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夜明けが君に届くまで  作者: ちる
第一章
38/89

38話 月のお姫様と二度目の✕✕

「今日は初日だし、冷えてきたからもう帰ろうか」


 俺が照れと葛藤で黙りこくっていると、赫夜が優しい声で言いながら、繋いでいる方とは別の手で赤くなっているであろう頬を撫でる。

 その感触で更に内側から熱が集まってくるのだと、わかってやっているのだろうか。

 どちらにせよ、こうして撫でられることの心地よさを知ってしまった後では、もっと撫でて甘やかされたいと感じてしまうだけの駄目な男でしかない。


「……赫夜かぐや、あのさ。ちょっと聞いてもいいかな」

「どうしたの? 何か気になる部分があった?」


 親指で目の下をなぞる赫夜の瞳をまっすぐに見た。


 夕飯の前、赫夜の部屋でキスをした時から感じていた違和感と疑問について。当人に聞くのは恐ろしいけれど、一人でずっと考えていても仕方がない。

 解散になる前に確かめなくてはと口を開く。


「もしかして、赫夜って……俺の心読んでたりしない?」

「読んでいるというか、時折、近くに居ると私に向けた思念を感じたりはする」


 平然とした口調で答えられて、思わず一歩後退り、衝撃に目を見開く。

 実際そこまであっさり肯定されるとは思わなくて、混乱と羞恥心で耳まで熱くなってくる。


「え、本当にそうなのかよ?! 思念って何?!」


「触れたいとか、優しくして欲しいとか、撫でて欲しいとか……くちづけがしたいとか」


 思案顔で斜め上へと視線を動かし、数えるように俺のやましい考えを上げていく。

 並べられた内容に心当たりが無いわけがなくて、胃がキリキリと痛んだ。


「そんな思念とか聞かなくて良いって……!」


 俺の動揺から出た非難めいた声に、赫夜は少し不満げに眉をひそめた。


「ずっとなんか聞かないよ。でもね、至近距離で自分に向けられた強い思念は勝手に聞こえてくるの! 仕方ないじゃない」


 小さく頬を膨らませる赫夜の反論に、うっと言葉に詰まる。

 確かにそうだろう。それを聞くと赫屋は別に悪くない……当然悪くはないんだけど。


 だだ漏れだった俺の赫夜への気持ちを、赫夜はどう思ってたんだろう。

 考え出すと、とにかくそわそわと落ち着かず、気まずさと恥ずかしさが消えない。


 夕鶴ゆづるりゅうにも俺は考えていることが顔に出やすいとは言われたけれど、そもそも顔色の問題ですら無かったという。


 心の落とし所を探して狼狽えていると、これまで下から俺の顔を窺うように覗き込んでいた赫夜が視線を逸らしてぽつりと呟く。


「くちづけがしたいって、今までで一番声が大きかった……でも寝起きだったから、聞き間違えていたかもしれない。私とするのが嫌だったなら謝る」

「嫌じゃない!」


 だいぶ心が打ちのめされていたが、赫夜とのキスが嫌だったかと問われれは反射的に否定の言葉が出る。驚きはしたけれど、嫌なんて事はあるわけない。


「……なら良いけど」



 しばしの沈黙のあと、耳を疑うような台詞が聞こえた。


「もう一回する?」

「こら!!」


 またも反射的に声を上げてしまう。

 俺を見上げる赫夜は、眉を下げながら脳内に疑問符を並べたような表情をしている。


「なんで? して欲しいんじゃないの?」

「……したいけどさ!」


 バレバレの欲求は今更取り繕いようもないが、俺は何を言わされているんだろう。

 するって言ったら本当にするんだろうか。ぐるぐると渦のように忙しく思考が回る。


 ここで? 今から?


 赫夜が嫌じゃないなら良いのではないかと気持ちが傾きつつも、もっと踏むべき段階があるだろうとか、即物的すぎるのではないかと心の中で自分を叱責した。


「だって、それはなんか……間違ってるだろ」

「うそ! やり方は間違ってなかったはずだよ!」


 今度は赫夜が、俺の呟きに反射的に食って掛かってくる。

 瞳を大きく見開いた赫夜は、驚いているようにも、焦っているようにも見えた。

 言っている言葉にもどこか引っかかりを覚えてしまい問い返す。


「やり方の違いって何の話だよ」

「何の話って、朝来あさきが『間違ってる』って言ったじゃない」


 首を傾げて困惑した様子の赫夜かぐやに、言葉の取り違えが発生しているのだろうと何となく理解できた。

 けれど、そうなると赫夜が言っているのはまるで――


「赫夜、もしかしてキスしたことない?」

「……実践したことがなかっただけで、知識はあるつもりだけど」


 俺の呆けた声に、赫夜は小さく頬を膨らませて尖ったような口調で答える。



「千年以上生きてるのに……」


 赫夜はこれだけの美人なのだ。長い年月生きているし、恋人だった相手なんて何人居てもおかしくはない。そんな事があるものだろうか、という疑念が言葉の端に出てしまう。


 赫夜の白い頬が、一瞬で真っ赤に染まった。


「何年生きてたって……初めてのことくらいはあるよ」


 蜜色の瞳を大きくして、唇をきつく結んで羞恥に耐えるように震えている。

 繋ぎっぱなしの手の先までもかすかに震えているので、赫夜が本当に恥じらっているのだというのが伝わってきた。


 今までにない反応の可愛さとくだらない独占欲をくすぐる言葉に、こらえきれずに口元が緩む。

 照れを感じるべきポイントが何かズレているような気がするけれど、そこすら可愛いと思える自分にも少し笑ってしまった。


「そっか、赫夜はキスしたことなかったんだ」

「朝来、私のこと馬鹿にしてるでしょう」

 じとりと俺を睨みあげる。赫夜の恥ずかしさに震えた声は弱々しくて、真っ赤な頬をつついてやりたい衝動に駆られてしまう。

 こうして考えているのも全部伝わっていそうだけど、この状況で何も思わないなんて無理な話だ。


「そんなことない、馬鹿になんかしてない」

「疑わしいよ。顔が笑ってるもの」

「……まぁ、ちょっと意外だとは思ったけど」


「仕方ないじゃない。これまで生きてきて多少は人と関わってきたけど、私にくちづけして欲しいなんて考える物好きはお前くらいだよ」


「俺だけなんだ……」 

「そうだよ。お前だけだよ」


 話している間に抑えが効かなくなってきて、そっと赫夜の赤く染まる頬をつついた。

 赫夜は伸ばした手に視線を向けはするものの、避けたり顔をしかめたりはしなかった。

 滑らかな肌の感触を指の腹で堪能する。ふにふにとした柔らかさが気持ちいい。

 調子に乗って耳の付け根へ撫でるように動かすと、くすぐったそうにして身を捩る。


「朝来、またして欲しいって思ってる……ちょっとうるさい」


 赫夜は頬に強く恥じらいの色を残したまま、困ったように微笑む。


「ええと、それは……ごめんなさい」


「もう一回、する?」


 ……駄目だろう、それは。

 それは駄目だと何度も心で繰り返す。

 いけないことだと心の奥で警報が鳴っているのに、抗いがたい感情に流されてブレーキが馬鹿になる。


 甘やかに細められた蜜色の瞳が段々と近づくのが見えて、わかりきった言葉を紡ぐのを止め、ゆっくりと目蓋を閉じた。


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