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夜明けが君に届くまで  作者: ちる
第二章
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69話 男子高校生と使者と裏話

 環月かんげつと呼ばれた白金の細い剣は、神々しく美しい光を湛えている。

 柄と思われる部分を手で握ると吸い付くように馴染んだけれど、大きさから想像する重みは感じず、羽のように軽い。


 環月がちゃんと出てきたことにホッと胸を撫で下ろすも、すぐに新たな問題に気付いてしまって隣の赫夜かぐやに助けてくれと視線を送った。

 全長一メートルくらいある剣は今後の持ち運び方法を考えておかないと、長さだけでもそれなりに人目を引くはずだ。


 何より、光っている。



「赫夜……光る剣って、目立たず収納できる袋とかあったりする?」


「環月は朝来あさきが念じれば剣として顕現するし、戻れと念じれば本体へ戻るよ」


 赫夜に言われるまま半信半疑で戻るように念じてみると、スゥッと徐々に手の中から剣の存在が薄まって消えていく。



「本当だ……でも、本体に戻るって、剣は何処に行ったんだ?」


「さっき、手首に刺し入れた方が本体だから」


 呆然と呟く俺に、赫夜は自分の手首を顔の横まで持ち上げて人差し指の爪先でトントンと軽く叩いてみせた。


「ああ、そういう事なんだ」


 納得はしても、やはり不思議さは残るもので、指で針の通った箇所を揉んでみてしまう。


 針が入っているはずなのに異物感は欠片も感じず、手首をくるくると引っ繰り返しながら目視で確認して首を捻っていると、赫夜の小さな笑い声が聞こえた。



「環月の授受と顕現を無事見届けましたので、私は師の元へ報告に戻ります」


 都筑つづきさんは、空になった木箱を丁寧にアタッシュケースに戻し、パチンと閉じる。


「――が、その前に、環月の主となられた朝来様と、二人でお話をさせていただきたいのですが」


 突然の申し出と丁重すぎる様付けに、思わず頬が引きつる。


「俺は……構いませんけど……」


 ちらりと赫夜を横目で窺う。

 赫夜は腰に手を当てて胡乱げな眼差しを都筑さんに向けながら、呆れていると伝えるかのように息を吐く。


「朝来、都筑にイジメられたら私に言いなさい」


 ピッと指を立て、「ちゃんと叱ってあげるからね」と念を押して部屋を出て行った。




+++




「俺に話って何でしょうか?」


「まぁ、一先ず気を楽にしてお座り下さい」


 都筑さんに促されるまま、正面の席に座り直す。

 恭しい言葉遣いとは裏腹に、都筑さんは値踏みするような鋭い視線を隠さずにいるので、楽にと言われても気を抜けるような空気ではない。


「朝来様は――」


「あの、俺に様とか付けるのは必要ないので、やめてください」


「そうですか。では、朝来君と」


 ただでさえ慣れないのに、敬意も感じられない相手に敬称で呼ばれるのは座りが悪すぎる。

 訂正を求めると、あっさりと呼び方を変えてくれたのでホッとした。



「朝来君は、姫君が何者か、ご存知ですか?」


「いえ。何者って言われると……多分、鳥の妖異なんだろうってくらいしか」


「そうですか。鳥とわかっても何も連想するものは浮かばないですか?」


「……はっきり聞いたことも無いし、調べてもいないので」


「なるほど、君は本当に素人なんですね。この国で金色の鳥と言えば他に無いだろうに……」


「すいません。素人で」


 呆れたように眉間を押さえて頭を振る都筑さんに、反射的に謝ってしまう。

 赫夜ってそんなに有名なんだろうか。


 小さく頭を下げた俺を「ただの確認でしたので、気になさらず」と片手を立てて制止してから、都筑さんはずり下がった眼鏡を整えて話を続ける。



「本題に入りましょう。――私は、朝来君にお願いがあるんですよ」


「お願い……ですか?」


 薄く笑みを浮かべながら言う「お願い」に圧を感じたのは気のせいじゃないだろう。


「朝来君、私とお友達になりませんかね」


「はい?」


 疑問が口から大きく出た。

 慌てて口を手で覆ったが、自分のうっかりが強調されただけだった。


「……失礼ですけど、俺はただの素人の学生ですし、友人になったところで都筑さんにメリットがあるとは思えないんですが」


「おや、朝来君は友情に損得を考えるタイプですか?」


 態とらしく驚いたような仕草で返す都筑さんに、少しだけカチンと来てしまう。


「学校なら気にしませんけど、都筑さんのような大人から急に言われたら普通裏があるって警戒すると思いますよ」


「確かに、流石にそれくらいはわかりますか」


「馬鹿にされてるのもわかりますけど」

「言い返す程度の気概はあるようで何よりです」


 愉しげに声を上げて笑う都筑さんに、呆れと疑いの眼差しを送っておく。


 この人……何考えているんだ。

 ろくな事じゃなさそうと思うのは、今日会ったばかりの人に対して失礼なんだろうか。


「それで? 本当は俺に何の用があるんですか」


「友情を育みたい、というのも嘘ではないですよ。朝来君とは、今姫君と追っている件が片付いた後も協力関係を結びたいのです」


「協力関係? ……正直、都筑さん達のような組織に協力して貰わなきゃいけない事なんて、まつろわぬ神の件が終われば俺には無いと思います」


「まぁまぁ、そう仰らず。必要なら生活の援助や就職先の斡旋なども可能です。いかがでしょう?」


 笑顔も発言もめちゃくちゃ胡散臭い。

 眉間にシワが深く刻まれるのがはっきりと感じ取れたが、出かかった言葉を今回は何とか飲み込んだ。



「……すごいですけど、代わりに俺は何を求められるんですかね?」


 提示された報酬が大きすぎるのに、最初に条件を言ってこない時点で怪しい。

 絶対に断るつもりだが、この人達が俺に求めているものが何なのかは聞いておいて損が無いだろう。



「簡単です。朝来君は今日のように姫君と仲睦まじく過ごしてくれたら良いんです」


 俺のため息混じりのぶっきらぼうな言い方を都筑さんはまるで気にする様子もなく、人差し指を立てて学校の先生かのように答える。



「……どういう意味か、わからないんですが」


 俺と赫夜の関係を何でこの人が気にするのか。

 都筑さんが俺に提示したメリットに比べると要求の内容が曖昧すぎて、そもそも見合っているとも思えない。


「我々と姫君は協力関係にありますが、約定は姫君が環月の主と、まつろわぬ神と呼ばれる封じられし怪異を倒すまでのもの。それ以降、姫君はフリーになる。うちは今でこそ盤石な組織ですが、ここに至るまでに姫君の威光があったことは無視できない」


「それと俺と赫夜に何の関係があるんです?」


「姫君に、今更よそに飛び立たれるのは困るんですよ。朝来君は血統や所属のしがらみがないので、姫君の止まり木とするなら我々にとって都合がいい」


 都筑さんの鋭い瞳がさらに冷たく、細くなった。


「君らが男女の仲まで至っていないのは見てわかるが、クリスマスに一夜を共にするくらいだし、君はその気だろう。姫君の態度を見ても満更では無さそうだ。君がそのまま、上手く彼女を側に留め置いてくれれば、我々は君の人生を支援する……そう言うことです」


 さらりと返された内容に耳を疑う。

 俺自身の感情を当てられた恥ずかしさよりも、あれだけ恭しくしていた赫夜に対する言葉とは思えず唖然としていた。


「都筑さんは……そんな話をされて、俺がわかりましたって言うと思うんですか。俺と赫夜がどうなろうと、俺とあなた達は何の関係も無い」


 腹立たしさに語気が強まるが、何とか言葉遣いだけ取り繕う。


「でしょうね。……いや、若いって良いですね。まるで物語の悪役になったみたいだ」


 強く睨みつける俺を嘲笑するように、都筑さんは低く喉を鳴らす。



「お母さん、最近息子に美人の彼女が出来たと、職場の同僚に嬉しそうに話しているそうですよ」


「……え?」


「九州は温かくて良い土地だ。お兄さんはこっちに帰る気がないらしい。就職も九州に研究施設がある企業を考えているみたいですね」


 淡々とした口振りに、背中が粟立つ。

 身を引いたことで椅子がフローリングと擦れて、ガタリと音を立てた。


 大きく耳に触る音にも、俺の顔に出ているだろう嫌悪感にも、都筑さんは眉一つ動かさない。

 母さんの勤務先も、兄さんの大学の場所も、俺は赫夜に話した事がないのに。

 どうして、この人が知っているんだ。


「何故、という顔をしてますね。素直さは美徳ですが、感情が顔に出すぎるのは気を付けないと社会に出た時苦労しますよ。この物件はうちの所有ですから、出入りする人間の情報は把握しているんです」



「……俺は、脅されてるんですか?」


「いいえ、朝来君には恩を着せておこうと思っているだけです」


「恩を感じられる話じゃない気がしますけど」


 人質を取られている心地しかしない。

 飄々とした態度を崩さない都筑さんに、奥歯を噛み締めて苛立ちと不安に耐える。 


「姫君には価値がある。彼女が認識していないだけで、その力を、威光を得たいと思うものは少なくない。しかし、当然姫君は人間と比ぶべくもなく強い。……そこに、姫君が寵愛する人間が出てくると、どうなると思いますか?」


「赫夜を動かすために俺を……?」


「そう、だが朝来君もまた環月の主だ。制するのは容易ではないだろう……となると、交渉材料に選ばれるのは君の家族になる。家族仲は良好、君は家族を捨てられない。家族を使って君を動かせば、姫君に届く」


「そんなこと……俺も家族も普通の人間だ。何かあったら警察だって……!」


 舌が痺れるような感覚がして喉が詰まる。

 現代日本で、人質を使って脅すなんて横暴がまかり通るわけがない。



「神秘を扱う組織はどこも裏稼業ですよ。超常の力は常人には理解できない。人死にも、いくらでも都合よく事故をでっちあげられる。君も、夕鶴君の件は知っているでしょう?」


 馬鹿げてる――

 言い聞かせるような呟きは震えていた。


 理解が追いつかないのに、都筑さんの言うことは嘘じゃないんだと直感してしまった。



「――家族の命が惜しければ、俺に大人しく言うことを聞けってことですか」


「勘違いしないでください、こちら側の常識を教えたまでです。我々にも矜持はある。一般人を人質に使うような卑劣な真似はしません。それに、必ずそうした手合は湧いてくるのだから、ご家族を守って君に恩を売ったほうが得です」


「散々脅すようなこと言っておいて、信じられると思いますか?」


 言い分に納得しきれなくて、不利は承知の上でも声が尖るのを止められない。


「信じなくても構いませんが、現状の把握は必要でしょう。 姫君は人間の善性を過信している。悪意に対して脇が甘い。だからこそ、私がこうして憎まれ役を買ってあげているわけです」


 都筑さんは眼鏡の端を指先でそっと上げる。

 レンズの奥に潜む鋭い目つきに怯みかけて、ぐっと息を呑んだ。



「我々の希望と条件は先に提示した通りです。後は君が決めたら良い。できれば仲良くしたいですがね」


「俺が……家族のために赫夜と距離を取ると言ったら?」


「残念ではありますが、我々は別の方法で姫君に留意願うだけですね。家族を巻き込む覚悟も、どんな手を使ってでも守る覚悟も無いなら、早いうちに手を引いた方が良い」


 探るつもりで言った俺に答える都筑さんの「手を引け」という言葉から微かな優しさを感じた気がして戸惑ってしまう。



「……それは」


「手放せないならば、打算を厭わず強かになるべきでは」


 都筑さんは机の上で手を組み、俺からわずかに視線を外して静かな声で諭す。


 この人《都筑さん》の言っていることは、多分間違ってない。

 俺の恋が家族の身を危険に晒すなら、諦めるのが一番良いはずで。諦めないなら、遠方に住む兄のためにも取引に応じて手を借りるべきなんだろう。


 だけど、それでも。

 強く噛んでしまった唇の裏が切れて、じわりと鉄の味が舌に滲む。


「……俺は、赫夜との関係を利用されるなんて嫌だ」


「思いの外強情だ」


「ええ、俺は強情だし、諦めも悪いんで。赫夜と離れる気もないし、家族の為でも赫夜との関係を契約には使わない」


「君だけで、家族を守れます?」


「俺だけじゃ手が足りないってわかってます。都筑さん達の手は借りたい……赫夜とのことは抜きにして、俺個人に協力してくれませんか」



 都筑さんをまっすぐ見据えて宣言すると、眼鏡のレンズ越しに、丸くした目をぱちぱちと瞬いているのが見えた。


「霊力・身体能力は高いようだが、その歳まで修行一つしてこなかった人間に姫君の寵愛以外の価値はあるのかな? 学校の成績はこちらでは無価値ですよ?」


「明日、明後日でなんて言えないけど。まつろわぬ神を倒すまでには、都筑さん達が俺に価値を感じるようになってみせる」



 都筑さんは、ぽかんと目も口も開いて唖然とした顔になった。かと思えば、バシバシと手で机を叩いて声を堪えもせずに大きく笑う。


 無謀だって自覚はあるけど、笑いすぎだろ。

 カチンときたが、一応は提案している側なので真剣な表情を崩すわけにも行かず、目をわずかに細める程度に反感を示した。


「はは……朝来君はなかなか面白いですね。見ていて恥ずかしくなる真っ直ぐさだ」


 「若さかな」とこぼして肩を竦めた都筑さんは、愉しげな様子を隠さずニヤリと口の端を吊り上げる。



「いいでしょう。君が自身の価値とやらを我々に見せてくれるならば、姫君の枝としてではなく、朝来君自身との協力関係を結びましょう」


「いいん、ですか……?」


 あっさりと承諾されたことに少しだけ不信感が湧いてしまい、思わず問い直した。


「ただ大見得を切っただけには思えませんし。それに、君の言が叶えば我々には得しかないですからね。隠し玉を見せてくれるのを大いに期待しておきます」


「そうですか」


 納得はするが、やや釈然としない。

 頭は下げず礼だけ述べると、都筑さんは目を伏せて肩の力が抜けた穏やかな笑みを落としてから席を立った。




+++




「それでは、隨分と長居してしまいましたし、これで失礼します」


 綺麗な角度でお辞儀をして、スタスタとリビングを出て玄関へ向かってまっすぐ歩いていく。

 後ろから見送りに付いていくと、途中にある赫夜の部屋を素通りしたので慌てて声を掛けて引き止めた。


「赫夜の部屋過ぎてますよ!」


「存じています。今出てこない時点で寝てるんじゃないですか?」


 都筑さんは振り向きもせず冷ややかに答えた。


「じゃあちょっと、起こしてみるんで……挨拶くらいは」


「面倒なので結構です」




「そこまで……仲、悪いんですか?」


 つい、気になっていたことを聞いてしまう。

 挨拶すら面倒ってよっぽどだろ。



「良くも悪くもありませんが、十余年仕えているせいで、敬うべき相手だからこそ知りたくなかったと感じた事柄は多くあります」


 クルリと勢いよく振り向かれて、思わず仰け反りながら半歩後ろに下がった。


「朝来君も覚えておくと良い。姫君が繊細なのは見た目だけです。手弱女たおやめと思って気を使ったところで得られるものは何もありません」


 都筑さんは呆れと不服の混じった息を吐き出すと、短い挨拶とともに玄関先に消えていった。

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