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夜明けが君に届くまで  作者: ちる
第二章
77/89

77話 男子高校生と幼馴染の密室

 人気のない夕暮れの住宅街。

 予想外の人物の姿に、俺と夕鶴ゆづるはその場に釘付けになっていた。



かざりちゃん……?」


「夕鶴……朝来あさきくん……」


 呆然と呟く俺の声が聞こえたとは思わないが、答えるようなタイミングで飾ちゃんは俺達の名前を呼びながら近付いて来る。


 今日の飾ちゃんからは最後に会った日のような嫌な気配は感じない。

 それ以前に感じていた通りの可愛らしい小さな女の子にしか思えなくて逆に恐ろしかった。


「飾! あんたどうして――」


 駆け寄ろうとする夕鶴を片腕で制し、夕鶴と飾ちゃんの間を遮るように一歩前に出た。


「もう来られないって言ってなかった? 何でまた俺達の前に現れたんだ」


「……それ……は」


 警戒を露わに尋ねると、飾ちゃんは口ごもり苦しげに眉を寄せて目蓋を伏せる。


「言えない……でも、お願い。今すぐ二人とも私について来て」


「なら、俺達もできないよ。『悪い人はずる賢いから、ちょっと仲良くなってから暗い場所に誘ってくる』って、飾ちゃんが言ったんだろ」


「時間が無いの。お願いだから……!」


 飾ちゃんは祈るように手を組んだ。

 微かに震える小さな手に、こっちが悪い事をしているような気分になってしまう。

 悲痛な声で訴えてくる飾ちゃんに、夕鶴は制止する俺の腕をそっと押し退けて近付くと手を差し出して静かに口を開く。


「……良いよ。ついてったげる」


「は!? 何考えてんだ!」


 あからさまに不審な誘いに乗ろうとする夕鶴に驚いて問い質す。


「悪いけど、あたし飾についてく」


「夕鶴!」


 俺の呼び掛けを無視して「時間無いんでしょ」と促す夕鶴の手を握りながら、飾ちゃんが少し戸惑うような視線を投げかけてくる。

 一瞬目が合うが、飾ちゃんは直ぐに踵を返し夕鶴の手を引いて駆け出す。


 一人で行かせられるわけ無いだろ!


 不満をぐっと飲み込んで二人の後を追いかけた。




+++




 飾ちゃんが俺たちを連れて来たのは、自販機のあった場所からそう遠くない道路脇のマンションの敷地内だった。


 隣の建物との境界に植えられた庭木に沿う様に住人用の狭い駐輪スペースが設けられており、その奥に物置が置かれている。

 正直、行った先に車が待ってるとか、辿り着いたら薄暗い廃墟だった、とかを想像してたのでリアクションに迷う。


「マンションの駐輪場に何の用が?」


「あれ」


 飾ちゃんは奥の物置を指差して駆け寄る。

 その後ろを追いかけて俺達が物置の前に立つと、ガラガラと勝手に物置きの引き戸を開く。


「二人とも、中に入って」


「ここに?!」


「入れるのか? これ」


「早く入るの!」


 そう言うと、飾ちゃんは困惑する俺と夕鶴の背中を押して、物が詰まって狭そうな物置きの中にぎゅうぎゅうと詰め込む。


「うわ! 足の踏み場無いって!」


「埃っぽ! 朝来ガタガタ音出してないで、もっと奥行ってよ!」


「これ以上後ろ下がれないんだって! 俺半分荷物の上乗ってる!」


 押し込められた暗い倉庫で夕鶴と二人言い合いをしていると、倉庫の外で飾ちゃんのクスリと笑う声が聞こえた。


「夕鶴も朝来くんも、今日も元気だね」


「飾ちゃん……俺達を倉庫に詰めて何の意味があるんだ?」


「隠れんぼだよ」


「隠れんぼ?」


 今回は夕鶴も疑問を持ったらしく、飾ちゃんの発言にオウム返しをする。


「一五分間、中で音を立てずに静かにしてて。さっきみたいにケンカしてちゃ駄目なんだよ」


 飾ちゃんは微笑みながら唇の前で人差し指を立て、静かにとジェスチャーしてみせた。

 その笑みはどこか大人っぽくて、寂しそうにも感じてしまう。


「時間が過ぎたら、気を付けてお家に帰ってね」


「飾ちゃんは……?」


 質問の答えは返ってくること無く倉庫の扉がガラガラと音を立てて閉ざされる。

 扉の向こうで飾ちゃんの足音が段々と遠くなっていった。



「どうしたもんかな」


 現在の率直な心境が口から漏れ出る。


 真っ暗な倉庫の中に閉じ込められた上に放置されてしまった。

 鍵をかけたような音はしなかったので出ようと思えばすぐ出られるだろうが、だからこそ、飾ちゃんが何を考えているのか全くわからない。


「こっから十五分か……」


 斜めに倒れかかった身体を捻って、ポケットからスマホを取り出して時間を確認する。

 十五分という時間指定の隠れんぼには、何の意味があるんだろうか。


 俺の中で飾ちゃんを怪しいと思う気持ちは晴れていない。

 ただ、さっさと倉庫を出て帰るのが良いと思う反面、何となく今出てはいけない気もしてしまうのだ。




「……朝来、ごめんね」


 突然、これまで黙っていた夕鶴が呟く。

 考えを中断して顔を上げると、スマホの青白い光でほのかに照らし出された夕鶴の泣きそうな顔が目に入った。


「どうしたんだよ、急に」


「馬鹿なことしたって……思って。朝来は飾のこと、危険かもしれないって教えてくれてたのに」


 夕鶴は両手で顔を覆い、そのまま前髪が乱れるのも構わずグシャグシャと額を擦る。


「まぁ……夕鶴は飾ちゃんと仲良かったし、会ったらこうなる気はしてたよ」


「違う、違うの。あたしも今日の飾見て、おかしいって思ったよ。急に道塞ぐみたいに現れて、ついて来いなんて……怪しいに決まってるじゃん。なのに、ついて行かなきゃって強く感じて」


 震えた声で言いながら、夕鶴はボサボサになった前髪を一際強く握り込んだ。


「夕鶴……落ち着けよ」


「……飾のこと、朝来に言われてから考えてたんだ。何で赫夜かぐやに言えなかったんだろって。飾は、懐いてくれてて可愛くて……でも、知り合ったばっかの子に何で肩入れしてんのかなって」


 握る手が小刻みに震えていて、見ていて痛ましい。

 意識を引っ張る為に腕を軽く数回叩いてやると、震える手を顔から剥がし少し虚ろな瞳で俺の方を見た。


「――それで、気付いたの。飾を見てると、どっか懐かしい感じがしたんだって」


「懐かしい……?」


 夕鶴の過去と考えると一緒に過ごした桑野をまず思い浮かべてしまう。

 二人は桑野で出会っていた可能性もあるか?



 少し考えてみるが、しっくりこない。

 桑野は田舎町だ。子供に見える飾ちゃんがフラフラしていたら人目につく。

 子供自体が少なかったのもあり、夕鶴が知らない子と遊んでいるという話も聞かなかった。


「ねぇ、あたしの無くなってる記憶って家族の事故だけ? もっと他にもあるんじゃないかな? ……何で忘れちゃったんだろう……何もわかんないよ」


 苦しげに「うぅ……」と嗚咽を漏らす夕鶴の背中を、少しでも落ち着くようにそっと撫でる。



 夕鶴の過去に関係する者が他に居るとしたら、よくない連中に捕まっていた間の話になるんじゃないだろうか。


 でも、それだと飾ちゃんは、やっぱり夕鶴を攫った奴らの手先なのか?


 夕鶴にはもっと詳細を聞きたいが、本人が忘れている痛ましい事件をこの場で掘り返すのは躊躇われる。

 赫夜から少し聞いただけの俺の口から夕鶴の記憶について話すのが良い事とは思えなくて。


 夕鶴の嗚咽が止むまで、しばらくの間ゆっくり撫で続けた。





「……朝来、背中ありがと。もう大丈夫」


「ちょっとは落ち着いた?」


「落ち着かない。……でも、手大っきくてあったかかった」


 声に覇気はないが、先程までの泣く寸前といった危うい雰囲気もなくなっているので一先ずは安心か。


「でも、こうなるとやっぱり一緒に帰ることにしてて正解だったな」


「こんな狭いとこ閉じ込められてんのに?」


「だからだろ。俺もついて来ただけで何もできてないけど、夕鶴を一人にしなくて良かったよ」


 自虐的に言って肩を竦めて見せると、夕鶴はフフッと小さく噴き出して笑う。

 そして、こてんと少し前に倒れ込むように俺の胸元に額を付けた。

 びっくりして仰け反ってしまい、背中側にある箱か何かが崩れ落ちた音がドスンと響く。


「……やべ、すごい音した」


「静かにって言われたじゃん」


「夕鶴が驚かせるからだろ!」


「なーに焦ってんのぉ?」


 少し揶揄うような夕鶴にクレームをつけるが、夕鶴を更に楽しく笑わせただけだった。

 急に密着されたら、ちょっと動揺してしまうのは流石に仕方ないだろ。


「ったく、そんだけ調子が戻ったなら何よりだよ」

 

「……ごめん。ちょっと倉庫暗いなって思ったら不安になっちゃった」


「夕鶴は昔も暗いとことかオバケ出そうなとこ行くと震えて俺を盾にしてたからな」


 懐かしい話を思い出して、つい笑ってしまう。


「記憶無くなっても、弱点は変わんないもんだね。変なの」


「生まれ変わって記憶無くても結局変わらないんだなってとこ、俺にもあるよ。そんなもんなんじゃないかな」


「それって、どんな?」


「それは……まぁ、言うほどのことじゃ無いし」


 恥ずかしいような、腹立たしいような。

 複雑な感情が胸に渦巻いて口籠ってしまう。


「わかりやす。そっか……じゃあ、しょうがないか」


 呟いた夕鶴がさらに強く額を埋める。

 元気を取り戻したかに見えたが大分弱ってるみたいだ。



「もうそろそろ約束の時間も終わるはずだから――」


 スマホで時間を確かめながら励ましの言葉を掛けている途中で、外から人の足音らしきざらついた音が複数聞こえて息を呑む。


 急に黙った俺を訝しく思ったんだろう。顔を上げて口を開こうとした夕鶴の頭をもう一度胸元に埋まるように押さえ付けて、スマホをポケットに捩じ込んだ。

 夕鶴は驚いたように身を捩ったが、近付いてくる足音と、続いて聞こえてきた声にビクリと肩を震わせる。


「なーんか、こっちから物音が聞こえた気がするんだよな」


「こんなクソ狭いマンションの駐輪場だぜ。チャリ倒れただけなんじゃねーのか」


 低い声だ。

 成人男性が二人、粗暴な言葉遣いや会話の雰囲気的にそこまで歳はいってなさそうに感じる。

 マンションの住人だろうか?


「一台も倒れてねーな」


「でも、誰も居ねーじゃん。時間も無いしさっさと行こうぜ」


「おっかしーなー……人が居ると思ったんだけど」


 まるで、何か探しているみたいだ。


 二人のやり取りを聞くうちに緊張感で体が強張っていく。

 夕鶴も同じで、不安に耐えるように俺の上着を強く握りしめてきた。


「おーい、そんな見回したって居ねぇよ。もう良いだろ? 猫探してるわけじゃねんだぞ」



「わーかってるよ! 女子高生だろ!」



 男の言葉に、一瞬耳を疑う。

 脈が驚くほど早くなって、頭の中は「なんで?」と「やっぱり」で埋め尽くされていく。


「デカい声出すなよ。あと、女子高生くらいの若い女、だ」


「……文句言える立場じゃねーけど、指示ざっくりし過ぎっしょ。こんな住宅街に何人住んでると思ってんだか」


「だから、車戻って来る前に指定地点に行くしかねーだろ。そこで見つからなきゃ俺等のせいじゃねーし」


 一人が「行くぞ」と急かす。

 だか、もう一人は気怠げに納得のいかなそうな声を上げている。



 早く行ってくれ。

 震えながら身を寄せてくる夕鶴に押されて、背面に倒れ込みそうなのを何とか堪えながら祈った。


 上半身が変に捩れて脇腹が痛む。

 無理な姿勢は長く続かないだろうが、動けばまた物が落ちるかもしれない。


 物音を立てて隠れていると気付かれるわけにはいかない。

 こんな状態の夕鶴を守りながら得体の知れない男二人を相手にするのは避けたかった。



「んじゃ、最後にあの倉庫だけ確認してこ」


 ずっと周囲を探していたらしい方の男が言い放つ。

 俺達の居る倉庫にずんずん近付いてくるのが足音で伝わる。



 まずい、倉庫の鍵はかかっていなかったはずだ。


 扉を押さえるために腕を伸ばそうとしているが、すでに体勢がおかしな事になっているせいで上手く届かない。


 ヤバい、開けられたら見つかる……!

 すぐに逃げ出せるような状態じゃないけど、夕鶴だけはどうにか守らないと。


 緊張で奥歯を強く噛み締めた。



 ――が、ガチンと大きな音がしただけで倉庫の扉が開くことはなかった。


「鍵かかってら」


「……だろうな。行くぞ」


 残念そうな声と、呆れ声が聞こえる。

 ざりざりと足音が遠ざかっていき、扉の向こう側は完全に静かになった。




 心臓が大きく跳ね続けていて痛いくらいだ。

 呼吸すらままならないほどの緊張が解けて息が荒くなる。

 夕鶴は震えて固まっていて動けそうにない。


 扉が開かなかったのは、さっき崩れた物がレールに引っ掛かっていたんだろう。

 運が良かった。力の抜けた身体を受け止めて、背中側で小さくまた物が崩れ落ちた音がした。



 しかし、あの男達は何者なんだ?

 飾ちゃんの言い出した「隠れんぼ」の理由があの男達だとするなら、飾ちゃんは俺達を守ってくれた?


 だとしても、飾ちゃんはあの男達の事をどこで知ったんだろうか。

 何もわからない。

 嫌な予感ばかり胸の奥でじわじわと広がっていく。



 ポケットから再びスマホを取り出して、家で夕鶴が学校から帰るのを待っているであろう赫夜に通話をかけた。

 四コール目で出た赫夜は、「珍しいね」と幾分眠そうな声で尋ねてくる。


「……赫夜、ごめん。今から教える場所まで迎えに来てもらえないかな」


 俺の頼みに、赫夜は何も問い返さず二つ返事で承諾して通話を切った。

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