52話 男子高校生は告白がしたい
いつも通りの夜の街、賑やかな通りと然程離れてはいないのに不自然なほど人気のない湿った路地裏を赫夜と連れ立って歩いていた。
一緒に行動するうちに赫夜の光球が放たれるというタイミングや感覚がわかってきた気がする。最初は無茶だと思っていたが、俺も一応は成長しているらしい。
ただ、それは俺が今こうして赫夜の隣りに居るからであって、俺が蟲と同じ立場なら距離的に考えて気付く前に焦げて死ぬだろう。
そもそも俺が蟲を感知できるのもせいぜい二十メートルくらいだ。
それすら範囲内に何かよくないモノが居るってくらいの精度なので、距離感以外の詳細な位置はわからず残念さが勝る。
最初に言われた、この攻撃を避けるための反射神経や動体視力にいたってはどう鍛えるのかさっぱりだった。
以前より真面目に取り組むようになったところで成長が目に見えるのは自分としても嬉しかったが、成長したことで感じる新たな部分に気が遠くなりかけてもいた。
素人の俺が強くなるのには時間が掛かるというのは当然なので、多少の不安や落ち込みはあれど焦りはないのが救いだろうか。
もっと焦らねばならない事項があるので、それに比べればという感じではあるけれど……
「赫夜、あのさ」
「なぁに?」
「……あ、いや、ごめん大丈夫」
前を歩く赫夜を呼び止めたのに、何も言えないまま気のせいだと誤魔化した。
赫夜はきょとんとした表情で首を傾げている。俺がもう一度大丈夫だと口にすれば、疑問に眉を下げつつも何も言わずにまた背を向けて歩き始める。
赫夜に手を引かれるままに蟲の焦げ跡を確認すれば、今日も戦果無しとしてあっという間に解散の運びになり家に帰されてしまった。
――言えない。全然言い出せない。
枕に顔を埋めながら大きくため息を吐く。やり場のない憤りを発散させるべくじたばたと子供のように足を上下に動かした。
赫夜に言うべきことなんて一つしか無い。もちろんクリスマスの誘いであり、それが意味するところ……つまりは告白だ。
今週いっぱい考えると言い、外堀まで埋まった状況であるにも関わらず週明けとなった月曜日の今夜も何も言えないまま終わった。
呼び掛けては何でも無いと言い直すのを今日だけでも三回、先週から数えればもう十回以上繰り返している。
今のところ赫夜はそこまで気にした素振りはないし、追求もされていない。とは言え俺が不審な行動を取っていることには変わりがない。
わかっているのだ、自分がどれほどヘタレかなんて。
それでも限度というものがある。
あれだけ俺を鼓舞してくれた二人に対しても気不味くて、今日の学校での竜の物言いたげな視線を見ない振りしてやり過ごし、夕鶴からは「赫夜の新しく買ったワンピースがすごい可愛い」と焚き附けるように言われたが、「そうなんだ」としか返せなかった。
四方八方駄目になっている自分に頭を抱える。
明日こそは、とここ毎日念仏のように唱えている実りのない言葉で今日を締め括って、いつもより早い時間だが部屋の照明を消した。
同時に枕元のスマホが震える。
夕鶴からだが、どうしてか怒られるような気がして出るのを躊躇ってしまう。三コールほど鳴った時点で、自分の子供みたいな思考が馬鹿らしいと我に返って通話に出る。
「はい……」
それでもどことなく声が畏まってしまう。
「どうかしたの?」
「いや、特に……夕鶴こそどうかした?」
「特にないけど、暇だったから」
「…………」
「その間は何よ? 色々言われたかったら言ってあげてもいいんだけど」
「言われるの嫌だって思ってたけど、言われないのも辛いって思った今……」
素直な心情を伝える。心の中にはその問題だけが消化されずに渦巻いているのに無視して楽しく雑談なんて器用な真似はできない。
重々しく身体を起こして部屋の照明を点け直す。眩しい白光が目に染みて顔をしかめた。
「今日は受け答えぼんやりしてると思ったけど、結構重症みたいじゃん……クリスマス遊ぼうくらいがそんな言えない?」
「いやその、どうせだしクリスマスに誘う前にちゃんと告白しようと思ってて」
「で、思ってるだけで結局どっちも言えてないと」
「……そう」
通話の向こうから夕鶴の呆れたようなため息が聞こえる。俺も自分に呆れてため息が出た。
「一旦日程だけ押さえておけば良くない? 今でも十分付き合ってるようなもんじゃん」
「……ようなもん、だから駄目なんだよ。赫夜の気持がわからないままこの距離は続けられない」
「難儀なヤツ……そんだけ意志はっきりしてるのに何で言えないの?」
夕鶴は呆れたような困ったような声で笑う。そこには少しだけ優しさが滲んでいるように聞こえる。
「俺にもわからない。いざ赫夜を目の前にするとどうにも……怖いんだろうな」
一番俺達に親しい夕鶴の目から見ても俺と赫夜の距離の近さは付き合っているように映るらしい。それでも、じゃあ告白も大丈夫だろうとは自信を持てないあたり、俺は相当なヘタレなんだなと苦笑いしてしまう。
「それでも、今のままでいいとは思わないんだ?」
「思ってるけど、思えない」
俺はそんなに我慢強くはないのだと最近ちょこちょこ感じるところがある。
今の関係は俺にとって確かに楽だけど、この前だってつい欲求に負けて髪や頬に触れてしまったのに、このままでは自分から抱きしめたりしてしまいそうで怖い。
キスもしたことがなかったという赫夜が、人間の男の衝動をどこまで理解してるかなんてわかったもんじゃない。
曖昧なまま先に進んでしまったら赫夜を傷つける気がする。それだけは嫌だった。
「そっか、じゃああんたが頑張るしかないね……あ、ごめんちょっと待って」
確かめるような会話の後、夕鶴は離席と取れる声を上げた。棚の上にでもスマホを置いたのか、カタンと小さな物音が届く。
向こうで何かあったのだろうか。
ほんのりと熱を持ったスマホを耳に当てたまま五分ほど経った頃、物音がして夕鶴が離席から帰ってきたことが知れた。
「ごめん、おまたせ」
「俺は平気だけど、そっち大丈夫?」
「ああ、うん。もう通話切るけど一個確認、朝来はあたしに背中を押して欲しいってことでいいの?」
「十分すぎるほど押してもらってる気はするけど」
「それはそう。どっちも世話が焼けて困っちゃう」
うだつの上がらない自分に肩を竦めながらも明るい声を作ってみれば、夕鶴はからりと気持ちよく笑った。




