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夜明けが君に届くまで  作者: ちる
第二章
75/89

75話 月のお姫様の変化と屋台巡り

 参拝を終えた俺達は、境内に矢印の張り紙で記された順路に従い授与所に寄って、小さな干支守を記念品に贈り合おうと決めた。


「今回はいぬじゃないの?」


 俺が手に取った干支守を見て、めずらしく赫夜かぐやが揶揄うように言う。


「赫夜がとりにするなら考えた。でも今年の干支でいいだろ。紐の色も赤と紺で二色あるし」


「そうだね。この二色なら、赤い方が私っぽいかな?」


 赫夜は、左耳の赤い組紐の耳飾りを指先で揺らしながら微笑んだ。

 見てと言わんばかりの仕草が可愛くて口元が緩む。


「なら、俺は赤を買ってもらうか」


 赫夜の手のひらに赤い紐の付いた小さな干支守を載せると、赫夜はすぐさま授与所の巫女さんに声を掛けた。


「はい、これ赫夜の」


「ありがとう」


 買ったばかりの干支守を手渡すと赫夜は笑顔で受け取ったが、干支守の入った小さな紙袋をじっと見つめるうちに顔がみるみると曇っていく。



「さっきはごめんね」


 ぽつりと、赫夜は唐突にこぼした。


「え? 何が?」


 すぐに思い至らず思案していると、赫夜はさらに眉尻を下げる。


「参拝前のこと、自分でも少しおかしかったと思う。何でだろうね……ついムキになってしまって」


 しゅん……と、瞳を伏せて肩を落とした。


「願掛けの話か。あの時はちょっと困ったけど、もう気にしてないよ」


 俺が笑い飛ばすと、赫夜は目蓋をゆるゆると持ち上げて気まずそうに小さく頬を掻く。


「赫夜こそ、熱心に手を合わせてたけど何か願掛けした? それとも、ご挨拶みたいな?」


 考えてみれば、赫夜自身が祀られる側なんだろうから願い事をするのは不思議だった。



朝来あさきの願いが聞き届けられるように、折角だから私も願っておいた」


 鮮やかな満面の笑顔で口にした赫夜に胸の高鳴りが激しくなる。

 願い事は自分のためにしろって言わないと駄目なのに、つい嬉しくなってしまう。


 横目で見た赫夜の綺麗な祈りが、俺のためだって事が嬉しいんだ。


 俺、間違ってるかもしれない。

 でも――


「俺の願掛け、『まつろわぬ神を無事に倒せますように』だから」


 これは、赫夜の望みでもあるはずだから。

 赫夜の願い事、俺が貰ってもいいよな。



「それだと願う意味ないよ。朝来なら大丈夫だもの」


 赫夜は自信満々に言って笑みを深めた。

 慈しみと信頼を感じさせる眼差しに、急に呼吸をするのが下手くそになる。


 やっぱり俺、駄目人間だった。

 去年あれだけ反省と戒めを繰り返したというのに、赫夜の言動をめちゃくちゃ自分に都合好く捉えてしまっている。


「……大丈夫って、根拠無さすぎるだろ」


「たくさんあるよ」


 照れを誤魔化す為のツッコミに赫夜は胸を張って答えてくれたが、試しに聞いてもたくさんの内容は一つも教えてくれなかった。




+++




 順路誘導の貼り紙と職員が無くなった先には、活気に溢れた屋台がひしめいていた。

 食べ物系の屋台がほとんどで、そこかしこから鼻腔をくすぐる良い匂いが漂ってくる。


「ぐるっと一回りするつもりだけど、赫夜は食べたい物ある?」


「特には」


「目についたやつで良いから、一個は上げるのが赫夜のノルマだから」


「んん……」


 記念品探しの時もだけど、赫夜は選ばせようとすると露骨に眉根が寄る。

 これはこれで別の方向に無理強いしてるのではと思ったりもするが、一生懸命考えてくれているようだし、苦手ではあるが嫌なわけではないんだろう。


夕鶴ゆづると初詣行った時は何か食べた?」


「辛い肉料理と、フルーツ飴を分けて食べたよ」


「へぇ、辛いやつか。今日あんのかな?」


 少し背伸びして周囲を見回す。

 辛いものを扱っていそうな店は見えないけど、すれ違った人が皿に盛られた赤く辛そうな食べ物を手に持っていた。


「どっかにはあるみたいだ。探そっか」


「や、いいよ!」


 辛そうな食べ物を持っていた人が歩いて来た方向を指差して歩き出そうとする俺を、赫夜がわたわたと胸の前で手を振りながら止める。


「夕鶴は好きみたいだけど……私はその、あまり刺激の強い食べ物は……」


「苦手なのに食べたの?」


「食べられないわけではないから……朝来も好きなら構わないけど」


 もごもごと苦手を告白した赫夜の指は、落ち着き無く着物の袖をもてあそび続けている。


「辛い物駄目って夕鶴は知らないのか?」


 言ったところで夕鶴は自分の好きなものを食べるだろうが、わざわざ苦手な相手にシェアしようとまではしないはずだ。


「私はあの子の保護者として、好き嫌いは良くないと言って育ててきたわけで。情けない姿を晒すなんて……!」


 つまり、言ってないので夕鶴は知らないということだろう。

 赫夜は深刻な顔でぷるぷると震えながら俯いている。



「情けないってことはないけど、俺に知られるのは問題ないんだ?」


「…………」


 俺が投げかけた疑問に赫夜は一瞬固まり、ぐっと拳を作って苦しそうに顔を歪める。


「……わ、……忘れて欲しい」


「そこまで悔やまなくても」


 赫夜は落ち込んでいるのか恥ずかしいのか、両手で顔を覆ってしまった。

 本人としては重大なんだろうがよくわからん。

 自分の好き嫌いくらい言ってもいいと思うんだけど。



「赫夜としては苦手を知られたくないんだろうけど、俺は言ってくれて助かったよ」



「……そう、かな。年長なのに頼りないと思ったのでは」


「いや、全く。一緒に楽しむ為に来てるんだから。嫌なの我慢されても嬉しくないじゃんか。赫夜も夕鶴が何も言わずに我慢してたら嫌だろ」


「それは……考えたことなかったけど……」


 赫夜は顔を隠したまま、消え入りそうな声で「嫌だ」と呟く。


「じゃ、夕鶴にも帰ったら言いな」


「うん……そうだね」


「絶対一回はガーッと怒るだろうから、頑張れ」


 言って黙祷を捧げると、夕鶴の怒りを想像してか赫夜の肩がビクッと跳ね上がった。




+++




 屋台通りを進んでいくと、人の多さに改めて感心させられる。

 密集度なら参拝列の方がすごかったが、あっちこっち不規則に人が動く分こちらの方が雑然としていて数が多いように感じた。


 隣の赫夜は一つ一つの屋台を真剣な眼差しで吟味している。

 一生懸命な姿が可愛くて、屋台の食べ物よりも赫夜にばかり目が行ってしまう。


 そしてそれは、俺だけじゃないようだ。

 神社に来たときからチラホラと視線は感じていたが、やはり赫夜は目立つ。

 外国人観光客は珍しくないけれど、着物姿の金髪美少女となれば注目するなという方が難しいだろう。



 俺達って周りからどう見えてるんだろ。



 一応は隣を歩いているけど、少し前を歩く男女のような腕同士が触れるほどの距離感でもなく、手を繋いでいるわけでもない。

 遠い親戚か、友達か、はたまた通訳や案内役か。付き合っているように見えたりするだろうか。

 一度意識すると気になって仕方ない。


 気持ちを切り替える為に少し遠くの屋台を眺めていると、ふと、指先に温かい感触がする。


 驚いて目を向けると、赫夜の白い指が俺の指先を握っていた。

 正確には摘んでいるくらいのささやかさだが、手を繋いでいると思うと胸がかっと熱くなる。


「えっと……どうかした?」


「……手を繋ぎたいって、聞こえたから」


 極力動揺を抑えて訊ねたが、返ってきたのは予想通りのもので。

 嬉しい気分が一気にいたたまれなさで上書きされていく。


「あのさ――」


「私も同じ気持ちなら、しても良いんでしょう?」


 指先から赫夜の顔に視線を移すと、赫夜は薄っすらと頬を赤くして俺を見上げていた。




「……良い。嬉しい」


 緊張でカラカラに乾いてしまった喉から、伝えたい言葉だけを何とか絞り出す。

 摘まれていた指先を引き抜いて手を繋ぎ直したら、赫夜は微笑んで握り返してくれて。



 赫夜の中の、愛着と恋愛の境界ってどこにあるんだろうか。


 焦ったりしないと決めたのに、赫夜の気持ちが知りたくなってしまう。



 今日の赫夜の態度は、ずっと俺をつけ上がらせている。

 流石に気のせいじゃないだろって思いたいけど、一度失敗してる俺の感覚が当てになるはずがない。


 冷静にならないと駄目だ。

 そう頭ではわかっているのに、じわじわと熱がせり上がってくる。



 赫夜がこうやって自分から意思表示してくれるまで、ちゃんと我慢するから。


 だから、ちょっとくらい自惚れたって良いよな。

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