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夜明けが君に届くまで  作者: ちる
第一章
53/89

53話 男子高校生の平穏な学校生活はそんなに長く続かない

 今日の学校は朝から賑やかだった。騒がしいと言い換えてもいいだろう。

 教室中が浮き立つような空気で満ちている。クラスメイト達はそのほとんどが落ち着かない様子で、きちんと着席こそしつつも隣や後ろの生徒とたえず言葉を交わしていた。


 何故こんなにもざわついているのかと言えば、今日が期末試験の答案返却日だからである。俺達は二年生だが、ここらを境に来年の受験を視野に入れる生徒も増えてくる時期だ。

 この周辺の公立としてはそれなりに進学校なので、中学の時よりは誰もが試験というものに敏感だった。教室内をゆるりと見渡すと大半は緊張の面持ちをしているか、俺含めて平常運転といった感じかだ。

 よく見れば、ごく一部の人間だけ妙にピリピリと尖った空気を醸していて心配になった。少し早いが来年を心身共に健康に迎えて欲しい。



 返された試験結果は、いつも通りだったという面白味のない感想になってしまう。

 定期試験の結果に面白味や意外性などは求めていないけれど、最近は色々とあったので多少落ちたりするかとも思っていたので安心はした。

 むしろ今回は夕鶴ゆづるに教えていたせいなのか数学の点が上がっていた。教えるという行為は話に聞く通り結構自分のためにもなるらしい。

 おかげでこれまで興味が薄かった学年順位がついに一桁になっていた。

 喜ばしいことではあるが、いらぬ波風は立てたくないので夕鶴には黙っておこうと心の中で固く誓う。



 悲喜こもごもの授業時間が終わり、見直しの終わった答案などの紙類をファイルに挟む。ノートや教科書に重ねて鞄に仕舞い込んでいると背後から声が掛かる。振り向けばそこには斎藤と瀬田と……クラスの違う佐伯さんが筆記用具を抱えて立っていた。


「ちょっとわかんなくてさ、教えてよ笹原」

「そうそう、全部なんて当然言わないけどどうしても納得がいってない部分があってさ」

「俺が教えられるやつなら構わないよ。っていうか、佐伯さんも? 二人は一緒に居て平気なの?」


 付き合いは内緒なのかと思っていたので聞いてみれば、聞かれれば答えるけど自分達から積極的に言わないという程度らしい。恥ずかしさはあるけれど隠すことではないし、と頬を掻く瀬田が俺の目には頼もしく映った。


「私も、眼鏡のくせにあまり賢い方でなくて……よろしくお願いします」

「いえいえ、こちらこそ」


 他のクラスに来て落ち着かない様子の佐伯さんには丁寧に頭を下げておく。


 黒板の上の丸時計をちらりと確認する。勉強会をするのは良いけれど、これだと夕鶴との待ち合わせ時間を過ぎてしまうだろう。

 俺としては学校の付き合いも大事なので、夕鶴には申し訳ないが、目の前の図書館かその横にある値の張る渋い喫茶店にでも入って待っててもらうしかない。


 遅刻連絡を送るためにスマホをポケットから出すと、既に送るべき相手からのメッセージが入っていた。二日休んでいた分補講に出ることになったらしく結構遅れるらしい。ある意味タイミングが良かった。


『わかった。こっちも友達に勉強教えてるから帰る時にまた連絡して』


 それだけ返して周囲の机を動かして、即席の勉強会スペースを作った。




「……なんか外騒がしーね」


 斎藤が俺の正面に当たる窓際の席から外を眺めて呟いた。つられて覗けば、確かに校門の周辺に人が多い。


「試験がようやく終わった実感出て浮かれてんだろ。当然点数で親とご褒美賭けてたやつも居るだろうし」

「私のことですね! 冬休み親の四国にある実家まで帰らない券を賭けました」

「意外とギャンブラーなんだね佐伯」

「試験はギャンブルじゃないぞ斎藤……」


 勉強はやればそれなりの成果が出ると思うのでギャンブルとは言わないだろう。よそ見してないで真面目にやれと声掛けしながら斎藤の手に当たるように消しゴムを転がす。


「今年はつい賭けに出ちゃいましたね! 祖父母も従姉妹も好きですが今はいくらでもビデオ通話できますし、冬の祭典と大和君との初詣大事ですからね」


 気負いなく笑う佐伯さんに、瀬田はうっすらと顔を赤らめていた。見ているこっちも暖かくなるような二人だ。


「そういえば、川村は今日もう帰った? 遠野は予定あるって言って帰ったけど」


 きょろきょろと、瀬田が人のほぼ居ない教室内を首を回して見る。そこには背の高い刈り上げの男子生徒こと竜の姿はない。


「特に何も言われてないな。点数に納得して普通に先に帰っただけじゃないか?」

「ん……? あれ川村じゃない? もう一人誰だ? いや、玄関入った……から違うか」


 答案を見ないで外ばかり見ていた斎藤が不思議なことを言う。


「何言ってんだよ。明日も学校あるのに忘れ物取りに来たりしないよあいつ。それより斎藤のわからないところどこ?」


 机の上の答案を指の先でペシペシと叩いて促せば、斎藤もシャーペンを握って該当の設問について語り出した。



 それから十分も経たぬ頃、にわかに廊下がざわついている音が聞こえる。流石に俺達四人も何があったのかと廊下に繋がる扉へと目と耳を向けた。

 段々と近づいてくるざわめきに顔を見合わせて首を捻っていると、ガラリと勢いよく教室の扉が開かれた。廊下の様子から注視していた扉だったが、まさか開くとは思わず室内に残っていた全員が驚く。


 注がれる視線の先に立っていたのは背の高い刈り上げの人の良さそうな男子生徒こと、川村 竜だった。

 ぱっと見てわかるほど疲れているというか顔色が良くない。


朝来あさき、ちょっといいか……?」

「川村帰ったのかと思ってた。さっきの玄関に居たのやっぱお前?」

「悪い斎藤、それは当たってるけど、今はそれどころじゃねぇ」


 竜と斎藤は何だか深刻そうにやり取りをしていて、呆然と眺めてしまっていた。竜は斎藤の質問を制止して、キリキリと目を吊り上げている。


「竜はどうしたんだ? 用事なら教室入ってこいよ」


 片手を上げて手招きをする。――にしても廊下はうるさそうだ。

 竜は全くその場から動かないし、どうにも様子がおかしい。


「竜……?」


 訝しんで席から立ち上がると、竜はじっと俺の目を見据えたまま大きく息を吸う。


「朝来、俺はここで帰る。ここまでが俺の任された任務だ、後はお前が頑張れ」


 謎の発言をしたかと思えば、首を後ろに向けて誰かと二、三言くらい小声で何かを話した後、すっとドアの正面から消える。

 何だあいつと首を傾げた所で、俺の身体が固まった。


「こんにちは、朝来」


 澄んだ甘い声が教室という俺の日常に響く。

 その存在は、この空間においてあまりにも異質だった。


 愛らしく小首を傾げれば、動きに合わせて特徴的な赤い和の耳飾りの房が揺れる。

 淡い金色の髪と蜜色の瞳のきれいな少女……赫夜かぐやは、薄朱の唇をゆるくたわめて柔らかな笑みを咲かせていた。

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