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夜明けが君に届くまで  作者: ちる
第一章
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4話 月のお姫様は可能性にチャレンジしたい

「ねぇ、さっきは聞きそびれていたけど、私の夢は何歳頃から見ていたんだろう?」


 俺からの質問が止むと、順番を待っていたかのように赫夜かぐやがまた夢について尋ねてきた。


「物心ついた頃にはって感じだったから、どうだったかな。細かい年齢まではちょっと覚えてないな」


「そう、じゃあ頻度は? 何度もって言ってたけど、具体的にどれくらい?」

「……えっと、いっ……二週に一度くらい」


 赫夜は妙に細かいところまで聞いてくる。

 割と頻繁な気がするので、恥ずかしくて日数を盛ってしまった。


「そうなんだ、結構多いね」


 ばっさりと言われてしまう。


 そうだな、多いよな。

 これでも盛ったんだけどな……と、目を閉じて恥ずかしさに耐えた。



「うーん……でもそれだけ頻繁なら可能性があるかもしれない。ちょっと試させてね」


 赫夜は急に何かを思いついたようにそう言うと、胸の前で握っていた俺の手を更に顔の前まで引き寄せて、その手の甲に軽くキスを落とした。


「赫夜?!」


 まったく脈絡のない赫夜の行動に驚き、上ずった声が出る。


「待って、何でそんな……」


 抗えない力で拘束されているわけでもないのに、自分から手を引くことができなかった。

 俺の反応を確かめるかのように見つめる蜜色の瞳には、どこか蠱惑的な光が宿っていると感じてしまう。


朝来あさきが私の名を呼んでくれた時、嬉しかったよ。こちらが一方的に知ってるだけだと思ってたから、何だかくすぐったいような……変な気分」


 突然の出来事に平静を保とうと必死に自分を律しているのに、「朝来が」とわざわざ名前を出されると、どうしたって意識が向く。

 じわじわと身体の内側から焦げ付くような熱さが広がって落ち着かない。赫夜の手にキスをするなんて艶めいた行為も相まって尚更だ。


「赫夜、あの、そろそろ手を離してくれないかな」


 俺の視線が自身の唇と押し当てられた手の甲に注がれているのに気付いた赫夜は、けれど止めようという気は無さそうに、理由らしき難解な話を教えてくれた。


「これは、接触による記憶の想起を試してるの。元々、輪廻を経た魂が記憶を保持しているとは思っていなかったけど、記憶の残滓が夢としてお前に影響を及ぼしているみたいだから。……ねえ、約束のこととか思い出せそう?」


 どうかな? と付け足された言葉の後、また一度、同じ場所に唇が触れる感触がした。

 なんて表情をするんだろう……その仕草も、あまりにもきれいすぎて思わず息を呑む。


 言われた言葉なんて、とうに耳には入っていない。

 ただ目の前の赫夜に見惚れていた。



+++



 何も変化がないと思ったのか、赫夜はゆっくりと握っていた手を離してから数歩後ろに下がった。

 その顔には、今さっきまでの蠱惑的な雰囲気などまるで感じられない穏やかな笑みが浮かんでいる。


「もしかしたらと思ったけど、やっぱり駄目みたいだね」

「駄目とはどういう……?」

「何も思い出せなかったんでしょう?」


 言われると、先ほどまでの行為の衝撃が強すぎて頭がくらくらしているだけだ。

 思い出すも何もない。今感じているのも手が離れたことが寂しいくらいだった。


 回らない頭のせいで迂闊なことを言い出さないように、もう片方の手で口元を軽く押さえた。



「……まつ何たらを倒す。だっけ? ごめん、冗談にしか聞こえないし、赫夜の言ってる約束とか全然思い出せない」


「まつろわぬ神。まぁ、謝ることじゃないよ。もう随分と昔の話だし、どうせ会ったら最初から説明するつもりだったからね」


 なんともあっさりした返答が返ってくる。

 これまで話していた様子から、物騒な単語が含まれた約束とやらは赫夜にとって大事なんだろうと感じたのに。

 


「ちなみに、赫夜と約束した昔っていつの話? 心当たりなくて」


 昔と聞いて子供の頃の話かとも思ったけど、さっきの会話からお互いに直接会ったことはないのは確定している。

 なら、赫夜の言う大分前って一体いつの話なんだろう。


 俺が首を捻りながら問うと、赫夜は視線を宙に浮かせ口元に左手を添えて考えるような仕草をする。


「大体、千年前ってところかな」

「千年?!」


 思わず大きな声が出てしまった。

 昔が過ぎる。


「さっきの話をもう少し詳しく言うとね、私はその千年前に、お前と同じ魂を持つ人間……前世って言うとわかりやすいのかな? そいつと『共にまつろわぬ神を倒す』という約束をした。だから、約束を果たすために、千年経って新たに生まれた朝来を探し出して、これまで時々遠くから様子を見ていたってこと」


 まさか、前世なんて単語が出てくるとは思わなかった。

 赫夜が人間ではないのだから、昔と言われたらそういう可能性もあるか……と納得する部分もあるものの、急に言われてもあまりピンとは来ない話だ。



「前世かぁ……」

「そう、前世」


 壮大な話になってきたなぁと、思わず他人事のように暗い空を仰いでしまう。



「――で、こうやってざっくりと伝えても信じがたいでしょう? だから、元々近いうちにちゃんとした形で会って説明するつもりではあったんだけど……まさか、その前にこんな路地裏で会うとは思わないじゃない」


 赫夜はそう言って、形の良い眉を下げ、落ち込んだように少し肩を落とす。

 今日の出会いは赫夜の意図しないものであるらしい。


「俺が戦ってるのを見て来たわけじゃないんだ?」

「様子を見るのは年に数回くらいだって言ったでしょう。そんなに細かく行動を把握なんてしてないよ」


「普通に話しかけてきたから……」

「挨拶は大事じゃないの? それに、ここ一本道だし声を掛けないわけにもいかないもの」


 やや不服といった様子でそう返してくる。

 おかしなところで律儀というかなんというか。


「本当にね、今日は偶然だよ」


 偶然という言葉を強調しながら、赫夜は決まりの悪そうな顔のまま薄く笑った。

 


「それで、約束の詳細についてなんだけど。少し話が長くなるから、また日を改めて会いに行ってもいいかな……?」


 今日の予定外の初対面が赫夜的にはだいぶ気まずいらしく、控え目に仕切り直しの提案をしてきた。

 薄く頬を染めて伏し目がちにもごもごと言い淀むさまからは、人間味というか親しみやすさが感じられて愛らしい。


「うん、もちろん」


 反射的に即答してしまったが、難解な話からは現時点で置いてけぼりだったので、また聞いたところで理解できるかはあやしい。

 けど、赫夜にああして会いに行くと言われたら頷いてしまうのは仕方がない。


 俺の返事を聞いて、良かったと胸を撫で下ろすように笑う赫夜はやっぱり可愛かった。



+++



「そうだ、私が話しかける前に救急車呼んでいたよね。そろそろ来るんじゃないかな? 私はもう離れるけど、お前は離れるなり残るなり好きにするといいよ」


 赫夜は俺の後ろで倒れたままの店員へと視線を落として言った。

 どうやら、俺がもたもたと言い訳を考えていた所はしっかりと見られていたらしい。


 赫夜はこの場に残る意思はないようだけど、俺は自分で救急車を呼んだ手前、やはり多少の説明や店員が病院へ無事運ばれる姿を見届けるくらいはしようと思った。


「ありがとう。俺はこの人のこと放っておけないし、ここに残っとくよ」

「うん。わかった」


 話がまとまったと判断したらしい赫夜は、路地の入り口方向へと身を翻す。



「今度会う時にはプレゼントも用意していくから。――それじゃあ、またね」


 肩越しに俺へと視線を送り、それだけ言うと瞬く間にその場から姿を消していた。


 すぐ手の届く距離に居たはずなのに、姿も気配も、どこにもない。



「消えた……?」


 もしかして、瞬間移動ってやつなんだろうか。

 赫夜はやっぱり人間じゃないんだ、ということをはっきり実感させられた気がする。


 それにしたって、人じゃないとそこまでできるものなのか。ただひたすらに非常識な展開に驚くばかりだ。


 ふと足元を見ると、さっきまで赫夜が立っていた場所に美しい金色の羽根が一枚だけ落ちている。

 俺が拾おうと手を伸ばすと、触れる前に光の粒となって風に吹かれていった。

 ひらひらと舞うような光の粒を目で追って、溶けて消えた先の景色をしばらく見つめていた。


「次はって、どうやって会えばいいんだ?」


 そう言えば、連絡先の交換だってしていない。


 ぼんやりと首を捻りながら考えていると、通りの方から救急車のサイレンが次第に大きく聞こえてきた。

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