると、俺を見上げる蜜色の瞳がふっと柔らかく細まる。


「どうしてここに来たのか……色々理由を付けてみたけど、私がお前に会いたかっただけだと思う」


「……え?」


 思いがけない言葉に、間の抜けた声が口からこぼれた。


「気を付けて、いってらっしゃい」


 ポカンと立ち尽くしている俺の頭を軽く撫でて、赫夜はふわりと消えてしまう。


 赫夜は今、何て言った?

 会いたかったって聞こえたのは嘘じゃ……ない、よな。


「言い逃げって、ズルいだろ……」


 熱を持って緩みかけた頬を手で抑えながら、駅へ向けて足早に歩き出した。




+++




 竜と慎太郎と合流した後、ファッションに詳しい慎太郎に連れられるがままに、グルグルと街のショップを何店舗も周った。

 途中から、この店さっき来なかったっけ。と違いがわからなくなっていく中、黙々と手渡された服を片手に試着室とを往復し続けた。



「流石に疲れた……」


 もう当分、試着室には入りたくない。

 何とか買い物を済ませて、駅にほど近い雑居ビルにある御飯屋に入った頃にはもう二十時近かった。

 竜と俺は通された席に着くなり背もたれに大きく体を預ける。


「だなぁ……けどま、途中休憩もしたし、姉ちゃん達の買い物よりは短いか」


「安くて、質が良くて、似合うもんって探すなら、最低でもこれくらい掛けんと」


 一人だけ疲労感の見えない慎太郎が、さらりと恐ろしいことを言ってのける。

 最終的に購入した数に比べて時間ばかり掛かったという気持ちだったが、まだまだ序の口らしい。


「いやでも本当に、長い時間付き合ってもらってありがとな」


「いいって、俺も自分の買ってるし」


「せやせや。服見るの好きやし、人の選ばしてもらうと倍買った気になれて楽しいわ」


 慎太郎の発言に、そんなもんかなと首をひねりつつ、もう一度感謝を述べて注文用のタブレットを机の中心に移動させる。

 順番に好きなものを注文し終えると、ピークタイムにも関わらず大して待つことなく食事が配膳された。




「――なー、朝来の彼女ってどんな子なん?」


 付け合せの人参を口に入れた瞬間に話題を振られて、つい驚いて丸呑みしてしまう。


「え、赫夜のこと? ……どんなって、写真見ただろ」


「かぐや? 思ったより和風な名前やな。メアリとかキャサリンとかじゃないんか」


「まぁ、一応日本人だし」


 喉の奥に詰まりかけた人参を水で流し込みながら答えると、慎太郎は納得した声を上げながらも更に突っ込んで聞いてくる。


「見た目からは想像できんけど、年上やし、朝来と付き合うくらいやから面倒見の良いオカン系なん?」


「おい、どういう意味だそれ」


「それがなんと不思議系。ま、仙心だし、お嬢様ぽいって言えなくもないか」


 妹さんの方はしっかりしてるんだけど、などと竜が横から答えだす。


「はー……そら一生手繋いでるだけで終わりそうな組み合わせやな」


「お前ら、うるさいよ」


 好き放題言ってくれる。

 大体、俺と付き合うならオカン系ってのはなんなのか。

 二人には無視されるとわかっているが、軽く睨みつけて不満を示しておく。


「けど――」


 慎太郎が言いかけた時、テーブルの上に置かれた竜のスマホが震えた。

 画面に表示された相手の名前を確認した竜は露骨に渋い顔をする。 


「わり、姉ちゃんからだ。多分長くなるから外で話してくるわ」


 それだけ言って、竜はそそくさと店を出て行った。

 竜のお姉さんは三人居るが、全員気もアクも強い女傑だ。

 竜は常に下僕のような扱いを受けているが、姉とはそう言う生き物なのだと聞いている。


 竜の背中を見送ってから、二人きりになった席で食事を再開した。


「――そういや、慎太郎がさっき言いかけてたの何?」


「んや、大した事やないよ」


 気になって訊ねるも、慎太郎は言葉を濁す。

 ハッキリした会話を好む慎太郎にしては珍しい。もう一度聞いてみると、慎太郎は少し眉を下げて笑った。


「まったく進まんかったら相談乗ってやってもええよってな」


「本当にしょうもないことだった……」


 しつこく聞いておいて何だが、あまりのしょうもなさに天井から下がるペンダントライトを仰ぎ見る。


「はは、冗談やし。手繋ぐだけで楽しいなんて若者の特権やろ、堪能しとけ」


「年寄りかよ。慎太郎も同い年のくせに」


「おかげさんで、心はもうジジイや」


 慎太郎は縁側の老人じみたことを言ってケラケラと笑う。


「そないな付き合い俺の性に合わんし、したいとも思わんけど……瀬田や朝来見てると少しだけ、和むわ」



 独り言のように呟くと、俺がなにか返すよりも先に次の話題を話し出す。

 明日の授業について、友達のこと、他愛のない会話を続けているうちに皿の上は空になった。




+++




「いつになったら帰ってくるんやアイツ」


 竜が席を外して、残された俺達が食事を終えてからも既に三十分以上経過している。

 少し口をつけただけの料理も冷めてしまっていた。


「確かに。まだ話してんのかな」


「二時間制終わってまうぞ」


「俺、ちょっと外見てくるよ」


 テーブルで頬杖をついてぼやく慎太郎に告げて席を立つ。

 店の外に出てみたが、雑居ビルの踊り場に位置する扉の前には誰も居なかった。


 下に降りたんだろうか。


 かすかな胸騒ぎを感じながら、勾配の急な階段をゆっくり降りていく。

 ビルから出た通りは飲食店が並んでいるだけあって人通りが多く賑やかだ。


 けれど、やはりパッと周囲を見渡してみても竜の姿は見えなかった。


 竜がお姉さん達から理不尽な使い走りをさせられることは多い。それでも、普段の竜なら使いに出る前にメッセの一つでも送ってくるはずだ。

 急いでスマホを取り出して通話を掛けてみるが、応答がないまま自動で切れてしまう。


「竜……」


 何故だろう、不安ばかりが募っていく。

 本来なら一度戻って慎太郎に話すべきかもしれないけど、それよりも竜を探して見つけなければと強く感じていた。



 再び注意深く周囲を観察する。――その時ふと、正面のビル同士の隙間にある細い路地が一際印象深く目に止まった。



 嫌な予感がする。


 嫌な予感が。



 暗い路地に躊躇うことなく足を踏み入れる。

 独特の臭い、湿り気のある空気、赫夜との夜の探索で慣れたと思っていた。


 それなのに、今は堪らなく恐ろしい。


 歩みを進めるほどに感じる異質な気配。

 この先には間違いなく、蟲がいる。


 ここには居ないでくれ……竜……


 祈る気持ちで、もう一度スマホから通話を掛けてみる。


 俺の耳元で聞こえるコール音とは一拍遅れて、軽快な通話アプリの着信音が暗く静かな路地裏に小さく響く。


 ――気付いた時には駆け出していた。



「竜……竜……!」


 段々と色濃くなる蟲の気配と大きくハッキリ聞こえてくる着信音に、胸を掻きむしられる。


 やがて暗がりの奥に、黒い影が見えた。


 地面に横たわる人程の大きな影と、傍らに立つ小さな影。

 それが誰なのか……認めたくない。


 認めたくないけれど、自分のスマホが自動で応答を切られたのと同じくして、この場に流れていた着信音が消える。


 答え合わせだ。



「竜……何で……何でこんな……」


 倒れ臥す竜と……虚ろな瞳で立ち尽くしているかざりちゃんに駆け寄る。

 しかし、どちらも俺の声には答えない。


「飾ちゃんがやったのか……?」


 飾ちゃんに向けて強く問い掛けた。

 濃密な蟲の気配を漂わせた少女は、心ここにあらずと言った様子でただそこに佇んでいる。


 苛立ちと、やるせない怒りに奥歯を噛む。

 だが、今優先すべきは竜の救護だ。


 口元に手を当てて呼吸を確認して、安堵の息を吐く。

 呼吸は弱々しいが生きている。急いで救急車を呼ばなくては。


 震える指でスマホを操作していると、横で立ち尽くすばかりだった飾ちゃんがスッと動いた。

 飾ちゃんは無言のまま、俺の横を素通りして闇に溶けて消えていく。


「待て! 飾ちゃん! 何か答えろよ!」


 俺の叫びも、暗い路地裏に虚しく消えた。

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