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夜明けが君に届くまで  作者: ちる
第二章
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68話 月のお姫様と神殺しの霊剣

 赫夜かぐやの家のリビングに戻った俺は、テレビの前の白いソファに座って来客を待っている。

 暇と少しの緊張感を、膝の上に乗せたクッションの布地の角をワシワシと握ることで紛らわせていた。


 赫夜は着替えると言って部屋に戻ったきり、まだ戻らない。


 赫夜から相手は十五時に来ると聞いたので、もういつ来てもおかしくはない時刻だ。

 ガチャリと部屋のノブが回る音に、天井をさまよっていた視線を移す。



「何度も待たせてごめんね」


 リビングに現れた赫夜は、普段よく着ている白いニットワンピースに着替えていた。

 来客のために着替えたにしては、いつも通りの服装だ。


「あれ、着替えるって言うから、てっきり来客用のスーツでも着るのかと思った」

「かしこまるような相手じゃないからね。でも、この服だとおかしいかな?」


 ニットの袖を引っ張って、首を傾げながら伸びた編み目をじっと見つめる。


「おかしくは無いし似合ってるけど。あの服から着替えたの、ちょっと勿体なかったなって」


 今着ているニットワンピースも、すらりと細い赫夜に似合っていると常々思っていた。

 けれど、今日は折角俺のために着てくれていたワンピースだったのに、時間切れになったみたいで残念に思う気持ちが強くなるのだ。



「あれは……朝来あさきと外出するための服だから、今はいい」


 赫夜はわずかに目蓋を伏せて俯きながら言う。

 頬にほんのりと朱が差したのに気付いて心臓が跳ねた。


「そっか……あー、相手の人そろそろ来るかな」


 照れ隠しも、動揺で上手くいっている気がしない。

 緩みかけた口の端を隠すように手のひらで覆いながら話を逸らす。


「あれは時間にうるさいから、もう来るはずだよ」


 少し棘を感じる赫夜の言葉に俺が返すより先に、部屋の扉脇に設置されたインターフォンが軽やかな音で来訪者を知らせる。

 再び時計を確認すると丁度十五時になっていた。


「ほらね?」

「本当だ……」


 時間通りの来訪に相手の几帳面さが伺えて、緊張感が一段上がり背筋が伸びる。


「じゃあ、ダイニングに場所を移そうか」


 全員座れる場所がそこしか無いと言って、赫夜はスタスタと歩いて行ってしまう。

 インターホンを取りもしなければ、玄関を開けに行く素振りもない。


「いや、お客さん迎えに行かないと」

「鍵持ってるから勝手に入ってくるよ」

「えぇ……?」


 良いのかそれで?


 家の鍵を持っているなら大分近しい間柄のはずなのに、俺や夕鶴に比べて明らかにぞんざいな扱いだ。

 来客を放置するのはどうかと思うんだが、俺もこの家の住人じゃないので勝手に出ることは憚られる。


 どちらにも行けずに困惑して佇んでいると、玄関の開いた音がして本当に誰かが家の中に入って来たのがわかった。


 微かな足音に耳を澄まして廊下に繋がるリビングの扉を注視していると、ゆっくりと開いた扉の先から一人の男性が現れた。




 年齢は四十前後だろうか。

 眼鏡を掛け濃灰のスーツをきっちりと着込んだ男性は、時間に正確だと言う前情報の通りに、整ってはいるものの少し神経質そうな印象を抱かせる風貌をしている。


「こんにちは姫君ひめぎみ、勝手に上がらせていただいていますよ」


 冷たさを感じる低い声が、からかうような調子で赫夜に投げられた。

 赫夜は腕を組んで煙たい表情のまま何も言わない。


 状況が読めずに赫夜と男性の間で視線を迷わせていると、俺の視線に気づいた男性と目が合った。


 眼鏡の奥の鋭い眼光にたじろぎながらも会釈をすると、男性はわざとらしい笑顔を作って俺に語りかけてくる。



「ああ、君が姫君の待ち人ですか。初めまして、私は都筑つづき 壮一郎そういちろうと申します」


 すっと音もなく近付いてきた都筑さんは、流れるような所作で俺に名刺を手渡した。

 手触りの良い分厚い名刺の、名前の横には『弁護士』と肩書が記載されている。


「えっと、笹原ささはら 朝来あさきです。……都筑さんは弁護士さん、ですか?」


「表向きというやつです。勿論、名乗る以上資格は本物ですので、ご依頼いただく分には構いませんが」

「はぁ……」


 父さんとはまた違った飄々とした物言いに何と返したら良いかわからずにいると、都筑さんの視線が俺を頭から爪先まで観察するように降りていく。


「ふむ……姫君の待ち人は妖異退治に秀でた益荒男ますらおという話でしたので、熊のような、とまで行かずとも、もう少し雄々しいタイプかと思いましたが」


「えっと、ご期待に添えず……」


 反射的に謝ると、都筑さんは視線を上げて、じっと俺の顔を見据えて目を細めた。


「とんでもない、こちらの勝手な想像です。どうか気を悪くなさらず」


 丁寧な謝罪とともに、どこか含みを感じさせる怜悧な笑みを浮かべる。



「姫君が甘党だということがわかりました」

「都筑」


 赫夜が険のある声で制止を掛けるように都筑さんを呼ぶ。


「自己紹介が済んだなら本題に入りたいのだけど」

「そうですね、失礼しました」


 都筑さんは恭しく言うと、どこからともなく取り出した洋菓子店の印字がされた白い紙箱を赫夜に手渡す。

 受け取りはしたものの、赫夜は訝しげに首を傾げている。


「何なのこれ?」

「それと、こちらも」


 都筑さんは答えること無く、続けて赫夜の手に持った箱の上にもう一箱を積む。

 赤と白の箱は、チキンが有名なファストフード店のものだ。

 ロゴを目にした赫夜が露骨に顔をしかめる。


「姫君と彼のデートを邪魔したお詫びですよ。縁がないので忘れかけておりましたが、今日はクリスマスですからね」



「少し会わない間に下世話なことを言うようになったね」

「おや、私の評価は存外高かったようだ」


 赫夜はふいと顔を背けて、二つの箱を抱えながらキッチンへと向かう。


 からかうような都筑さんもどうかと思うが、対する赫夜の態度もだいぶ手厳しい。

 都筑さんから『姫君』と呼ばれている理由はわからないが、今の赫夜の雰囲気は『らしい』と言えるだろう。




「あの……失礼ですけど、都筑さんって一体何者なんですか?」


 気まずさしか感じない室内が落ち着かず、とりあえず疑問を解消するところから始めようと都筑さんに声をかける。


「姫君からは、どの程度話を聞いていますか」

「あなたが赫夜の協力者で、依頼してた武器を持ってきてくれるんだって、今日……聞きました」


「それでは、我々の事は何も?」


「家に来る人が協力者の窓口だって聞いたので、複数いるんだろうなって何となく話の雰囲気で思ったくらいです」


「そうですか。期待はしていませんでしたが、見事に説明が足りていないようですね」


 都筑さんは呆れたように肩を竦める。


「話の続きは向こうでしましょう。姫君は君が私に構っているのが面白くないようだ」


 促されてダイニングを見ると、戴き物を片付け終えた赫夜が不服そうに腕を組んで立っていた。



+++



 ダイニングで、俺と赫夜、都筑さんで向かい合うように席についた。

 つんとした表情の赫夜と困惑する俺を交互に見て、都筑さんは薄く口の端を吊り上げる。


「本題に入る前に、彼からの質問でもありますし、改めて自己紹介とさせていただきましょう。私の本業は『霊山れいざん』のエージェント。外部との交渉を主に担当するとともに、姫君と組織を繋ぐ連絡役です」


「あの、霊山というのは?」


「霊山は山岳信仰を端とした、霊能を持つ修験者達のネットワークを統括する組織ですが……まぁ、魔術結社や宗教団体の一種と考えてもらえれば、君にもわかりやすいですかね」


 霊山というのは勿論通名だと笑顔で説明され、思わず深い感嘆がもれた。

 霊能者の組織なんて、物語で見たことあるなぁとか最初に頭によぎるくらいには、遠い世界のことに聞こえて現実感が薄い。


鞘守さやもりが所属していた組織だよ。あの頃はもっと小さな寄り合いだったけどね」


「姫君と我々の組織には、そのような長い縁がありまして。ご威光をお借りする代わりに、目的への助力や、現代での生活の支援を行っています」



「あれ、もしかして……赫夜の働かないから貰える給料って」


 生活の支援と聞いて、うっすらと思い当たった事柄を口にする。

 やばいと口を噤んだ時にはすでに遅く、横に座る赫夜の頬がわずかに膨らんでいた。




 都筑さんは正解とばかりに口元に浮かべた笑みを深めながら、ダイニングテーブルの上にアタッシュケースを載せて中を開く。



「姫君、お預かりしていた『環月かんげつ』です」


 環月という単語が、例の剣を指すものだと気付くのに数秒かかった。

 アタッシュケースの内側には何枚もの呪符のような物が貼られていて、異様さに少しだけ仰け反ってしまう。


 黒い緩衝材の中央には、手のひらに乗るくらいの正方形の木箱が嵌め込まれていた。

 剣と言うならば長さ六十センチはあると思うのだが、厳重に収められている箱は十センチよりも小さい。


 不可解さに首をひねっている間に、赫夜は木箱を取り出して俺の前に置き蓋を開ける。


「これが、まつろわぬ神を倒すために造った霊剣、環月だよ」


 固唾を呑んで木箱を凝視する。

 けれど、小さな木箱から大きな剣など当然飛び出てくるわけもなく。


 木箱に敷かれた白い絹の上に置かれている物は、細い金色の針にしか見えない。

 美しく、高級そうで風格すら感じるが、だからと言って剣とは思えない。


「剣にしては小さいような? 箱から出したら伸びる?」


 まじまじと、角度を変えて見ても金の針だ。

 俺が混乱していると、都筑さんが口に手を添えながらも抑えきれない様子で笑みをこぼす。


「私も初めて見たときは驚きましたが、環月は正当な使い手の元でなければ、剣として顕現しないそうですよ」


「そう、なんですか……」


 実感がわかず、ポカンと口を開けている俺がおかしかったらしく、都筑さんは眼尻を下げた。


「ちなみに、資格がない者が触れると大変なことになります」

「大変とは……?」

「私が知っている限りですと、触れようとした腕が跡形もなく消し飛んだと」


 物騒な話に思わず目を剥いてしまう。

 どん引きしている俺の肩を宥めるように軽く叩いて、赫夜は席から立ち上がる。


「環月は使い手を限定して造られた物だったから、元々他者を拒絶するような部分があったんだ。ただ、年月を経て霊格が上がるにつれて、拒絶の度合いが酷くなってしまって」


 赫夜は腰に手を当てて呆れの滲む息を吐きつつ「もう、どうしようもないんだよね」と軽い口調で言う。


「これまで、何十もの愚か者が、霊剣に選ばれし益荒男たる栄誉に焦がれて環月へ手を伸ばし……その度に保管庫の場所が深くなりました。お恥ずかしい話です」


 都筑さんも、やれやれと肩を竦めて冷ややかに言い捨てる。

 俺は話について行けなくなってきて、乾いた笑いしか出てこない。



「俺はそんな物騒な剣を使えるのか……?」


 赫夜が言うんだから無いとは思いたいが、俺の腕も吹き飛んだらどうしようか。

 自分自身への不信感を問いながら、テーブルの横に立って、俺にも席を立つように促す赫夜を見上げた。


「それを、この目で確かめるまでが私の仕事です」


 赫夜はむっと唇を尖らせて、都筑さんを冷ややかな瞳で一瞥してから俺の顔をじっと見据える。



「環月は朝来にしか扱えない。お前こそが、環月を振るいまつろわぬ神を倒す者なのだと。ここに証明しよう」



 ふっと、穏やかに微笑む赫夜は澄んだ水のように清らかで綺麗だった。


 赫夜は俺の右手を取って胸の高さまで持ち上げると、木箱からそっと摘み上げた金の針の先を手首にあてがう。

 何をしようとしているのか、わからないなりに予測できる部分もあって僅かに身構える。


「少しだけ痛む」


 言葉と同時に、金の針が俺の手首に刺さった。


 本当に刺したな……!


 予測を裏切らなかった展開に思わず内心でツッコむ。

 宣言通り、針先が皮膚を破った瞬間はちくりとした痛みが走ったけれど、皮膚の浅い所を筋に沿うように針が突き進んでいく感触は痺れるように熱い。





「朝来、終わったよ」


 赫夜の声と、右手首をトントンと軽く叩かれるような振動で、いつの間にか自分が目を閉じていたことに気が付く。


 片目だけ薄く開いて確かめると、傷一つ無い手首を柔らかな白金の光が照らしている。


 光を辿って目線を上げると、俺の手のひらの上に、そこだけ白い光で抜き取ったかのような一振りの輝く剣が浮かんでいた。



「霊剣・環月の顕現、霊山特使 都筑 壮一郎が確認しました。今この時より、赫夜の君との古より続く約定に従い、我々は環月の主である笹原 朝来を全面的に支援すると宣言します」


 柔らかくも鮮烈な光の美しさに目が離せないまま、都筑さんの低く冷たい声が耳を通り過ぎていく。



「何だこれ……」


 答えなど一つしか無いのに、それでも言わずには居られなかった。

先日の暑中お見舞の閑話マンガはPixivへ移しました。

良い夏をお過ごしください。


キャラクターの外見絵があります。

↓↓

https://www.pixiv.net/artworks/110523212

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