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夜明けが君に届くまで  作者: ちる
第一章
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18話 月のお姫様と男子高校生の新しい繋がり

赫夜かぐや、もう大丈夫だから」


 髪に触れていた赫夜の指の感触を少しばかり名残惜しく感じながらも、気力を振り絞って上体を起こした。


「ごめん。折角来てもらったのに寝転んだままだった」

「いいよ別に。なんだか疲れてるみたいだね」


 俺を覗き込むような位置取りだった赫夜との顔の距離が近い。

 認識すると落ち着かなくなって、いそいそと向かい合わせになるように座り直す。


「今のは……いや、ええと、少し寝不足だっただけだから」

「本当だ。ちゃんと寝ないと駄目だよ」


 誤魔化して目蓋を閉じると、優しく言いながら伸ばされた指が俺の目の下をなぞった。



「それで、呼ばれる前に夕鶴からもお前が私に用事があるって連絡があったけど、どうかしたの?」

夕鶴ゆづるから?」

「学校帰りにお前と会ったって、その時に用事があるって聞いたって言ってたよ?」


 赫夜は上半身ごと軽く横に傾けるようにして疑問を表している。

 夕鶴は俺達と別れた後、赫夜に俺を訪ねるよう連絡を入れてくれていたようだ。

 俺は意外な話を聞かされて、ただ驚いていた。

 今日はわざわざ学校まで俺をからかいに来ただけだとばかり思っていたが、一応は心配されていたのかもしれない。


 一週間同じ問答を繰り返して飽きただけという説もあるが。


 贅沢を許されるなら、俺の方にも先に一言でいいから言っておいてくれると素直に感謝できるんだけどなと、ため息が漏れそうになる。


「けど、用事というほどのことは特に……」


 赫夜の大きな蜜色の瞳が、俺をじっと見つめている。

 まともに見返すことができなくて、目線が膝先の辺りをさまよう。


「目が泳いでるよ。そんなに言いにくい話なの?」

「それはほら、不可抗力というか……」


 まさか、ただ会いたかっただけなんて言えるわけがない。


「よくわからないけど、お願いごととか言いにくければ紙に書いてくれても良いからね」


 俺が下唇を噛んで口ごもっていると、赫夜は不思議そうに、今度は逆方向へと小さく首を傾げてみせた。




 耳にかかる柔らかそうな髪の毛を指で払いながら、赫夜が尋ねてくる。


「そういえば、お前は明日って暇かな?」

「うん? 特には何もないけど」


 急な質問の意図が読めずに後頭部を掻く。

 頭の中で予定を探ってみたが、特に思い当たらない。


「なら明日、私と街に行こう。二人だけになってしまうけど、いいかな?」

「二人だけ?!」


 赫夜からの提案に、心臓が声に負けないくらい大きい音を立てて跳ねた。

 今だって状況としては二人きりだけど、あらかじめ予定として言われると無駄に動揺してしまう。


「夕鶴は学期末の試験が近いらしくて行かないって……だめ?」

「……駄目じゃない、行く。何時?」

「先週と同じ駅前広場で、十九時に待ち合わせでも平気? 時間が遅いって親御さんは怒るかな?」

「十九時か、わかった。先に行っておけば平気だから!」


 無駄に大きく頷いて、絶対に忘れないようにとカレンダーにメモを取るためのスマホを探して、制服のポケットを上から順にまさぐっていく。

 いつだって同じ場所に入れているのに、それがどこだったかを咄嗟に思い出せないほどに慌てていた。



 無事にズボンの左ポケットから発掘されたスマホを手に取ってロックを解除する。

 普段大して使うこともないカレンダーの機能は何処にあっただろうか。

 ホーム画面に規則的に並んだアプリアイコンを目で追えば、その中にある通話アプリが目に入って、ようやく一週間引っ張ったままの赫夜への用事を思い出した。


「…………」


 思い出したんだから言えよ。という夕鶴のツッコミが脳内で勝手に再生される。

 それはそうだ。

 夕鶴には気遣われるし、赫夜も意図せず呼びつけてしまったし。もう今を逃したら本当に聞けない気がした。


 赫夜は、思案に必死で黙ったままの俺を特に気にする様子もなく、物珍しそうな表情で俺の部屋を見回している。


 明日待ち合わせるなら、連絡先を聞くことは何ら不自然じゃない。

 もっともらしい理由ができたじゃないか、と心の中で己を鼓舞する。

 連絡先を聞くことを大仰に考えすぎだと、わかってはいる……が、わかってはいても、最初の一文字がなかなか口から出てこないのだ。



 スマホを握る手に力が入る。

 おそるおそる、正面に座る赫夜へ向けてその長方形の画面を近づけていく。


「……赫夜、これ、俺の連絡先なんだけど。赫夜のも聞いていいかな?」


 やっと言えたという安堵よりも、気恥ずかしさと緊張が上回って目が回りそうだ。

 心臓の音がうるさすぎて、自分の声が半ば聞こえないという経験を初めてした。

 赫夜は部屋を見回していた瞳をこちらに向けて、ぱちぱちと、長い睫毛を数度またたかせている。


「連絡先って、スマートフォンので合ってる?」

「そ、そう! 合ってる!」

「わかった。ちょっとまってね」


 ロボットのように硬い動きで頷く俺に、赫夜もコートのポケットを手で探り始める。

 ほどなくして、赫夜が俺の差し出した画面の横に並べるようにスマホを出して見せた。


「夕鶴くらいとしか普段やりとりしないから、操作はあまりわかってなくて」

「俺も日曜に夕鶴と連絡先交換した時、久々でわかんなくなったから一緒だよ」

「そうかな。文字を入力したり通話を掛けることはできるんだけどね。登録はちょっと、自分でしたことがないから…」

「操作自体は難しくないから、一緒にやったらできるよ」


 不慣れだと、口元に手を当てて少し恥ずかしそうに言う赫夜は可愛い。

 近付くことに躊躇いつつも、画面の位置を合わせた方が見やすいはずだと身体を隣に動かした。



「あれ? 登録の画面どこか行ってしまった」

「え、どっか行くって何だ? ちょっと見せて貰ってもいい?」

「これなんだけどね、どうやったら元の画面に戻るのかな?」

「何だこれ初めて見た……ちょっと調べるから待ってて!」


 お互いの画面を見比べて、こっちだあっちだと言い合いながら、スマホを操作していくのは楽しかった。




 結果的に、ただ登録するだけのことに十分以上もかかってしまった。


「何とかなって良かった……」


 友だち追加の操作が無事終わって一段落し安堵の息を吐いていると、横にいる赫夜が声を弾ませた。


「ねぇ、朝来あさきほら! お前の名前入ってる!」


 赫夜はスマホを顔の横に持ちながら前のめりになって、友だち追加がちゃんとできたと指をさして画面を見るようアピールしてくる。

 スマホの操作をしたのはほぼ俺だったが、赫夜が楽しそうなので手柄の在り処はいいだろう。


「これで、お前からも連絡が貰えるんでしょう?」


 赫夜の指し示す画面には、友達登録欄から飛べる俺のプロフ画面が表示されていた。

 適当に自分で撮った月の写真をただ貼り付けただけの、面白みのない画面をこうして見せられると少し恥ずかしい。


「あ、そうだね。迷惑じゃなければ送るけど」

「楽しみにしてるよ」


 どうかなと、俺が付け加えるより先にそう言ってから、赫夜はスマホを両手で胸に抱きしめるように抱えて緩んだ笑顔を見せた。


「……なんか、嬉しそうだね」


 直視するには心臓に悪い笑顔に半分目を伏せながらも、赫夜の反応が自分の思っている通りなのかを知りたくて、確かめるようなことを言ってしまう。


「嬉しいよ。こっちでも繋がっちゃったね」


 赫夜の明け透けな様子は、とても可愛くてまぶしくて。

 こんな反応を返されるなら早く言えば良かったとか、現金なことを考えてしまった。


「あのね、朝来」


 赫夜はまだスマホを大事そうに抱えたまま、少し話を変えた。


「何かあったら、ちゃんと契約の証の方で呼んでね。電子機器だと圏外とか、咄嗟に出ら

れない時とかあるだろうから」


 忘れないでね、と言って俺の左手を指差す。

 確かに山の中とか、戦いの最中……は考えたくないけど、そういう時に念じるだけで伝わ

るのは便利な気はするけれど。


「……なるべく、八割くらいは無視しておいて欲しい」


 どんなふうに聞こえるのかは想像がつかないけど、また今日みたいになったら色々と恥ずかしい。

 通話ボタンとかスイッチとか、切り替え機能も付けておいて欲しかった。




「お前が呼ぶなら、いつだって、どこへだって行くよ」


 赫夜は俺の照れ隠しにくすりと笑ってから、はっきりとした口調で告げる。


「お前が望むなら、何があっても側に飛んでいくよ。絶対に」


 抱きしめているスマホの前で祈るように組まれた手のせいか、赫夜の言葉はまるで清らかな誓いのように聞こえた。


「飛んでくなんて、大袈裟すぎるんじゃないかな……」

「そうかな? でも、本当のことだよ」


 さらりと返されて、ますます熱くなり始めた頬を隠そうと持ち上げた腕を曲げて顔半分を強く埋める。


「……ありがと」


 ブレザー越しの小さく濁った声は届いていたのか。

 赫夜は顔を隠すブレザーの袖の端を指でつまみ、下へ小刻みに二度引いた。

 対面で動作を目で追っていなければ気付かないだろうと感じるほどのとても弱い力は、けれど俺の気を引くには十分すぎるものだった。


「明日、約束だよ?」


 長い睫毛にふち取られた瞳を伏せがちにして囁く。

 赫夜のゆるい弧を描く唇がやけに目についてそわそわした。


「うん……楽しみにしてる」


 俺はなんとか平静を保とうとブレザーの袖を噛んだ。

 落ち着かないから離れて欲しいと思う気持ちと、もっと近くで赫夜の柔らかそうな金の髪に触れてみたいと思う気持ちが、俺の中で同じ大きさのまま膨らんでいく。


 赫夜は俺の口元を覆う制服の腕に、軽く頬を擦り付けてくる。

 そうした仕草はやはり、飼い主に甘える猫みたいだ。

 俺の心の均衡をそうやって崩してくるのはずるい。


 その白くて細い首筋を掻いたら、甘く喉を鳴らしてくれるだろうか。



 あまりにも可愛く感じてしまって、無意識に赫夜の後頭部に手を伸ばしていた。

 指先に触れた髪の柔らかさに、はっと我に返る。


 俺、今何てことを考えてたんだ。


 自分の思考のやましさに衝撃を受けてその場から飛び退きたくなったが、バレて引かれたくない一念で耐えた。

 気づかれていませんようにと繰り返し祈りながら、何もなかったふりをして遠回しに手を下ろす。


 赫夜は一度だけ視線を上げて俺の顔をちらりと見たけれど、何も言わずに顔を離した。


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