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夜明けが君に届くまで  作者: ちる
第一章
22/89

22話 月のお姫様との前世の男

 あれから少しだけ個室の空気が重い……ような気がしている。

 なんとなく振った職業の話題が地雷だとは思わなかった。


 女の子との会話って難しい。



 赫夜かぐやは、見た感じはいつも通りの穏やかな表情で肉を黙々と焼いて食べている。

 新しい肉を笑顔で渡してくれるし、話しかければ普通に返してくれるのだが、「おいしいよ」と「よかった」以外の会話がほぼ無くなってしまった。


 火に脂の落ちる音だけが個室に響く。

 非常に気まずい。

 ただでさえ座っているだけでも落ち着かないような高級店なので、俺にできるのは肩を丸めて小さくなるだけだ。


 個室の中を見渡してみても、板張りのシンプルな室内には会話の取っ掛かりになりそうなほどの珍しい装飾品は置かれていない。


 なんでもいい、この微妙な空気を打破できる話題はないだろうか。




「――そうだ! 昔の、前世の俺ってどんなやつだった?」


 いつの間にか彼方に忘れ去っていた人物を思い出し、これだ! と口に出してみる。

 夕鶴ゆづるも居るとどうあっても蚊帳の外にしてしまう話題なだけに、二人きりの今こそ優先して聞くべき話に思えた。


「また、急だね」


 赫夜は目を丸くして箸を止める。


「だってほら、まつろわぬ神を封印したって事と、千年後に倒すって赫夜と約束をしたって話しか聞いてないからさ」

「それ以外の話って必要かな?」


 忘れてた俺が言えた義理じゃないかもしれないが、要る要らないで言えば間違いなく要る話だろう。

 赫夜は説明が足りなすぎる。

 頭が痛くなるという感覚を理解して視線を宙に投げた。



「一応、今の状況を作った張本人なわけで。俺はなんにも覚えてないし……人となりくらいは聞いてみたいかなって」


 夢で見ていた赫夜は前世の記憶なんだろうけど、自分への認識はただの視点でしかなかった。

 移ろう景色から想像できたのは、赫夜と一緒に旅でもしていたのだろうことだけだ。

 赫夜にとって当時の自分はどういう存在だったのか。考えると少しだけ喉が狭くなった気がした。




「どんな奴……と言われると、無愛想なくせに口うるさい男だったよ」


 ナプキンの端を持ち上げて口を拭ってから、思案するように言う。

 赫夜の口から出てきた俺の前世にあたる男への評価は、なかなかに辛辣だった。


 「あれ……もしかして仲悪い……?」


 また聞いてはいけない話を聞いたのかもしれないと内心で冷や汗をかく。


「どうかな? 別に悪くはないんじゃないかな。良好とも言い難いけど」

「どういうことなんだ……」


 あまりにも予想外な話に困惑して、こめかみを指の腹で押さえた。


 千年も掛けて約束を果たそうという相手なら、普通もっとこう、特別な存在だったりしないのだろうか?


「恋人とか、そういうんじゃないの?」

「えぇ…? なにそれ」


 俺の疑問に、赫夜は露骨に顔をしかめた。

 赫夜が会った時から俺に優しかったのは、そういう事情だとばかり思ってたんだけど……


 『千年前の約束』というものに抱いていた淡い何かが、粉々に砕け散った気がする。


「そこまで嫌がらなくても……」

「だって、あいつは人の一挙手一投足に文句ばかり言って、怒って……何度胸ぐらを掴まれたことだろう」


 あぁ恐ろしかったと、赫夜は両手を広げて大袈裟に嘆いてみせた。


 俺からすれば赫夜の胸ぐらを掴むという状況が考えられないので、前世の自分の話のはずなのにまったく二人の関係性が想像できなかった。



「他には……そうだ、名前とか?」

「そんなに気になるの?」

「聞いてるうちに何か思い出したら役に立つかもしれないし?」


 あとは単純に、前世なんてファンタジーな話が面白そうで興味をそそられるからだ。

 先ほどので既に半分くらい聞いたことを後悔しているけれど、知りたい気持ちのほうがまだ強い。


 赫夜はすぐには言葉を返さず、俺の目をじっと見据えた。

 それからゆっくりと口を開く。


「お前の前世にあたる人物は、名を鞘守さやもりという修験者しゅげんじゃの男だ」


 前世の名前を聞いて何かを思い出す、ということは無さそうだ。

 変わった名前だと感じるだけで、聞き覚えもまるでない。


「しゅげんじゃって何?」

「修験者っていうのは、山へ籠もって厳しい修行を行うことで己の心身を高め内なる真理を探究したり世界の和合を求めたり……そんな感じの人達だよ」


 聞き慣れない単語に首をひねる俺に、赫夜かぐやは細かくも大雑把な説明をしてくれる。

 ざっくりとした話だけどね、と人差し指を振って念を押すように言われた。



「鞘守はなんていうか、人助けが好きというか使命感が服を着て歩いている感じというか……そういう類いの人間でね。『力を持つ者として、その力は万人のために使うべし』などと常々言っていた堅物だった」


「それはまた、俺とは……結構違うね。人には言えない力だと思ってたし、考えたこともないな」

「性格はそうだろうね。生まれ変わったんだもの、そんなものでしょう」


 時代柄などもあるのかもしれないけれど、厳しい修行に明け暮れながら人助けに使命感を燃やしているなんて、聞く限りはとても真面目そうな人物だ。


 はたしてそんな人間が赫夜みたいな女の子の胸ぐらを掴むのか? という疑問はあるけれど、真相はわからないほうが良いような気もしている。



「……性格はって、もしかして顔は似てる?」

「面差しは似ている。鞘守に子はいなかったから、おそらくだけど兄弟の血筋ではないかな」

「へぇ、生まれ変わりって見た目も何もかも違うってイメージだった」

「受け継ぐ力が大きい分、条件の近い肉体に宿るということなのかもしれないね」


 現時点で実感が無さすぎて親近感も何もわかない前世の男と、外見が似ているというのは驚きの事実だった。


 鏡がないので確認できないが、つい自分の顔を確かめるように両手で触れる。


「なんか変な感じだな。そんなに似てるなら赫夜は話してて混乱したりしないの?」


 同じように嫌がられても困るが、赫夜はどう捉えているんだろうか。


「お前のほうが可愛いよ」

「えぇ……?」


 にこりと笑いながら言い放つ赫夜の言葉には、どうも素直に喜べない。

 ただの当てつけのような気もする。


「それ、もし俺が昔の事思い出したらどうするの。中身まで似てくるかもよ」


 わざとらしく肩を竦めてみせると、赫夜は困ったように眉尻を下げた。


「えぇ、嫌だなぁ。あいつは手練れだったから、戦いの面では思い出してくれた方が色々手間が省けるとは思ってたけど……それは嫌だなぁ」


 今、二回も嫌だって言ったな……


「なんかこう、良い思い出とかはないの?」


 流石に鞘守が可哀想になってくる。


「あいつは基本的に真面目だし、さして面白い話はないんだけど」

「けど?」


 そこで終わってしまいそうな話を、なんとか次に繋ごうと語尾を繰り返す。

 一つくらいあってくれと、ささやかに祈った。



「鞘守は私の最初の契約者だったし、名付け親とも言えるだろうね」

「そうなの?!」


 飛び出した話の重要さに、思わず卓に両手をついて前のめりに腰を浮かせる。


「そうだよ。契約したあとに呼び名がないと不便だからって。呼ばれ慣れてしまって、以来ずっと使ってる」

「なるほど……」


 驚きすぎて、簡単な言葉しか出てこなかった。

 呆然と口を開ける俺の顔を見て、赫夜は小さく笑みをもらした。




「鞘守との契約は世の人々のために力を貸すことだったのに、あいつは私に名を与えて人としての振る舞いを求めた。私に人の真似事をさせて、何がしたいのかと思っていたよ」


 赫夜は自分の首筋近くの短い毛先を指で軽く触れながら、懐かしむように語る。


「……続けてみると、今はそれも楽しいけどね」


 これまで散々な言い草とは違う、親しみの滲んだ声色だった。



 卓の上に身を乗り出すように聞いていた俺は、赫夜に危ないと軽く叱られて慌てて座り直す。

 空いた皿を目で数えて、焼くべき肉の無くなった焼き器の栓を捻った。



 自分で聞いておきながら、なんとも形容し難い気分になっていた。

 赫夜に名前をつけたのが鞘守で、その事実に驚いて、けれど納得する部分もあって。

 なのに、どうしてあんまり嬉しくないんだろう。


 上手く言えない嫌な物思いを赫夜には悟られたくなくて、卓の上に頬杖をついて、曲がってしまう口の端を手のひらで覆い隠した。


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