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夜明けが君に届くまで  作者: ちる
第一章
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44話 男子高校生はデート計画がわからない

 つつがなく終わった期末試験二日目の夜が更けていく。

 机の上にそれらしく広げただけの教科書の上に肘をつき、目下最大の関心事について、ひたすらに調べ物をしていた。


「再来週かぁ……何処に連れて行けばいいんだろ……」


 その場の勢いで赫夜かぐやを誘ったのは良いけれど、遊ぶ場所など何もわからない。

 普段は遊びに行くにしても友人達にまかせっきりで、ついて行くばかりだったと気付いてしまった。


 ファミレス、カラオケ、ゲーセン、ショッピング……ノートの端に馴染みの場所を書き連ねてみるが、どれもしっくりとこない。

 その下に、新たな候補として映画と書いた。近場の映画館を軽く検索して上映中の作品一覧に目を通す。

 ざっと見た限りでは、この中に万人受けする話題作はなさそうだ。隠れた名作は大いに存在するだろうが、今回それを期待するのはやめておこう。


 ため息交じりにテーマパークと走り書いてから、あまりお金が掛かる所に行くと俺の分まで払うと言い出しそうなので上から二重線を引いて却下した。


 遊びの計画の引き出しがなさすぎて頭を抱える。

 肩肘を張りすぎているとは自分でも思うけれど、いつもの物騒なあれこれとは関係なく赫夜と出掛けるなんて初めてのことだ。

 一緒にいる間……少しでも楽しんで欲しい。


 赫夜は意外と賑やかな場所が好きみたいだから、落ち着いたカフェや博物館の展示より、観光スポットみたいな場所の方が楽しめたりするだろうか。

 再び検索画面との睨み合いが始まり、サジェストに表示された『デート』の文字に頬がむず痒くなる。

 スマホを握る左手の小指の痕を見つめながら、赫夜の笑顔を思い浮かべた。



 赫夜かぐやとは昨日も今日も会っていない。

 大雨に打たれた試験前日の帰り際、赫夜から試験期間中は蟲退治むしたいじに連れて行かないので家に来るなと言われてしまったのだ。

 大丈夫だと言ってみせたけれど「お前の本分は学業でしょう」と、取り付く島もなかった。


 その話を玄関先でしていたせいで、俺が居ることに気付いて出てきた夕鶴ゆづるが口に手を当てて笑いを堪えていたのがまた悔しい。


 おかげで今夜も俺は、こうして自室で一人過ごしている。

 最近毎日会えていたので、一日会っていないだけで既にちょっと物足りない。


 メッセージも交換してからは毎日送っているものの、返信が来ないと次を送るのは憚られるので、挨拶ついでで一日一往復か二往復といったところだ。

 赫夜は今どうしているだろうかと、締め切ったカーテンに目を向ける。


 久々に、一人で散歩でもしようか……


 もう寝る時間ではあったけれど、行き先の候補もいくつか出てきたところだし、勉強も捗らないしで気分転換をしたくなってきた。

 椅子の上で上半身を捻って、大きくあくびをしてから立ち上がる。靴下を履いて、コートに腕を通しながら階段を降りた。




 家の最寄りの角を曲がった辺りで、コートのポケットで握りしめているスマホが音とともに震える。掛けてきたのは夕鶴だった。

 ここまで遅い時間は珍しい。そういえば昨日は何の連絡も無かったなとも思い出しながら通話を取る。


「――どうかした?」

「やっとテストも二日目終わったし、出禁君元気かなーと思って」


 夕鶴が俺を不名誉な名前で呼ぶ。

 からかわれるのは毎度のことではあるものの、本当に的確に気にしている部分を突いてくる奴だ。


「おかげさまで。夕鶴こそ、試験の方はどうなんだよ」

「最難関は終わったから、まぁなんとか……あれ、あんた外にいんの?」

「そうだけど、わかる? ちょっとコンビニまで散歩」


「なんか外っぽい音するからわかる。いいなーコンビニ、お菓子食べたくなるじゃん。そのままうちまで買って来てよ」


「……無茶を言うな。赫夜に怒られるの俺じゃんそれ」

「口実を作ってあげてるのにな~」


 楽しげに笑いながら無茶振りをする夕鶴にため息で返す。

 二人の家は俺の家からまっすぐ歩けば学校に行くのとさほど変わらない距離なので、実際に行こうと思えば行けてしまう。だからこそ、冗談だとはわかっていても、そういう誘惑はしないでほしい。


「……そう言えば明日は日曜だけど、朝来あさきうち来ないの?」


「一応試験期間中だし、行く話にはなってないかな。もともと明日は、りゅうとか学校の奴らと一緒に恒例の勉強会する予定なんだよ」


「勉強会とか真面目なことするじゃん」

「俺がって言うか、他の奴らがだけどな」

「……ちょっと残念。朝来に教えて貰ったとこ結構できたから、後半も使いたかったのにな」

「その表現は国語赤点だと思うけど、それほど役に立ったなら何よりだよ」


 夕飯を食べさせて貰っていた分には足りないが、多少は返せるものがあったようで良かった。



「うち来るようになってさ、赫夜とはどう? ……出禁されてるようじゃ望み薄って感じ?」

「そこは俺に聞くなよ。今度出掛ける約束はしたから、全く可能性が無いってことは……無いはず……多分」


 ……キスもしたし、とは流石に言えない。

 思い出したら落ち着かなくなって、外気で冷えているはずの、内側ばかり熱くなった耳の先に手で触れる。


「ふーん、朝来にしてはやるじゃん! クリスマスデートってことね!」

「……へ?」

「は……?」


 耳慣れない単語に思わず歩みを止めてしまった。

 夕鶴と俺との間に、しばしの沈黙が流れる。



「――違うの?! この時期に押さえるべき予定日なんてクリスマスしかないじゃん! イブでも当日でもないその反応は何? いつの約束をしたわけ?!」


 通話越しに大音量で捲し立てられて、耳を少し離す。

 言われてみれば今は十二月だ。家族でケーキを囲む歳でもなくなったので、クリスマスなんてイベントはすっかり頭から抜けていた。


「……その一週間前」

「さっきの言葉は無かったことにする……やっぱあんた駄目だわ」


 愕然とした様子が目に浮かぶような声で言われてしまう。


「最初からクリスマスは……こう、重たいだろ」

「素直に忘れてましたと言え」

「……忘れてました」

「ばーかばーか」


 夕鶴がぱっと浮かんだ下手な言い訳など流してくれるはずもなく、自分のイベントごととの縁遠さを認めさせられた。


「別に必ずしもイベントごとに参加しなきゃいけないわけじゃないし……」


 小学生みたいに罵られたことで、悔し紛れに呟きをもらす。


「あっそ、それはそれで良いんじゃない? 個人の自由だし。――でも、赫夜は季節のイベント好きだよ。朝来がそういうタイプなら相性悪いかもね!」


「……え?!」


 夕鶴の口から出た新事実に驚いて、夜の住宅街だというのに大きな声を上げてしまう。スマホが手のひらから滑り落ちそうになった。

 先日の話も思い返せば、学校の定期試験すら羨ましげにしていたあたり納得できなくはない。

 そうか、イベント好きなのか……


「クリスマスは赫夜が家に居るって前提でホールケーキ予約しようかな~」


 ぼやきにも煽りにも取れる夕鶴の言葉に、小さく唸ることしかできなかった。

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