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夜明けが君に届くまで  作者: ちる
第一章
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51話 幼馴染は外堀りを埋める

 学校からの帰り道、児童公園のある通りを避けて少し遠回りをして歩いている。いつもの人気のない住宅街であることには変わりないけれど、道を数本変えれば住人らしき人とも何度かすれ違うことができた。


 小さな子供の手を引いて歩く女性や、わずかに腰をかがめて歩く老人も、落ち着いた品の良さげな装いをしている。自分の描く高級住宅街の住人の想像からそう離れていない姿に、クイズに正解したような気持ちになりながら隣に並ぶ夕鶴ゆづると言葉を交わす。


「――で、朝来あさきはクリスマスどうすんのよ結局!」

「その話すごく既視感。昨日(りゅう)ともした覚えがある……」

「ああそう、流石ね奇遇だわ。テスト期間からはメッセなんてしてないから知らないけど、なんて答えたの」

「いや、誘う気はあったけど」


 今週いっぱい考えて誘う努力をすると竜には言った。

 しかし、昨日のかざりちゃんのことがあって、そんなことをしている場合ではないのではという思いが強くなっていた。


 まつろわぬ神のことも、むしのことも、別に忘れていたわけじゃない。

 現に夜の時間は赫夜かぐやについて回って蟲退治見学とちょっとしたオカルト講義を受けたりもしている。ただちょっと赫夜が強すぎるのと、自分で戦ったときから時間も経ってしまい危機感に欠ける部分があったのは否めない。

 敵の手掛かりはない、武器も来ないという膠着状態の中、距離の近くなった好きな女の子とのあれこれに関心が向くのはしょうがないという気持でいた。


 昨日の一件は、そんな俺の戦いに対する弛んだ意識に氷水をぶっ掛けたようなものだった。


「気はあったって過去形じゃん。この前も膝枕とかしてイチャついてたくせに赫夜のこと捨てるんだ。ふーん」


「人聞きが悪いだろ! 今は戦いもあって、恋愛を考えてる時じゃないかもって思っただけだよ」


「……ちょっと、あたしと飾のせいでその考えに至ったならやめてよ! 迷惑!!」


 顔を顰めて強く不満を吐き捨てる夕鶴の語気の強さに、俺は頭を掻きながら思わずたじろぐ。


「せいじゃなくて、ただ考え直す切っ掛けなだけで。俺なりに真面目に戦う決意を固めようとしてるのに酷くない?」


 戦いの途中……むしろ始まっているかすら怪しいのに、パートナー的存在の女の子にうつつをぬかして好きだなんだと騒いでいるのは駄目なんじゃないだろうか。

 それに告白してみたら、赫夜に今そんなことしてる場合かと引かれる可能性も失念していた。今はただ大人しく目的に集中して、戦いが終わった時に思いを伝えたほうが映画のようで美しい気すらしてくる。

 そこまで考えてから、昨日の竜の言葉をふと思い出す。


 今死ぬか、後で死ぬか。

 ……この戦いが終わったらは古典的な死亡フラグ。


 今言ったらメンタルが死ぬけど、終わってから言うなら物理的に死ぬのか。

 すごいな本当にちゃんと死ぬじゃん。

 昨日から考え疲れて頭が回らないせいなのか、何故か妙に高いテンションで感心してしまった。


 段々と脇道にそれた益体のないことに脳を支配されていると、夕鶴が上げた呆れた声で現実に引き戻される。


「赫夜が朝来に何かの神様を倒して欲しいって言ってるのは知ってるよ。でも、本分は学生って言ってテスト期間は出禁だし、夜も本人は朝方まで帰ってこないのに朝来は早くに帰してるし。どう見ても日常捨ててまで戦えとは赫夜思ってないでしょ。違う?」


「そこはまぁ……赫夜も結構配慮してくれてると思う」

「なら学生の日常に恋愛が含まれてるのって別に普通じゃん?」


 だから問題ないじゃんと軽い口調で、逆に恋愛だけを排除する意味が理解できないと夕鶴なりの見解を述べた。


「でも、戦いって死ぬかもしれないんだぞ。身近に危機を感じるようになったんだし、もっと真面目に取り組まないと……」


「恋愛でも死ぬ時は死ぬよ。現代日本、とんでも霊能バトルより痴情のもつれのほうが圧倒的に死んでると思う。安心して恋愛も真面目に取り組めよ」


 話は滅茶苦茶だが、氷水に負けないくらい冷ややかな視線で刺してくる。


「どっちもなんて、許されんのかな」


「誰が決めんのよそれ。あたしは戦いとやらに真面目に取り組むのはいいと思うけど、そのためとか言って恋愛から逃げるのも違くないって言ってんの」


「逃げ、か……そうなのかな」


 俺としては真面目に考えたつもりだったけど、逃げと言われれば否定しにくい部分があるのは事実だ。

 曖昧な関係を確かめるのを恐れる臆病者に丁度いい、ぬるま湯に浸り続ける理由に飛びついただけなのかもしれない。


「さぁね。あたしも川村かわむら君も色々言うけど、考えるのも決めるのも朝来あさきだし。クリスマスだって、戦いに集中したいから誘わないってはっきり決めたなら良いんじゃないの」


「そうだな。正直まだ迷ってる」

「一度逃げると癖になるぞ! って、うちの学校唯一の熱血体育教師が言ってたよ。その迷ってるが逃げだと思うなら一回当たって砕けてみたら良いじゃん」

「砕けたくないから迷ってるんだが」


 いつもと変わらない声を聞かせて、夕鶴はまっすぐ前を向いたまま俺の背中をポンと軽く叩いた。

 言葉がきつい時が多いが、この幼馴染は本当に優しい。煮えきらずに迷走する俺のことを夕鶴なりに一生懸命考えてくれている。

 夕鶴のくれる優しさや誠意にちゃんと応えないといけないと、単純だけどそう思った。


「ちなみにあたしは二十三日から女四人でパークに連泊行くんで家には居ませーん。このままだとクリスマス赫夜一人だね」


「……は?」


「予定してた子の一人がね、親の都合で年明けまでシンガポール行くんだって。で、家族が許すならたまには泊まりで遊ぼうよって声が掛かったわけ」


 丁寧な所作で両手を合わせて頬の横に添える。

 その仕草の美しさよりもさらっと告げられた内容の方に気が取られて口から変な声が出てしまう。


「それは俺は誘うしかないってこと……?」

「我が家の予定を教えただけだけど?」


 すっとぼけるという表現に相応しい顔をして答える夕鶴に唖然としながら首を向ける。どれだけ念を込めてみても、こちらを向いてはくれそうにない。


 耳の奥に外堀なるものを埋めていく土が落ちていく音が聞こえた気がした。


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