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夜明けが君に届くまで  作者: ちる
第一章
54/89

54話 月のお姫様はやっぱり突然やって来る

「か、赫夜かぐや……? 何で学校に」


 目の前にいるのは間違いなく赫夜だ。

 予想外の出来事に動揺しすぎて、それしか口から出てこない。

 よく見れば赫夜はいつも通り白い服を着ているが、今日のそれは白いセーラー服だ。見ただけでわかる、この地域では知らぬ人など居ない仙心女子高等学校の制服だった。



 周囲の人間が、俺に対してあの人知り合い? という好奇と驚愕の視線を浴びせてくる。

 瀬田や斎藤、佐伯さんも例外ではない。一様に驚きの表情を浮かべながら俺と赫夜を交互に見ていた。


 その間も赫夜は我関せずとさして広くもない教室内に歩みを進め俺の正面までたどり着く。柔らかな笑みを浮かべたままの赫夜が、いつも通りのんびりとした口調で俺の疑問に答えた。


「何でって、お前に会いに来ただけだよ」


 教室内外のギャラリーがざわりとした音が聞こえた。教室内の視線がより一層突き刺さるように俺に集まってくる。

 これはものすごくまずい。平和に生きてきた高校生としては死活問題だ。


 答案返却の終わった今日からはもう、全員気持ちの上では冬休みが始まったようなものだ。開放感と暇を持て余しているのだ。

 そんなところに普段縁のないお嬢様学校の制服を着たきれいな女の子が現れたら、自ら話題にしてくれと言っているようなものだった。



 ――逃げよう。とりあえず、騒ぎに呼ばれた先生に他校の制服を着ている赫夜が見つかる前に逃げよう。


 結論は秒で出た。そうと決めれば、着ているブレザーを脱ぎ赫夜の頭の上に被せる。

 仙心の制服も大概だが、赫夜は一番に淡い髪色が目立つのでやむを得ない。


「ちょっと悪いけど、移動するから赫夜はいいって言うまでこれ被ってて」

朝来あさき……なに?!」


 急に布を被せられた赫夜は、当然俺の行動を理解できていないようで驚きの声を上げた。

 了承を返される前に赫夜の手を掴んで教室のドアへと駆け出す。


「三人ともごめん! 俺今日帰る!」


 去り際に室内の三人に向かって謝罪を叫びながら、ドアの外で囲うように俺達の様子を窺っていたギャラリー達を押しのけて廊下に飛び出る。校内の階段を登っては降りて、人気のなさそうな場所を探しながらとにかく走った。



 近場で身を隠せそうな柱の出っ張りに赫夜を押し込んで一息つく。

 引っ張り回した赫夜のことが心配になってブレザーで隠れた顔を覗き込めば、赫夜はわずかに息を切らしながら疑問に眉を寄せて俺を仰ぎ見た。


「どうして走るの……?」

「ごめん赫夜、ちょっと色々とあそこに居るのは問題があって」

「少し聞きたいことがあっただけなんだけど」

「それはもう少し人の居ない落ち着ける場所で聞くから」


 隠そうと必死に角に押しやった身体は、傍から見た者がいれば抱き合っていると誤解を受けそうなほど密着している。

 赫夜に意識が向くと、とたんに俺の脈拍が乱れてうるさい。

 人に見つかったら困るという緊張感が俺を落ち着かせてくれているが、早く安息の場所を見つけなければ。


「そういえば……」

「どうしたの?」


 赫夜は何かを思い出したように目線を斜めに動かし唇に指先を添える。


「竜と言ったかな。お前の友人が去り際に言っていた。『西棟、多目三横階段から屋上』……意味はわかる?」

「……っそれ!」


 西棟とは教室のある東棟の隣り合って建つ専攻教科の教室や実験室、多目的教室諸々がある校舎のことで、各階が渡り廊下で繋がっている。

 うちの学校名物というのもおかしいが、やたらと大きく良い設備が整った実験室があることから、西棟を実験棟と呼ぶ生徒もいるくらいだ。


 そんな西棟は今日のような授業もない部活も禁止といった日には人通りが少ない。

 屋上の鍵をどう入手したのかは不明だが、写真部はよく出入りしてるらしいからそっち経由だろうか。何にせよ、竜が言葉に出したということは理由はともかく開いている可能性が高いだろう。


 「竜……あいつまじか……」


 普段付き合いが長いせいでぞんざいな扱いをしてしまいがちな竜だが、この窮地においては神に等しく感じられた。

 冬休みに遊ぶ時にでも何か奢らなくてはと固く心に誓う。

 頭に被せたブレザーが落ちないように位置を直してから、もう一度赫夜の手を取った。


「ごめん。屋上まで移動するから、もう少しだけついて来て」

「……? うん、わかったよ」




 再び走り出した俺達は、鍵の使える屋上までなんとか人目を避けて登りきり、屋上へと忍び込む。


「……っ……疲れた」


 走ったせいだけではない心労からくる乱れた呼吸を整えようと両膝を上から手で抑えた。

 赫夜も隣で胸を両手で押さえるようにして息を整えている。


 駆け込んできた扉の向こうから先生が追いかけて来たりしないかと、しばらく耳をそばだてていたが、そういった気配もなく胸を撫で下ろした。

 とりあえず窮地は脱したと考えてもいいだろうか。


 疲労感から肺の中の空気を全て吐き出して空を仰げば、昼過ぎの薄い青空が気持ちのいい冬晴れだった。

 風は少し強いかもしれない。どこからか飛んできた枯れ葉やゴミが隅に溜まっていた。

 普段立ち入ることのない屋上は秘密の場所めいていて心が疼く。ザラついたコンクリートの床の四方を金属製の高いフェンスで囲っただけで、特別何があるわけでもないがそれすらも悪くない。


「ブレザー被っててくれてありがと。もう取って平気だけど、風も強いし嫌じゃなければ羽織ってて」


 物珍しげに周囲を見回す赫夜に言うと、顎を上げてブレザーをするりと頭から滑らせ流れるように袖を通す。

 両腕を水平に上げて、満足げな顔をして俺に着たアピールをして見せる赫夜は微笑ましくて可愛らしい。


「これでいい? でも、私が着るよりお前が着るべきなんじゃないかな。寒くないの?」

「うん、日も出てるしね。さっきまで走ってたからむしろ暑いくらい。手に持つのも邪魔だから着ててくれると助かる」


「ん、わかったよ。寒くなったらちゃんと言いなさい」


 赫夜はいつものように俺に近付いて額の辺りを優しく撫でる。

 セーラー服の上からブレザーだと格好としてはちぐはぐさがあるものの、白い仙心のセーラー服自体がよく似合っているし、ブレザーは俺の服なので当然サイズが大きくて指先がわずかに見える程度に袖余りしているのが一層可愛く感じられて俺の鼓動を早めた。


「……なんか、制服の赫夜って不思議な感じする」

「どこかおかしいかな?」

「違う違う! 新鮮だなって意味! まさか制服着て来るとは思わなかったから!」


 自分の着ている制服の胸元を摘んで確かめだした赫夜に慌てて訂正を入れる。


夕鶴ゆづるから学校に行くなら制服のほうが目立たないって聞いたんだけど」

「うーん……同じ学校の制服じゃないとちょっと駄目かもなぁ」


 時期によっては部活動の練習試合とか文化祭とか、他校の制服を学内で見る機会がないわけではないのだが、仙心の制服は色も形もネームバリューも強すぎた。

 夕鶴の感覚は基本的にまともだけど、自分の通う学校がどれくらい周辺校の人間達から注目されてるかなんて理解しきれていないんだろう。

 制服姿の赫夜を見つめるのに意識を取られすぎて、聞くべき話があったことをようやく思い出す。


「今日はそこまでして学校まで来て、どうしたの? そんなに急用があった?」


 この後もいつものように家に行く予定だったのにと肩を竦めると、赫夜は眉尻を大きく下げて困った顔をした。


「お前が何も話さないから……少し心配になった。最近ずっと、何か言おうとしてるでしょう? あまり詮索するのもいかがなものかと思っていたけれど、あれだけ続けられると流石に気にもなるよ」


「あ、いや……それは」

 赫夜は気にしていないと思っていたが、それは俺の思い違いだったらしい。


「夕鶴に昨日、お前の様子がおかしいからと聞いてみたんだ。私は夜でも良かったんだけど、話すなら早い方がいいと言われて。学校まで行って聞いてみるという話になったんだけど」


 背中を押すってこういう意味か……


 ため息を吐きたくなるのをぐっと堪えて遠くの空を見た。

 昨日夕鶴から通話の終わり際にされた若干不自然な質問の答え合わせに納得する。


 確かに、学校まで聞きに来られてしまうと心情的に逃げにくい。

 竜も巻き込んでたみたいだし、明日学校で友人達以外からも赫夜のことを追求されるのが目に見えているので俺としてはそこまでしないで欲しかったが、追い詰められないと動けない自分が一番悪い。

 何より、自分がおかしな行動を繰り返したせいで赫夜にこんなにも心配を掛けていたことが恥ずかしかった。



「……心配掛けてごめん。俺ずっと赫夜に言いたいことあったけど、勇気が出なくて言えなかった」


 思わず背筋が伸びて肩に変な力が入る。羞恥心から徐々に顔が熱くなっていく。

 耳に届く自分の声はガチガチに緊張していた。


 ――それでも、赫夜を心配させて、夕鶴に後押しされて、竜に場所を作ってもらって。ここで言えないなんてあって良いわけがない。


「俺……赫夜のことが好きなんだ! 戦いとか色々やることあるし、こんな時にとか自分でも思うけど……だけど、俺と付き合って欲しい」


 心臓が激しく暴れて痛い。途中何度か声が詰まりながらも、思いの丈の全てを言い切った。


 赫夜は俺の告白を聞き、驚いたように大きくした瞳を数回瞬かせる。そして、思案するように袖余りの手で口元を覆う。

 その反応は少しだけ怖い。


「――もう付き合ってるよ」

「えぇ?」


 赫夜の返答に困惑して、力の抜けた疑問の声が漏れる。


 もう付き合ってる? そんな事実はない……はずだ。

 キスもしたのだから、もしかしたら赫夜が既に付き合っている間柄と認識している可能性はゼロではないと考えたりもした。けれど、こうまではっきりと断言されるほどのやり取りはなかったと記憶している。何かおかしい気がしてならない。


「……赫夜、付き合うって意味わかる?」


 考えられる可能性の中で最も高いものを口に出す。人間じゃない赫夜が付き合いの意味をどう捉えているのかちょっと不安になってしまった。


「お前は私を馬鹿にしすぎだよ。人間同士が番いや恋人になることでしょう」

「ああ、うん……合ってる、けど。――ごめん、そんな話をした覚えは正直これまでないんだけど」


 ただの確認であって馬鹿にはしていないのだが、問われた赫夜は胸の前で腕を組んでむっと口を尖らせる。

 赫夜の認識は別に俺と違っていなさそうだ。ならばいつの間に赫夜の中で俺達は付き合ってしまったのかと憚りながら尋ねてみる。


 赫夜はふむ、と小さく息を吐き、尖らせていた口を解いて上目遣いにも見える角度に瞳を動かす。


「お前が家に来るようになった日のことだよ。お前を家に帰してからだから事後連絡にはなったけれど、当然私からもご母堂に今後お前が私の家で夕飯を食べる日が増えるという話をさせてもらった」


 連絡先を交換したという話は夕鶴から聞いていたが、看護師である母親が年頃に見える女の子達が二人だけで暮しているのを心配して緊急連絡先といった感覚で渡したのだと勝手に考えていた。まさか本当に連絡を取り合っているとは露ほども思っていなかった。


「その時に『お付き合いを始めたのね』と言われて。まぁ、それでご母堂が納得するなら別にあえて訂正しなくてもいいかなと」


 だから実は自分達は付き合っているのだ、と真顔で衝撃の事実を語る。


 それはただ説明が面倒だったというだけではないかとツッコミたくなったが、赫夜が母さんに付き合っていないと返していたら俺はまたえらい目にあっていたことだろう。


 俺の知らないところで対外的には付き合っていることになっていたとは複雑な気持ちだ。 一言言ってくれと今回も心の中でだけ切に願うも、嘘の恩恵に預かっていたのは自分なので面と向かっての苦情はやっぱり言えなかった。

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