46話 勉強会と友人の恋
冬うららとは言い難い灰色の空の下、来るべき期末試験の後半戦に向けて、日曜日にもかかわらず午前中から竜の家に集まって友人五人で勉強会を行っている。
普段はゲーム三昧の友人達も試験期間は真面目にやるタイプだ。男子高校生が五人も集まると狭苦しく感じる室内には、パラリと紙をめくる音と、紙の上をシャーペンが走る音だけが複数聞こえていた。
「俺さぁ、B組の佐伯と付き合うことになったんだよね」
それまで良い意味で張り詰めていた空気の中、ぽつりと呟かれた言葉に全員の動きが一斉に止まった。
呟いたのは、瀬田 大和。仲間内ではゲームが一番上手く社交的な性格で、ゲームのコミュニティにも積極的に参加しているらしくネット上の友人が多いと聞いている。
「は? 俺らテスト期間ぞ? 何してん?」
突然の報告を聞かされた四人の中で真っ先に口を開いたのは遠野 慎太郎。特徴を挙げるならば、お洒落眼鏡といったところだ。その横で「裏切り者!」と言いたげな表情のまま絶句しているのが、カレー大好き斎藤 翼。
あえて友人達を人に紹介するならばと考えてみたが、俺も含めてそう特徴的な人間というのは居ないので無意味な行いだったかもしれない。
「B組の佐伯……わかった! 放送委員だ。眼鏡の大人しい感じの女子」
「お前よく他のクラスまで覚えてんね」
勢いよく手を打って、件の女子生徒を思い出したらしい竜が若干怖くなって引く。
前に同じ委員だったとか言っているけれど、どうでもいいので瀬田の方に視線を戻した。
「実際には先週の話だったんだけど、学校では言いにくくてさぁ」
「ここまで来たんならテスト終わるまで黙っとれよ。単語飛んだわ」
頭を掻きながら言う瀬田に、慎太郎が眼鏡の奥から鋭い眼光で睨みつける。
「友人の幸せを喜んでくれよ」
「どうりで最近ゲーム中の通話あんま来ないと思った……! 先に言ってよ!」
報告を終えた安堵からか厳しい言葉にもヘラヘラと笑う瀬田に、お弁当カレー斎藤が未だ動揺した様子で食い付く。
「まぁまぁ、喜んでやるから、ここはちゃんと馴れ初めから話せよ」
竜がシャーペンをくるりと指で回して、そのまま手元のノートに書き記しそうな雰囲気で言う。
「馴れ初めって言っても、そんなドラマみたいな話なんかねーよ」
瀬田はわずかに頬を染めて照れくさそうに、くしゃりとまた頭を掻いてから話しはじめた。
「二学期の頭に、昇降口で缶バッジ拾ったんだよ。それが俺も応援してるゲーミングチームのやつでさ。正直そこまで強いチームじゃない上に、うちの学校って一応進学校だしちょっと珍しいと思ったんだよね。そしたら、めちゃくちゃ大人しそうな女子が『それ私のです!』って慌てて話し掛けてきて……そっから話すようになったって感じ」
「……青春ドラマの空気感じてきた」
斎藤と竜がインタビュワーのように机に身を乗り出して話を聞いている。
「で、先週通話繋いでる時に、『好きです!』って言われて、『俺も好きだよ!』って返した! ……以上!」
瀬田は途中で照れが許容値を超えたのか、ざっくりと途中を端折って話を締めた。
「へぇ、あっちからなんか」
「途中を省略しすぎだろ! もっと吐け!」
「う、羨ま死ぬ〜!」
三人が各々の感想を口にする中、瀬田は鞄からお茶のペットボトルを取り出して一気にあおる。
「好きって言ったら付き合うことになんの?」
瀬田の話を聞いて湧き上がったふとした疑問が俺の口をついて出た。
「好きって言って他にどうなると思うんだよ……」
「出た。笹原のお子様発言」
わずかにお茶でむせながら眉をひそめる瀬谷に続けて、机に伏した斎藤が呆れた声を上げる。
「この手の話に食い付いただけ朝来も成長しとる」
「そうそう、友人の成長も喜んでやろうぜ」
慎太郎と竜が二人を宥めるように言うが、俺をフォローしてるのか馬鹿にしてるのかわからない。
服装からして手慣れた雰囲気がある慎太郎と姉が三人居る竜は、俺より遥かにそっちの話に強いだろうが対応には釈然としないものがある。
「そうか、付き合ってくださいとか言わないんだ……」
「そこまで言わなくても伝わるだろ、そんなんはさぁ」
「瀬田と佐伯がわかってれば良いんじゃないの?」
漫画やドラマの世界と現実との違いに愕然としている俺に、瀬田はやれやれと息を吐く。
そこに、瀬田の側に立った斎藤が「たぶんね」とおどけ半分といった様子で口を尖らせた。
「姉ちゃんの大学の話とか聞くと、そこらの男に好きって言いまくって貢がせて、詰められたら付き合うなんて話はしてないって言う女も居るらしいからなぁ」
「さらっとホラー始めんな! まだ冬始まったばっかやぞ」
「流石に佐伯はそんな事ないけど……」
唐突に始まる竜の生々しいホラー話に、肝の冷えた瀬田が弱々しく抗議する。
深淵の話は俺もあまり聞きたくない。
「――けどまぁ、経験上何も言わんでやることやっとくんが一番得なのは間違いない」
「慎太郎の話が一番ホラーじゃん……」
しれっとした顔で恐ろしい話をした慎太郎は、いつか誰かにその高そうなフレームの眼鏡を歪まされる日が来るのではないだろうか。
その恵まれた顔面をもう少し真っ当に活かせばいいのにと、友人だからこそたまに思う。
「あれは悪い見本だぞ」
俺の肩を叩きながらそっと保護者のような耳打ちをする竜に、目を合わせて小さく苦笑いで返した。
「ってことはさー、瀬田はクリスマスは彼女とデートってことでしょ?」
「俺としてはそのつもりだから、誘うのはテスト後かな」
「クリスマスに正月か……またちょっとしたらバレンタインだし、この時期の彼女持ちは忙しいねぇ」
そんなにイベントがあったかと、思わずスマホを取り出してカレンダーを確認してしまう。聞かされたイベントはしっかりと記載されていた。
一ヶ月に一回はイベントが起きるとなると確かに忙しそうだ。
「寂しい俺達もどっかで集まろうぜ! 瀬田抜きで!!」
「ええけど、混んでるとこ行くの嫌や」
「この部屋でよけりゃ貸してやるよ。今年は週末だし、姉貴達は全員泊まりが相場だ」
彼女居ない連合会のにぎやかなクリスマス会の話題がまとまりかけて、会員三名の視線が俺に集まる。
ちらりと竜を見れば、俺の視線を受けて実に楽しげに笑みを深めた。
「……とりあえず、全部試験が終わってからの話じゃないの? 点数悪かったら冬は遊ばせてもらえないだろ。」
俺の言い逃れに親しい一言で、今、自分達が勉強会の真っ最中であると思い出したらしい。「クリスマスどころかお年玉も没収だろうな」と付け加えれば、口々に自分を納得させる言葉を呟きながら一斉に教科書を捲りはじめた。
これまで以上にカリカリとシャーペンがノートを引っ掻く音が、重奏のように小気味よく部屋に響いていた。




