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夜明けが君に届くまで  作者: ちる
第一章
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60話 月のお姫様と海の見える公園で②

 遊歩道と海を隔てる柵に手を置いて二人で夜の海を眺めていた。

 お互い何かを語ることも無く、ただ隣に並んでいるだけの静かな時間が始まってからどれくらい経っただろうか。


 離れるのは名残惜しいけど、許してくれとか、もっと一緒に居て欲しいなんて俺が言う言葉でもなくて。

 さっき感情のままに責めるようなことを言ってしまったのも相まって、身動きができずに居た。


 黒黒とした海水が僅かに波立ちを繰り返す様をぼんやりと見つめていると、隣から小さく呼ばれた気がして振り向く。

 戸惑いながら向けた視線に赫夜の穏やかな声が返された。


朝来あさき、今日はありがとう。来てくれて嬉しかったよ」

「お礼を言われることなんかしてない……俺がここに来たかったんだ」

「でも、嬉しかったから」


 赫夜かぐやはわずかに眉を下げながらも、口元に手を添えて柔らかく笑う。


「これまで多くの約束を交わしてきたのに、待ち合わせるという約束は私一人では叶える事ができないのだと……当たり前のことに今日気が付いたんだ」


「なんだよ、それ」

「そのままだよ。約束を果たしてくれて、ありがとう」


 一方的によくわからない感謝を口にして身を翻した赫夜の手首を慌てて掴んだ。


「赫夜、何処行くの?」

「ただ帰るだけだよ……お前も遅いんだから帰りなさい」

「そうやって目を逸らすのは、何か違うんだろ。俺にでもわかる」

「朝来はもう私の契約者じゃない。これ以上共に過ごす理由もないでしょう」


 赫夜は顔を曇らせて俯く。

 勝手に触れるのは良くないと重々承知している。それでも、今この手を離してはいけないと直感した。


「わかってるよ。でも、さっきまで普通に話してただろ」

「それは、お前が話があるって言うから」


 それも終わっただろうと言われ、言葉に詰まる。


「俺が嫌われるのは当然だ。契約が無かったら顔も見たくないかもしれないけどさ」

「……そうじゃない。でも、契約が無いのに私と居る意味ないはずだよ。手を離して」

「嫌いじゃないって言うなら引きたくない。そんなに契約が大事なのか?」


 赫夜は俺の手を振りほどこうと引く。

 何度引いても動かない手に顔を顰めるが俺も緩める気はない。

 手荒いとわかっていても離すことができなかった。


「……いらないと言ったのはお前じゃない」


 赫夜は答えることなく、ただ一言小さな声が落ちた。



「これ以上、不毛な言い合いをする趣味はないよ。もう良いでしょう?」


 してきたことを振り返れば、理由はどうあれ赫夜が会いたくないと言う以上、俺に何か言える資格はない。

 諦めきれなくて、みっともなく追い縋っていただけだ。


「赫夜が、そうしたいなら」

「深刻な顔をしているけど、後一度は嫌でも会わねばならないのだから。今生の別れというものでもない」

「そう、だな……」


 俺が掴んでいた手首を離すと、赫夜の腕が重力に従ってするりと落ちた。


 赫夜がどれだけ歪で寂しそうに見えても。苦しそうだと感じても。

 赫夜にとって契約の無くなった俺は必要ないのだとしたら。


 それが俺の願いを叶えるというノイズを取り払った、本来の赫夜の気持ちならば。

 俺はこの恋を終わらせないといけない。




 背筋を伸ばして深く息を吸い、足に力を入れる。

 これが最後かもしれないと思うと何を言えば良いのか少しだけ迷う。


「今日は会えて良かった。……いや、今日だけじゃなくて。俺、赫夜に会えて良かったよ」


 いくつか考えてみたけれど結局これが全てで、一番しっくりくる気がした。

 頑張って表情筋を緩めようと試みているが、おそらく大した効果は出ていないだろう。


 赫夜は俯いていた顔を持ち上げて、揺れる瞳で俺を見つめる。

 さっきは手を離したら目の前から消えてしまいそうだったのに、俺の予想に反してその場から動こうとしなかった。



「ねぇ……朝来に一つだけ、お願いしてもいいかな」


「俺にできる事なら」


 少しでも俺に返せるものがあればいい。躊躇いがちに呟かれた声に即座に頷いて返す。

 赫夜の瞳の表面に薄く張った水分の膜が、外灯の光を多く映して美しい蜜色をより輝かせていた。



「時々、ほんの少しでいいから……また朝来のこと見ていても良い?」


 赫夜の口から出たお願いに驚いて、思わず息を呑む。


「姿は見せない。気配がわかるようにもしないから、遠くから見ていたら駄目かな?」 


 赫夜の言うことは全くわからない。

 自分から会わないって言うくせに、時々は見たいなんて。


「何だよ、それ」


 抑えようのない困惑が口から漏れた。

 俺の低く震えた声に赫夜の肩が小さく跳ねる。


「……愚かなことを言ったね。忘れて欲しい」

「そんなの、無理に決まってるだろ」


 顔を隠すように持ち上げられた赫夜の両手を掴んだ。

 少し強引に割って覗き込めば、白い頬を薄紅に染めて狼狽える赫夜の瞳とかち合う。


 名前を呼ぶと、赫夜はぎゅっと強く瞳を瞑った。

 掴んだ腕が強ばっているのが手のひらに伝わってくる。


 赫夜は、俺がそれ以上何か言うよりも先にふっと一瞬でかき消えた。

 足元に落ちた金色の羽根が風に溶けていく。


「こんなとこで急に消えるな!」


 大騒ぎになりはしないかと慌てて周囲を見回す。

 人通りはそこそこあるものの、恋人同士は皆各々の世界に入って仲睦まじく寄り添い合っているため、薄暗さも手伝ってか他人が一人消えた程度を気にしている者は居なそうだ。

 安堵の息を吐いてその場にしゃがみ込む。


「ああ、もう、何であんな顔するんだよ……」


 まだ赫夜のこと好きでいても良いのかって期待するだろ。


 体中の熱が心音とともに急速に上がっていく。

 戸惑いと熱を鎮めたくて、わざと乱暴に前髪を掻いた。

一章は後2話です

よろしくお願いします

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