40話 天使とチョコといちごキャンディ
夕鶴との待ち合わせの間、コンビニのお菓子売り場を物色していた。
俺自身は普段そこまで菓子類をつまんだりはしないけれど、カラフルなパッケージが並んでいるのを見ると童心が疼くし、時々パンチの効きすぎた新商品があったりもして眺めているだけでも面白い。
時々無性に食べたくなるポテトチップスのコーナーは素通りして、グミやキャンディ、チョコレートの小袋が並んだ棚の前に来た。
「イメージ的にはやっぱり甘いものだよな」
何故こんなことをしているのかと言えば、この後の行き道で今日も会うであろう飾ちゃんに渡してみようと考えているからだ。
悪い子ではなさそうだし、当面様子を見ると決めたからにはもう少し良好な関係でありたい。見た目小さな子供に怯えられるのは心が痛むというのもある。
お菓子で釣ろうとしているのが不審者情報のおっさんと同じな気がしてしまうが、他にどうして良いのかわからないので仕方がない。
フックに吊るされた小袋の中からいくつか候補を考えていると、下の段に平置きされたキャンディの袋が目に入る。
白地にいちごの模様が散りばめられた袋にはシンプルな商品名が大きく印字されていた。
子供の頃、祖父母と暮らした家に常備されていたお菓子の一つだ。
一枚の包装紙を両脇でこよる、キャンディのイラストとしてはよく見かけるが近年実物はあまり見ない特徴的なそれ。近所のスーパーではたまに見かけたが、コンビニでは初めて見た。目新しい商品ではないし、この店は普段寄らないので気付かなかったがオーナーの趣味かもしれない。
懐かしさからつい手に取ってしまう。
飾ちゃんへの貢ぎ物は冬らしい雪の結晶が描かれたチョコレートの小袋に決めてレジへ向かった。
合流した夕鶴と雑談を交わしながら、昨日と同じ道を歩く。
薄曇りの住宅街は、やはり驚くほどに静かで人の姿がない。
おかしな地域だと、比較的新しそうな住宅に置かれた北欧風の深緑色をした宅配ボックスを眺めながら通り過ぎた。
狭いばかりでろくな遊具もない児童公園へ足を踏み入れると、入り口の横手に置かれたベンチに座って足を交互に揺らしている少女が顔を上げる。
「夕鶴、おかえりなさい!」
「ただいま飾!」
ぴょんと勢いよくベンチから飛び降りて夕鶴の腕に抱きついた。
夕鶴に頭をわしわしと強めに撫でられながら、嬉しそうに声を上げて笑う。
「飾ちゃん、こんにちは」
「……朝来くんも、おかえりなさい」
「あ、うん。ただいま」
夕鶴の腕に顔を半分埋めつつ、ちらりと俺の方を見上げて挨拶してくれた。
同じ挨拶を返すと嬉しそうに頬を緩ませる姿は小動物みたいで可愛らしい。
挨拶を終えると、二人は和やかに今日あった出来事などを話しはじめた。
飾ちゃんが夕鶴を質問攻めにしてるような形だが、なんとも仲睦まじく楽しそうだ。
ただ、時々聞き返されて答えている飾ちゃんの学校の話なんかはきっと嘘なんだろう。
あんなに楽しげに嘘を語る飾ちゃんにも悲しさを感じるし、半分騙されている夕鶴を思うと複雑だ。
それでもこの瞬間はこんなにも穏やかで優しいから、このまま続いたら良いと見守りながら思った。
「――ねぇ飾、明日から来週の火曜日まで、あたし達学校でテストがあっていつもと帰る時間違うから、飾はまっすぐ家に帰りなね。次は水曜日に会おう!」
「えぇ~! それじゃあ、朝来くんも?!」
「そうだね。学校は違うけど同じ日にあるから」
大きなたれ目の目尻を更に下げて、悲しげな声を上げた。
会話は俺とはほぼしなかったのに、残念の内に名前を上げてくれたのは少し気を許された感じがあって嬉しく思った。
「飾ちゃん、ちょっといいかな」
今なら渡せるような気がしたので、飾ちゃんの前で屈み込む。
不思議そうに俺を見上げる飾ちゃんの目の前に、鞄から取り出したコンビニで買ったチョコレートの小袋を差し出す。
「チョコレートは好き? 良かったら後で食べて」
「ありがとう……いいの?」
大きな瞳をさらに丸くきらめかせて、飾ちゃんはそっと両手を伸ばしてチョコレートを受け取ってくれた。
「もちろん。これ、実は仲良くして貰えないかなと思って買ったやつだから」
「なにそれ! でも嬉しいな。チョコレート好きなんだ!」
「じゃあ良かった」
飾ちゃんはあからさまに嬉しそうな笑顔を見せて、チョコレートの小袋を両手で抱えるように抱きしめる。
こうまで目に見えて喜んでもらえると、また渡したいような気持ちが湧く。
餌付けというのは自分がしているようで、させられているものなのかもしれない。
「今度は朝来くんのお話も聞かせてね」
「次を楽しみにしてるよ」
次は話そうとまで言ってくれるようになるとは、お菓子の力は偉大だ。
児童公園を出て飾ちゃんと別れてすぐに、夕鶴は横から呆れた視線を送りながら俺の鞄を肘で小突く。
「おい、朝来は物で女の子釣ろうとすんな」
「こんなに効果があるとは思わなかった。びっくりしたから夕鶴にもこれをやろう」
不審者のように幼げな女の子にお菓子を配った俺をたしなめる夕鶴に、自分用に買ったいちご柄のキャンディを袋からいくつか取り出してぱらぱらと手のひらに乗せる。
「なにこれ可愛いね。あたしのことも買収しようって?」
「なんでだよ! 普通のおすそ分けだろ。せめて日頃の感謝の気持ってことにしとけ」
「それには安すぎるわ」
「夕鶴はこれだから……」
俺も夕鶴に呆れを籠めた半眼を返しておいた。
二度目でも慣れない高級なエントランスを抜け、コンシェルジュの人に頭を下げつつ夕鶴について部屋へと向かう。
濃い灰色の玄関ドアを開けてもらうと、中にはやはり赫夜が待っていた。
「おかえり、夕鶴」
「赫夜、ただいま」
二人の抱擁を眺めつつ、お邪魔しますと声を掛けて広い玄関を横から上がる。
日課らしき抱擁を終えた夕鶴がすぐ手前の自室に消えると、赫夜は俺の前髪を撫でながら挨拶をした。
「いらっしゃい朝来」
「先に上がらせてもらってる」
額に触れる指先にこそばゆさを感じて頬が緩む。
今日も顔を見られた。話ができた。それだけのことに胸が跳ね上がった。
赫夜は、スマホの中にある写真と同じふわふわと暖かそうな白い部屋着を着ている。
初めて見るはずが自分にとっては馴染みのある格好となっていて、何だか変な感じがした。
「二人はリビングで勉強でしょう?」
「そうだね、今日も夕飯まで机貸してもらおうかな」
「かまわないよ。今日の夕飯当番は夕鶴だし、私も時間まで部屋にいるね」
赫夜は顔の下で小さく手を振って挨拶を終えると、くるりと背を向けてしまう。
そのまま部屋へ消えようとする背中を呼び止める。
「赫夜は来ないの?」
「行っても勉強の役には立たないと思うけど」
役に立つとか立たないとか、そういう話ではない。ただ折角家に来たのに、一緒に過ごせないのは少し寂しいと感じるだけだ。
この気持ちが伝わっているとしても、照れが強くて口では上手く言えずに目が泳ぐ。
「一緒に居てくれると嬉しいというか。横に居てくれたら……ほら、俺達がちゃんと勉強しているかの監視みたいな」
「変なことを言うね。普通は監視されたらやりにくいと思うんだけど」
「必要なときもあるんだよ」
肩を竦めて困惑をあらわす赫夜に、自分でも雑だと感じる論を押し付ける。
「……それじゃあ、監視が必要らしいから行くよ」
赫夜は困り眉のまま、小さく吹き出すように笑う。
笑いながらまた、俺の額をぽすぽすと軽く叩くように撫でる。
見上げる瞳はやはり、しょうがないなと言っているように感じた。
「あ、そうだ赫夜! ちょっと待って」
リビングへ向けて歩き出す赫夜に後ろから声を掛ける。
振り向いて、再び呼び止められたことに小首をかしげる赫夜の手を取って、鞄から取り出したキャンディを一つ手のひらに載せた。
「飴玉……?」
手のひらの上の、いちご柄の包装紙を不思議そうにしげしげと眺めている。
「これ、俺の好きなキャンディなんだ。赫夜も食べてみてよ」
「朝来の好きな飴……そうなんだ。可愛らしいね。ありがとう」
赫夜はキャンディを両手で包むように握りしめて、あどけない笑顔を見せた。
夕飯までの時間、俺と夕鶴と赫夜の三人はリビングで過ごした。
十分に一回は問題が解けないと赫夜に泣きつく夕鶴と、腰に縋り付く夕鶴に困った顔をしてなだめる赫夜が面白い。
教科書に向かいながらも時々隣を見れば、俺達を見て穏やかに慈しむような微笑みを浮かべる赫夜がいて。そわそわと嬉しくなるばかりで集中なんて当然できるわけなかった。




