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夜明けが君に届くまで  作者: ちる
第二章
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67話 月のお姫様と謎の通話

 会計を終えて物販コーナーから出たところで、プレゼント用に少しだけ綺麗な袋に入れてもらったオーナメントを交換し合う。

 レジ前にあったキーホルダーへの換装用の金具も購入したけれど、机の前とかに大事に置くか持ち物に付けるか悩ましい。


 コートのポケットにそっと仕舞ってから赫夜かぐやに目を戻すと、へにゃりと緩んだ笑顔でオーナメントが入った袋を胸に抱いていて、俺も自然と頬が緩んでしまった。



 ずっと眺めていても飽きる気がしない。

 幸せな気分を堪能していると、またもチラチラと通行人の視線に撫でられているのに気付く。

 通行の邪魔になる位置ではないのだが、周囲に花を飛ばすような赫夜の笑みが人の目を惹き付けているのだろう。


 綺麗なものに目を奪われるのは本能に近いので仕方ない。

 イベント会場の時と同じように飲み込もうと思ったが、今の赫夜の笑顔を他の人間に見られるのはやはり面白くなかった。



「混んでるだろうけど、カフェでも行こうか」


 本音を隠して、用が済んだので移動をしようと促すと、赫夜はハッと瞬いてから普段の落ち着いた表情を取り戻して俺の顔を見上げる。


「お腹空いた?」

「いや、休憩がてらにケーキでも食べようかなって」


「構わないけど、朝来あさきってそんなに甘いもの好きだったの?」

「好きっていうか、クリスマスと言えばケーキだろ」

「まだクリスマスらしさは追求するんだね」


 世間的に、クリスマスにはケーキとチキンが定番なんじゃないだろうか。

 赫夜かぐやは俺の言葉に小さく吹き出す。


「今日しかないから今日一日はするつもり」

「じゃあ食べないといけないね」

「そ。ケーキはクリスマスのノルマだから付き合ってくれよ」

「うん、勿論だよ」


 甘やかすような声とともに微笑まれると、どうしたって鼓動が早まる。


「行こうか」


 内側から登ってくる熱の気配を誤魔化すように短く言って、進行方向へ身体を向けようと踵を回した瞬間、聞き慣れた通話アプリの着信音が鳴った。



 慌ててスマホの入ったコートのポケットへ手を突っ込むが振動を感じられない。

 親からかと思って一瞬かなり焦ったので、ほっと安堵で肩が落ちる。


 赫夜の方を振り向くと、赫夜は眉間にしわを寄せて渋い顔をしながらスマホの画面を見つめていた。


 コール音が鳴り響いているのに、なかなか通話に出ようとしない。


「……赫夜?」


 訝しんで名前を呼ぶと、赫夜は小さな溜め息を吐き、俺の体の前で制止をかけるように手のひらを立てた。

 俺が手のひらに視線を落とすと、ゆっくりと手を引き戻し、人差し指一本だけ残す形に変えて自分の唇に当てる。


 素直に考えて、黙っていろという事なのだろう。

 頷いて了承を伝えると、赫夜も俺に頷き返してから身体を横に向けて通話に出た。


「――何?」


 通話相手に向けた赫夜の第一声は、普段より冷んやりとした雰囲気を感じる。

 その声色からは、相手が夕鶴では無いというくらいしかわからない。


「……一緒に居るけど、それがどうしたの」


 チラリと俺を見て言い淀む赫夜に疑問が深まる。


 一緒に居るって、この状況だと当然俺のこと……だよな。


「え!? これから?」


 焦ったように声を大きくする赫夜に、周囲の目がより集まるのを感じた。

 通話の相手も会話の内容も非常に気になるが、それ以上に視線が気になって仕方がない。

 「勝手だ」と通話相手に非難の声を上げている赫夜の背を軽く押して、人の少ない端の端へと連れて行く。



 赫夜を壁際の隅に置いてから、スマホのメモ帳に『少し離れておくから終わったら声を掛けて』と書いて赫夜の目の前に差し入れた。

 画面に目を通した赫夜がすまなそうに眉を下げるので、『気にするな』と書き加えてから人避けの壁役も兼ねて数歩距離を取る。



 赫夜と謎の人物との話題に自分が含まれているのだけは伝わってくるけど、何故かは見当が付かない。

 前世か蟲退治むしたいじに関係する相手なんだろうが、それ以上わかりようがないと言うのが正しいか。


 断片的に拾える言葉が気になって仕方がないので、鞄からイヤホンを取り出して無理矢理耳に詰め込む。

 少しでも意識を逸らそうと、近くの壁にもたれてエスカレーターで階下に移動する人達を眺めていた。



+++



 待つこと数分、横からコートの袖が引かれる感覚がして首を動かすと、通話を終えたらしい赫夜がしょんぼりとした様子で上目遣いに俺を見てくる。


「通話、終わったの?」

「うん、遅くなってごめんね。思ったより長引いてしまって」


 イヤホンを外して鞄に放りながら尋ねると、赫夜は両手で胸元を強く押さえて気まずそうに肩を縮めた。


「それは良いんだけど……さっきの通話でちょっと俺の事話してたよな? 誰からとか、何なのかって聞いても良い?」


 聞くべきか迷ったが、自分が絡む事となるとやはり気になる。

 俺の問い掛けに、赫夜は瞳を躊躇うように動かして、ぽつりとこぼす。


「……協力者の一人と言うか、窓口と言うべきかな」

「窓口?」

「そうだね。そいつから、手配していた朝来の得物を今日これから届けに行くと連絡が入った」

「マジか……すごい急な話だな」


 手配中の武器の存在を忘れていた訳では無いのだが、話が出てから期間が開きすぎていて、まさか今日こんなに唐突に来るとは思っておらず面食らってしまう。


「だからね……ちょっと家に戻らないといけなくなってしまったんだけど」


 赫夜は小さく息を吐きながら長い睫毛を伏せて、申し訳無さそうに肩を落とす。


「そっか……じゃあ今日は解散かな」


 残念だと思う気持ちを取り繕うように努めて明るい声で言うと、赫夜は胸元を押さえていた手を解いて慌てた様子でわたわたと振った。


「違う、そうじゃなくて。お前も私と一緒に家に戻って欲しい」

「え、俺も? 人が来るんだろ?」



 疑問に首を捻る俺をじっと見据えると、赫夜は眉を寄せて言い難そうにぽつぽつと言葉を区切る。


「得物を持ってくるのは良いんだけど……朝来に直接会わないと渡さないって言い出して」

「……はい?」


 思わず大きな困惑が口から漏れ出た。


「使い手を直に確認しておきたいんだって」

「はぁ……まぁ、そう言うことなら俺は問題ないけど」


 俺用の武器なんだし、条件だというならば俺から会うのを拒否する理由はない。

 相手のお眼鏡に適うかはわからないが、俺が素人の高校生だという話くらいは通っているだろう。


「朝来はそう言うと思ってたけど、お前や私を疑ってるようなものじゃない。無礼だよ」


 赫夜は不服そうに唇を尖らせる。


「いや、でもまぁ……その人と俺は会った事無いし」

「……ごめんね。手続きの一環と言われると無視できなくて」

「気にするなよ。使わせてもらうのは俺なんだし」


 赫夜はまだ少しむくれたままだ。

 深く考えてこなかったが、刀剣や猟銃にも所持免許が必要みたいな話を聞いた覚えがある。ならば、当然俺に渡される武器にも色々な手続きが必要なんだろう。


「元々お前の物で今は私の物なのだから、本来なら許可などいらないんだけどね……まぁ、それなりに大きな力を動かすとなると現代では結構手間がかかるんだ」


 赫夜はゆるく腕を組みながら呆れた口調で言い捨てた。

 聞こえてきた『俺の物』という響きに嫌な予感がしてしまう。

 赫夜の口ぶりから推測できる武器など、一つしかない。



「待ってくれ赫夜。その武器ってもしかして……まつろわぬ神を倒せるっていう……?」


 背中に変な汗が浮かんで、唾を呑む音がやけに大きく耳に残った。


「そうだけど。何で驚いてるんだろう?」

「いや、だって最終決戦でだけ使うんだと思ってたから」

「うーん、まつろわぬ神を倒すためには使わないと駄目だけど、別にそこ以外では使えないという物でもないからね。わざわざ別の得物を使う理由もないと思わない?」


 赫夜は神妙な面持ちで「得物に慣れるのも大事だしね」と数度頷いて見せる。



 俺は何処からツッコミを入れたら良いんだ……?


 久々に感じる目眩にも似た感覚に額を押さえる。

 現実的に考えたら、レベルが上がる度に武器を変えるなんてするわけ無いが、まつろわぬ神を倒すための『神殺しの剣』なんてゲームで言う最終装備だと思ってたんだけど。


 それだけ物騒なものならば、赫夜の協力者とやらが渡す相手を確かめておきたいのは理解できる。

 むしろ、その剣って蟲を倒すためにしても街で振り回して本当に大丈夫なんだろうか。

 一気に不安になってきた。




「……わかった。とりあえず、人が来るなら早いとこ家に戻ろうか」



 よし、考えるのやめよう。


 問いたい部分は多々あるが、もうこれは赫夜に聞くより武器を持ってくる謎の人物に聞くのが早い気がしている。

 何もわからない状態で頭を悩ませるのは無駄だと、疑問は一旦投げ捨てることに決めた。

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