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夜明けが君に届くまで  作者: ちる
第二章
71/89

71話 男子高校生と怪しい展示会

「うーん……何も出ないな」


 自分の部屋の中央に立ち、これまで意識を集中させていた人差し指に視線を落として溜め息をつく。


 クリスマスから二日、赫夜かぐやがやった見せたように俺も火を出してみようと思ったのだが、今のところ一度も成功していない。



「何が駄目なんだ?」


 俺の想像力が足りないのか。他に、もっと力を使うための条件があるんだろうか。

 ――でも、あの日は確かに考えただけでむしが崩れたわけだし。


 どうすればいいのか見当もつかず、唸り声だけが虚しく室内に響く。

 ヒントが欲しいところだが、赫夜には聞けないので完全に手探りでやっていくしかない。



「ちょっと、蟲の時の感覚を思い出そう」


 学習机の引き出しから捨てそびれていた古いカラーペンを一本取り、睨みつけるようにして意識を集中する。

 蟲は、身体の端から白い砂のように細かく崩れて、夜空に広がり溶けていった。


 このペンは蟲だ。

 あの夜に見た倒すべき敵だ。


 心の中で静かに繰り返しながらペンを握る指先に力を込めていく。




 パンッ


 小さく乾いた音を立てて、手の中のペンが砕け散った。

 まるで残り滓みたいに、砂のように細かくなった僅かなプラスチックが机の上に落ちる。


「まじか……」


 眼の前で起きた事象が信じられず呆然としてしまう。

 何度挑戦しても火は出なかったから、こっちが一発ですんなりいくとは思わなかったのだ。


「も、もう一回……!」


 手のひらに残るプラスチックの粉末を軽く叩き落として、今度はペンケースからボールペンを取り出した。

 さっきと同じように意識を集中してみれば、ボールペンも同じように砕けていく。


 本当にこれ、自分がやっていることなんだ。


 力を確かめるために、感覚を忘れないために、ペンケースの中身が空になるまで繰り返して、それから目についたティッシュケースを砕いたところでようやく我に返った。



「やば……やりすぎた」


 足裏のザラリとした感覚でプラスチックの粉末が床にも溢れていると気付いて、掃除機が必要になってしまった面倒さにこめかみを押さえる。


「まぁ、竜との待合わせまで余裕あるし」


 今日はこの後、竜といつもの街で遊ぶ予定になっていた。

 集合は十二時で、今はまだ十一時前なので慌てる時間ではない。

 散らかしたのは自分だし、足裏は気持ちが悪いし、大人しく掃除機をかけよう。

 反省しつつも面倒さは拭えず溜め息をつく。



 空気を多く出したせいか鼻の下がむず痒くなって、我慢できずに手で擦るとねっとりとした水気を感じた。


「うわ、汚……鼻水擦った」


 手と鼻下に感じる粘つきが不快で眉間に力が入る。

 自分のだろうが汚いものは汚い。

 しかも、部屋のティッシュ箱は自分が砕いたばかりだ。

 やらかしに頭が痛くなって、また溜め息が出てしまう。


 自分に呆れながら擦った手に目を向けると、真っ赤に濡れていて。


 鮮やかな色に心臓が大きく跳ねた。



「これ……血だ」


 呟くと、また鼻の奥からツゥッと垂れ落ちていくる感覚がして、慌てて受けるように鼻下を手で覆った。


 痛いとか、吐き気といった不調は感じない。

 けど、鼻血がこんなふうに出たことは人生一度もなかった。


 これが赫夜の言ってた身体への負荷ってやつなんだろうか。

 タイミングからしても他の原因を疑うほうが難しい。


 ……ペン数本でこの調子か。


「ティッシュ、残しとくべきだったな……」




+++




 数日ぶりに訪れた街は、心なしか普段より人が少ない。

 クリスマス一色だった飾りは全て新年に向けたものに変わっていた。


『悪い、姉ちゃんに頼まれた用事が長引いてる。ケツが読めなくなったから今日はキャンセルさせてくれ』


 家に居るのが落ち着かなくなって早めに出たせいで、時間より大分早く待ち合わせ場所に着いた俺のスマホに届いたのは竜からの無情なキャンセル連絡だった。


「まじか……」


 せめて電車に乗る前に連絡が欲しかったと空を仰いだが、いつもの俺ならまだ家を出たくらいの時間なので竜は別に悪くない。

 家を出る前に貰ったところで、今日は気分的に散歩くらいしようとしただろうし。


 『了解』とだけ返信して、スマホをポケットに戻す。


 さて、どうしたものか。

 竜とは昼飯を食べてから、家電量販店で新作ゲームの棚を見たりするのがお決まりのパターンだが、俺一人でそれをするのも何だ。


 適当にフラついてから今日使い切ったペンを買い直して帰ろうと決めて、まだ少し調子のおかしい鼻を小さくすすってから歩き出した。




+++




 駅に近い複合商業施設、その八階にあるイベントスペースは、クリスマスの時とは大きく違う雰囲気になっていた。


 あの日はフロア全体がクリスマスツリーの展示会と物販コーナーだったが、今日はいくつかに区分けされて、それぞれ別の展示を行っているようだ。

 エレベーターを降りてすぐの目立つ場所で催されている、SNSで人気のウサギに似たキャラクターのグリーティングの賑わっている様子を横目に見ながら通り過ぎる。




 そういや、夕鶴の部屋にも小さいぬいぐるみがあったような。


 ふと思い出したので、遠巻きに着ぐるみを一枚写真に収めておく。

 喜びはしないだろうけど、話のネタくらいにはなるだろう。


 ぐるりとフロアを一周歩いていると、隅の方に人気のない展示スペースが目に入った。

 遠目からも華やかとはいい難い簡素でつまらなそうな印象だが、それにしたって皆横を通り過ぎるだけだ。


 そこまで人の興味を惹かない展示って何なのか、逆に興味をそそられてしまう。



 吸い寄せられるようにスペースの前に行くと、奥に古美術品らしき器や絵がいくつも飾られているのが見える。

 道行く人が引くような展示には感じられない。

 むしろ普通に展示物として面白そうに感じるのだが、これは俺が祖父母とテレビのお宝鑑定番組を見ていたせいだろうか。



 折角だから見ていこうかと入口前で考えあぐねていると、脇に貼られた選挙ポスターに構図の良く似たポスターにデカデカと『宗教法人しゅうきょうほうじん 金葎求道会かなむぐらぐどうかい』と振り仮名がなければ読めない厳つい名称が書かれていて、人の居ない理由の全てを察した。


 あ、これ、やばいやつだ……


 ゴクリと喉が鳴る。

 人の信仰は自由だが、親からは新興宗教に関わるなと言われているし俺も関わりたくはない。

 一歩後ずさって、見なかったことにして帰ろうと踵を返す。



「あなた学生さん? 若いのに古美術品に興味があるのかしら」


 スペース内から俺に向けられただろう声に驚いて振り返ってしまう。


「いや、その……少し」


 愚かにも振り向いてしまった以上、無言でもいられず曖昧に言葉を返した。


 俺を若いと言った相手は、見た感じは二十代前半くらいの女性だった。

 美人だが、少し癖のある顔つきをしている。

 滑らかなウェーブ掛かったワンレングスのロングヘアとスタイルの良さを生かしたパンツスーツがよく似合っていて、色気がある女性とはこういう人なんだろうと強く思わされた。



 やっぱり宗教勧誘の人は美人なんだなぁ

 しみじみ心で頷いて、逃げようと再び顔を逸らす。


「俺はちょっと……未成年なので宗教は……」


「顔でわかるわよ。それに、うちも無理に勧誘なんかしないわ。今日はただの展示会よ」


 女性はフフッと口元に手を添えて品よく笑うと、片手を胸の横に上げて俺をスペース内へ入るよう促す。



「ここでは寄付で頂いた古美術品と、会長所有のお気に入り品を展示しているの。有名で価値の高いものは無いけど、変わったものは多いから楽しんでいって」


「そう、ですか……」


 女性の柔和な笑みに警戒心を解きそうになって焦って結び直した。

 急にハッとなった俺を見て、女性が愉快そうに口を手で隠す。


 恐ろしい技術だ。



 宗教には抵抗感があるけど展示品に興味を惹かれているのも事実なので見ておきたい。

 多分、入会するとか壷を買うとか言わなければ……大丈夫、なはずだ。


 恐る恐る足を踏み入れた展示スペースは広くないが、茶器に西洋絵画に掛け軸と、寄付品というだけあって和洋折衷様々な品があった。

 他に人が居なくて暇なのか、女性は俺が足を止めた先の品物について一つ一つ解説してくれる。


 テレビ番組から得たささやかな知識しかないが、どれも聞いた覚えのない作者名や窯元ばかりだ。


「詳しいんですね」


「一応専門ですもの」


 目を細めて妖しく笑う女性が、首から下げているネームカードを手に取って俺に見えるように顔の横に添える。


「学芸員の……草摩そうま……さん?」


「ええ、気になる作品があったら聞いてね」


 気になる作品と言われても、ここまで全部解説付きだったからなぁ


 うーん、と視線を巡らせると、一つ先の仕切りの奥からチラリと見えた金色の掛け軸が目に止まった。





 何故だろう、すごく気になる。



 気が急いて、走りそうになるのをぐっとこらえて大股で歩く。

 近づいて見ると、掛け軸には金色の鳥が羽ばたく姿が描かれていた。


「金色の、鳥……?」


「この絵が気になる?」


 俺の呟きを、後ろから着いてきた草摩さんが拾う。


「あ、ええと……金色が目立つから気になって」


「これは、金鵄きんしの絵よ」


「きんし?」


「日本書紀に登場し、初代天皇による建国を導いたとされている金色の鵄ね」


 金鵄と呼ばれた掛け軸の鳥に、俺に自分っぽい物として金色の鳥を型どったオーナメントをくれた赫夜が頭に浮かぶ。



 赫夜が金鵄だというなら、翼があるのも、金髪金眼なのも納得がいく。

 都筑さんの言っていた赫夜の正体、この国における金色の鳥という条件にも当てはまっている。


 けれど、ここで赫夜に関連する物に遭遇するなんて思っても居なくて。


 偶然だと思って良いのか、少しだけ不安が滲んで鼓動が早くなる。

 つい先日ヒントを貰ったばかりで、意識が向きやすくなってるだけかもしれない。


 一旦、そう考えておこうと唾ごと飲み込み、草摩さんに動揺を悟られないよう短く解説の礼を言って、さらに奥へと進んでいく。


 金鵄の絵の先には特に他の展示物は無く、それでも真っ直ぐ進むと、奥の奥の壁一面に一つの大きな絵巻物が豪華な額に入れて架けられていた。




 教科書で見た平安絵巻に似ているが、端がボロボロだし色褪せ気味でよくわからない。

 だというのに、描かれている十二単を纏った姫君の髪が金に見える色で塗られているようにしか見えなくて、目が離せなくなってしまう。


 これは、何だ……?



「これは……竹取物語の異説とでも言ったら良いのかしら」


 俺の脳内の困惑に答えるかのように、すっと俺の横に立った草摩さんが視線の先にある絵巻の解説を始める。


「この絵巻では、かぐや姫は艷やかな黒髪ではなく、月のように美しい金髪だったんですって」


「月のような……金の……」


「金鵄といい、あなた金色が好きなの? 興味があるなら中身を読みましょうか」


 からかうような調子で問う草摩さんに頷きを見せると、彼女も軽く頷いて話を続けた。



「月の国から遣わされた金の髪を持つ美しいかぐや姫は、当時世を荒らしていた悪神を倒した者の求婚を受けると帝を含む公達に告げた。我こそはと猛者達が挑むも悪神を倒すのは容易ではなく、何人も無惨に死んでいく。このままでは姫との結婚どころか、悪神による災いで国が滅ぶかもしれないとなった頃、一人の旅の男が姫の元にあらわれた。かぐや姫はひと目見て、この男こそ悪神を討つ益荒男だと己が身を分けた霊剣を授ける。激しい戦いが何日も続き、術師は悪神を退けたものの命を落としてしまう。かぐや姫は男の死を嘆き、帝がどれほど願っても聞き届けること無く月の国へ帰っていった。という御伽噺が描かれているわ」



「あの……かぐや姫って、そんな話じゃないですよね?」


 よく知る一般的なかぐや姫の物語に、悪神などは出てこない。


「ええ、勿論。古い民話だから元々諸説あるけれど、これは特別異彩な話よね。入手してから再度鑑定に出したけど、後世に作られた娯楽用の創作物って判断されたそうよ」


 ざわつく心を抑えるのに必死で、草摩さんの解説が耳を通り抜けていく。


 聞いた話と多少違いはあるけど、金の髪のかぐや姫、悪神と霊剣、旅の男、符号の一致が多すぎる。

 絵巻物に記されているのは間違いなく赫夜のことだ。


「そんな、価値が無さそうな物なのに……何故こんな立派な額に入れて飾ってるんですか?」


「うちの会長のお気に入りらしいのよ。美しい姫と選ばれた男の英雄譚、男の人って好きなのかもしれないわね。あなたも、すごく興味深そうに見てるもの」


 草摩さんは腰に手を当てて、少し呆れたように息を吐く。


 心臓の音がうるさい。

 赫夜が崇められるような存在だとすれば、宗教関連の場所に信仰対象の美術品が置かれていてもおかしいことはないはずだ。

 なのにどうして、こんなにも気味悪く感じるんだろうか。



「……それ、気に入ったなら飽きるまで見てて良いわよ」


 呆れ声のまま言って、草摩さんは俺の側を離れた。


 ――が、すぐにまた戻って来る。

 疑問に思ってチラ見すると、草摩さんは、俺に金葎求道会かなむぐらぐどうかいと書かれた三つ折りのパンフレットをそっと差し出した。


「あの……勧誘はしないんじゃ?」


「あなた可愛いし、これも仕事だから。家に帰ったら捨てていいから、観覧料として持って帰って」


 ぐっと顔を近づけて悪戯っぽく笑い掛けられ、たじろいでいると半ば強引に手に握らされてしまう。


「それじゃ、交代員が来たから私は休憩。さっきも言ったけど、好きなだけ見てって頂戴」


 ヒラヒラと手を振りながら去って行く草摩さんの姿が完全に見えなくなっても、しばらくその場から足が動かなかった。


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