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夜明けが君に届くまで  作者: ちる
第二章
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76話 男子高校生と月のお姫様の噂

 あっという間に冬休みが終わり、今日から三学期だ。


 休み明けの学校は非常にだるい。

 席について早々、机の上に伏せて気力回復に努めておく。


 教室内にいるクラスメイト達は、俺と同じくテンションが低い奴か、数日ぶりに会う友達との会話でハイになってる奴かの両極端だ。



「新学期しょっぱなから死んでんじゃん」


 トントン、と机の端を指先で叩いて瀬田が話し掛けてくる。


「休み明けで元気な方がすごい」


「まーそうだけど、それにしたってくたばり過ぎだろ。昨日は早く寝るっつってゲーム十時に落ちたのに」


「寝たけど、夢見が悪かったというか」


 呆れた声で突っ込まれて、机から顔を上げながら渋々答えた。




 今朝見た夢は、赫夜かぐやの夢だった。

 これまでも何度となく見てきた千年前の赫夜との旅の夢。


 赫夜に現世で会うようになってから見なくなっていた夢を、クリスマス以降また度々見るようになっていた。


 夢だろうと赫夜の顔が見られるのは嬉しい。赫夜の夢が嫌なわけじゃない。

 なのに、朝起きてからすごくモヤモヤとした気分になっている理由は一つだった。



 俺の見ている夢は、鞘守さやもりの記憶だ。


 鞘守の見てきた世界、夢の視点はいつだって赫夜を中心に映して、彼女の姿を追いかけている。

 それの意味するところ、そこに存在する感情が何なのか。

 以前は何も感じなかったけど、今の俺からしたら明白で嫌でも気付く。


 鞘守は赫夜が好きだったんだろう。



 前々から漠然と気に食わない相手だったが、さらに好感が減って考えると腹立たしくなってしまっていた。


 前世の自分に対して、不毛だとわかってるけど――

 



 今朝の夢の話から、そこまで考えてハッとなる。

 つい思考に耽ってしまったことに焦って瀬田を見ると、スマホを片手に何か言いたそうに口元をもごもごと動かしている。


「……んで、瀬田はどうかした? 提出物終わってないとか?」


「いやぁ、それは平気なんだけど……ちょっと笹原に聞きたいことがあるっていうか。俺達の総意としては、笹原の報告待ちなんだけど……」


「うん?」


 わざわざ席まで来て話し掛けてきた割に瀬田の言うことは要領を得ない。

 俺が促しても、なかなか先を言い出そうとしない瀬田の様子に眉を顰めていると、瀬田の背後からヌッと慎太郎が顔を出す。


「まどろっこしい言い方すな。夜になるわ」


「だってさぁ、川村からも一応この話は笹原が言い出すの待ってやれって言われてたじゃんか」


「んでも聞きに行くて言い出したのお前やん」


「そうだけど、デリケートな話だろ。俺は慎重に慎重を重ねてだな」


 呆れた調子の慎太郎へ言い返す瀬田に、さっきまでの歯切れの悪さはない。

 ただ、二人の会話からは何が言いたいのか想像できなくて、頭の中で疑問符が並ぶばかりだ。


朝来あさきも、こんなん隠す気ないやろ」


 慎太郎は瀬田が手にしていたスマホを上から引き抜いて俺の目の前に差し出してくる。

 何事なんだと訝しみながらスマホ画面を覗き込むと、そこには俺と振り袖姿の赫夜が手を繋いでいる写真が表示されていた。


「これ、期末の答案返却日に乗り込んできたって子やろ。付き合ってるんか?」


「え、これ……瀬田、あそこの神社居たの?」


「俺だったら写真撮るより声掛けてるって。それ、佐伯から昨日送られてきたんだよ。二Aの笹原が金髪の可愛い子と付き合ってるらしいって一部で話題になってるらしいぞ」


「はぁ?! 何で!?!」


 驚きのあまり大きな声が出てしまい慌てて口を手で押さえたが、教室にいるクラスメイトの視線が一瞬こちらへ向いて背を丸めた。


「去年あれだけ目立てばなぁ。元々、学校近くで笹原が仙心の子と一緒に居るのを見たって話はあったんだよ。彼女なんじゃないかって。でも、元の噂相手は茶髪の日本人だし学校に来たこの子とは違うってんで大騒ぎ、らしい」


 そんな噂があったことなど露程も知らなかった。

 仙心への周囲の関心の高さに対する俺の認識は全然甘かったらしい。


「茶髪は幼馴染。最近また会う機会があって連絡取るようになったんだ。金髪の方は……幼馴染の姉だよ」


「で、その姉と付き合ってるん?」


 関係性を暴露したのに、慎太郎はまだ追及をやめようという気はないようだ。




「……つ……付き合ってる」


 ものすごく嘘を付いた。


 後ろめたさが強いが、幼馴染とその姉という事実だけでは納得しないらしいので致し方ない。


 付き合っている、は赫夜が俺の母さんの話に適当に合わせた結果の設定だが、赫夜とも前に相談して、家を行き来するのに都合が良いから両親には付き合っているという事にしたままにすると決まった。

 その為、家に来た事もある二人を含む友達連中とは認識が合っていないと困る。


 決して俺の願望だけで言ってるわけじゃないのだ。



「やっぱりか。もっと早く報告しろよ!」


「……休みだったから、タイミング無かったし」


「恥ずかしゅうて言えんかっただけやろ」


「違う」


 本当に付き合ってるなら言ってた、と言いたくなったのを堪えて慎太郎を軽く睨んでおく。




「――あ、そうだ。瀬田、その写真回して来た人わかるなら教えてくれないかな。相手が困るから消して欲しいって言いたいんだけど」


「回って来たの佐伯経由だし、それなら俺の方から話しとく。解決したら教えるよ」


「助かるけど……手間じゃないか?」


「盗撮犯として突き出したいとかなら別だけど、本人が出て行かない方が良い問題ってのもあると思うんだよね」


 瀬田は身体の前で腕を組み、神妙な顔をする。

 すると、横にいる慎太郎も片手を腰に当てて大袈裟にやれやれと呆れるようなポーズを取った。


「恋愛に興味なさそうだからとか言うて、勝手に牽制し合って遠巻きに見てるだけやと横からトンビに攫われるって良い例やな」




+++




「――っていう話が新学期早々あったわけだ」


 夕暮れの下、久々となる学校から赫夜達の家への帰路で夕鶴ゆづるに今日の出来事を簡単に話す。

 俺と一度は噂になっていたなんて怒るかもしれないとも思ったが、一応は解決したからだろう。夕鶴は他人事のようにケラケラと笑い声を上げる。


「なにそれ、笑える。朝来有名人じゃん」


「有名なのは夕鶴の学校だから。騒ぎを収めるためとは言え、赫夜と付き合ってるって嘘をついた範囲が広がりすぎて良心の呵責がすごい」


「頑張って早いとこ本当にすれば良いじゃん?」


「そうかもしれないけど」


 そのつもりだけど、簡単に言えることでもない。

 小さく溜め息を吐いた俺の腕を夕鶴が元気付けるようにバシバシと叩く。


「ま、本当そうになったら、あたしに一番に報告してよ」


「それは勿論」


 俺が返すと、夕鶴は満足げな笑みを浮かべて頷く。




「――あ、そうだ。これがその初詣土産だから、渡しとく」


 鞄から神社の名前が書かれた小さな白い紙袋を取り出して夕鶴に手渡す。

 年末に呪いのアイテム、もといテーマパークのお土産を貰ってしまったので何か俺も返そうと思って買ったのだが、新年になってからは会う機会がなかったので今日になってしまった。


「初詣のデートに行って他の女にお土産買うなよ」


 呆れ果てたように言うものの、夕鶴は土産を受け取ってはくれた。


「別に夕鶴になら良いだろ」


「よくねーよ」


「良いんだよ。――あと、もう一個忘れてた写真送っとく」


 街の複合商業施設のイベントスペースで撮影したキャラクターの着ぐるみの画像を送信すると、スマホを確認した夕鶴が眉根を寄せる。


「何これ。ブレてるし遠いし……写真撮るの下手過ぎ」


「一応判別はできるだろ。これ、夕鶴の好きなキャラだと思ってたんだけど違った?」


「違わないけど、何? その話したっけ」


「してないけど、街に行った時に見かけて夕鶴好きなやつだろうなって思ったから撮っといた」


「本当にあんたって……まぁ、ありがたく貰っといてあげる」


 一段と気難しい顔になった夕鶴が長く息を吐いた。




 他愛無い会話を続けながら、相変わらず人通りの少ない住宅街を歩いて行く。

 この先の、自販機のある角で曲がるのが今の帰り道だ。遠回りにはなるが人の行き来が多い道路に繋がっている。


 曲がらずにずっと真っ直ぐ進むと、以前何度か通った小さな児童公園がある。

 あの日、蟲に似た危うい気配を纏った飾ちゃんと会ってから、児童公園に近寄ることはなくなった。



 結局、彼女は何者だったんだろうか。



 この距離では見ることのできない児童公園を思い出し、ぼんやりと考えてしまう。

 久しぶりにこの住宅街を歩いたせいかもしれない。


 自分の靴先から伸びる影を見つめていると、隣りを歩いている夕鶴がピタリと足を止める。




「……かざ……り?」


 掠れた夕鶴の声に弾かれるように顔を上げると、少し先にある自販機の側面に背を預けた飾ちゃんが俺と夕鶴をじっと見ていた。

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