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夜明けが君に届くまで  作者: ちる
第一章
16/89

16話 幼馴染、襲来

 あれからまた、一週間が経とうとしていた。

 平穏な毎日は、先週と同様に週末の不思議な出来事も夢か何かであるように錯覚させてくる。


 朝の教室は今日も賑やかだ。

 休み前なので、クラスメイト達の明日の出かけ先を検討しているような会話がちらほらと耳に入ってくる。

 俺は自席で頬杖をつきながら、夕鶴ゆづるからのメッセージに返信を行っていた。


『おはよ! 昨日はどう?』

『おはよう。何もありません』


 週明けから、毎日数回のやり取りをするようになったが、必ず赫夜かぐやと会えたかどうかの確認を入れてくるのが嫌だ。

 返信の言葉遣いが事務的になってしまうのも仕方ない。


 夕鶴によると、赫夜は夜な夜な出かけてはいるらしいので俺のところに行ってるか気になっているらしい。


 全くそんなことはないわけですが。


 思っていたより赫夜と会えない事実を気にしている自分に驚いてもいた。

 精神衛生上悪いからミュートしておきたいと何回か思ったこともある。


 けれど、こうした夕鶴とのやり取りだけが、現実と週末の出来事が地続きにあるのだと俺に教えてくれている気がしているのも事実なので複雑な気持ちだ。


 俺も、日曜日は一日に二回も来たんだから次の日にも来そう、なんて思っていた。


 しかし、実際は土曜日となる今日まで全く何の音沙汰もない。


 それも別にいい。俺も昼間は学校だし、毎日夜中は居ないというくらいだから赫夜も忙しいんだろう。


 だから、赫夜と会っていない、というのはただの事実なのに。

 夕鶴みたいに毎回文字で確認をしてこられると、『会ってない』という部分ばかりに意識が行ってモヤついてしまう。



 ふいに視線を感じて教室の対角方向に顔を向けると、(りゅう)がこちらを窺うようにチラチラと振り向いているのが視界に入った。


 俺がおそらく苦い顔をしてスマホを弄っているせいだろうが、そういう態度を見せられるとモヤつきがまた増えるのだ。

 週明けの一件から夕鶴との仲を誤解している竜は、何も言わないまでも興味津々といった感じで俺を観察しはじめたので落ち着かない。


 しつこい視線に頬杖を諦め、その手で顔を隠すように遮っておく。



『そういえば、あんた今日休み?』

『四限まで授業ある』

『勝手に公立だと思ってた』

『公立だよ。央東高校。土曜あるとこのが多くない?』

『え、図書館の向かいにあるとこでしょ? ちか!!』


 ポンポンと、返す度に返信が来てなかなか話が終わらない。


『帰り見に行くわ』


 夕鶴からの最新メッセージが表示された瞬間、教室の壁にあるスピーカーから馴染みの音が流れてきた。


 恒例の始業を知らせるチャイムと共に、前扉がガラリと開いて先生が入ってくる。

 俺は慌てて、スマホの画面を消してポケットへと放り込んだ。


 見に行く……?


 自分にとって良からぬ内容だった気がするが、授業が始まってしまった以上、確認も対策もできなかった。



 気もそぞろだったからか、体感あっという間に本日全ての授業が終わった。

 横を向いて窓から外を眺めてみると、部活動を行っている生徒以外が足早に校舎を後にしていく姿が見える。


 本当に夕鶴はうちの学校に来る気なんだろうか?

 最後の授業が終わっていの一番にスマホのメッセージを確認したけれど、やっぱり最後に見た文面は見間違いなんかじゃなくて。



『もし着いたら絶対連絡して』



 胃が痛む思いで作った文面を送って様子を見ることにした。

 本気? いや正気か? と入力しようとしたけど危機察知能力が働いたのでやめた。


 何故なら、ただの勘だけど、ほぼ確実に来ると思うからだ。

 けれど、あいつ日曜は友達に誤解されそうだから一緒にいるの嫌とか言ってたくせに、どういう心境の変化なんだろう?


 俺の学校には知り合いがいないから良いってことか?

 それとも、これまでのやり取りで、女の子に縁のない俺とお洒落で華やかな夕鶴みたいな子じゃジャンルが違いすぎて噂にもならないだろう。という、正しい認識をするようになったんだろうか?


 どっちだろうと、俺は夕鶴が学校に現れたら絶対に後で友人達に何か言われるのが確定しているって事を何も考えてくれてないのが辛い。


 既に竜には勘違いされて、日々好奇心に満ちた視線に晒されていると言うのに……

 痛くなってきた気がする胃をさすりながら、すぐに逃げられるように帰り支度を急いだ。




朝来(あさき)、今日これから暇?」


 とりあえず校門前で張るかと、鞄を背負って教室から出ようとしたところで竜に聞かれる。


「いや、今日はちょっと……」


 この間にも来たらどうしようと、焦りから目線が横にずれる。

 悪い事をしているわけでもないのに、これから起きる事について追求されるかと思って心臓が痛くなった。


「そっか、斎藤とあと何人かとで駅前のファミレス行こうって話になったから一応聞いといた」

「……ああ、そうだったんだ。悪い、次は行くよ」


 竜の話は、いつもの誘いの一環だった。

 竜は俺の返事にわかったと頷いて、俺のあからさまな挙動不審さには何も言わずに踵を返す。


 思ってたより、なんか普通だった。


 今の自分は怪しかった自覚があったので、あの好奇心に満ちた目に何も言われなかったことにそっと安堵してしまう。

 でも、そういえば、竜は視線こそうるさかったけれど、月曜以降は竜の方からあの話題に触れてくることはなかったと気が付く。


 俺からちゃんと話をするのを待ってるんじゃないだろうか。

 友人らしい気遣いにようやく思い至って、俺って馬鹿だなって思ってしまった。


 思い返してみれば、自分が慣れない恋愛話でからかわれたくない気持ちが強くて、この一週間、竜を筆頭に友人達と必要以上に距離を取り過ぎたような気がしてきた。


 どうせこの後夕鶴が来てしまえば、誰かしらには見られて言われるだろうし、なら、せめて竜だけにでも、紹介したほうが良いのかもしれない。


 夕鶴は絶対否定してくれるだろうし。


 俺が何も言ってないから好奇心とか妄想が膨らんでるだけで、それでも向こうからは何も言わずにいてくれたんだし……


 そう思ったら、俺は自席に戻って行く竜の肩に手をかけて呼び止めていた。




「先週末に再会した幼馴染が、これから学校に来るぅ?!」


 俺の話に、流石の竜も大きな声を上げ仰け反るようにして目をむいた。

 下校時刻で騒がしい下駄箱前でのそんな会話は、幸い周囲に気にされてはいないようだ。


「あの、お前にしては珍しく休み時間に毎日やり取りしてる相手だよな? ……それで急に近いからって学校まで会いに来るとか、本当にその子ただの幼馴染か?」


 腰に手を当てて、何故か胡散臭げな表情で俺を見る。

「そこは信用しろよ! 会えば違うってわかるだろうけど……」


 再会してみたら女の子だっただけで、夕鶴と俺の関係は竜と俺ととほぼ変わらないのだ。


 靴を履き替え、校舎の外へ並んで出る。

 そう遠くない位置にある正門前には、内側から見る限りそれらしき人影はない。

 警戒するような心持ちで見渡していると、コートのポケット内でスマホが震え出した。

 振動に慌てすぎて、取り出すのに手から飛んでいきそうになる。

 

『校門前来たよ!』


 ロック画面に通知されたその文章を見て、俺は隣を歩く竜を急かすように声を掛けて小走りで校門前に向かった。


「よ! 早いじゃん」


 校門を出ると、門柱のすぐ横に立っている夕鶴が片手を顔の横で振りながら声を掛けてくる。

 先週ぶりに見た夕鶴は、緩いウェーブのかかった焦げ茶色の髪を耳の下辺りで二つ結びにしており、通っている女子校のものと思われる膝丈の白いセーラー服に分厚い紺色のカーディガンという出で立ちだった。


 化粧もしているようだけど、学校帰りだからか控えめだ。

 私服に比べれば落ち着いた柔らかい印象が強いが、内側から滲むものがあるのだろう。やはり全体的に華やかな女の子だと感じられた。


「夕鶴! なんで急に学校まで来るんだよ!」

「だってさぁ、高校の名前聞いたら思った以上に近くて笑っちゃったんだもん!」

「はぁ? 嘘だろ……? 本当にそれだけで来たのかよ」


 俺の動揺など何処吹く風といった調子で、夕鶴はさらりと言ってのけた。

 本当に文面通りのどうでもいい理由の末の行動だったことに頭が痛くなってきて、思わず手でこめかみを抑える。


「ねぇ、あんたさ。ここで頭抱えててもいいけど、隣の人紹介してよ。可哀想じゃん」


 夕鶴は目を細めて、人差し指を軽く振るように動かして俺の隣りで呆然と立ち尽くしている竜を示した。




「高月さんは仙心に通ってるんすね」


 二人の簡単な紹介を終えると、夕鶴の制服を見て竜がそう話し掛けた。

 そうですよと丁寧な言葉づかいで愛想よく答える夕鶴は、俺の時と態度が違いすぎる。


「仙心とかお嬢様じゃねーか! 幼馴染ってどこで会ったらそうなるんだよ!」


 この距離で内緒話もないだろうに、竜は俺の脇腹に軽く拳を入れながらわずかに音量を抑えて言ってくる。


 仙心女子高等学校は、俺の通っているこの央東高校から徒歩数分といった目と鼻の先にある私立の女子校だ。

 お金持ちの子女が通う私立校で、制服がこの辺では珍しい白いセーラー服だというのは知っている。


 けれど、夕鶴が通ってるなんてのも初耳だったし、これまで縁がなさすぎて、どうなっていると言われても反応に困ってしまう。


「……どうもこうも、知り合った時は小学校前だし。まず、この話丸聞こえだぞ」

 拳を手でそっと払いながら、同じくらいの音量で返してやる。


「お前に聞いてるだけで聞かれたくないわけじゃねえからいいんだよ」

「じゃあ普通に喋ればいいだろ。意味がわからん」

「お前は情緒が足りねぇ。イベントを盛り上げようという俺の心意気がわからんのか? 彼女に愛想つかされるぞ」

「夕鶴は別に彼女じゃないし……」


 どこからツッコミを入れたら良いのかわからない発言にこめかみの辺りがひきつった。



「――とかコイツ言ってますけど、高月さんと朝来ってマジで付き合ってないんすか?」


 竜は一瞬、俺の顔を横目で見たかと思うと夕鶴に笑顔で直球を投げる。

 これまで大人しく俺達の会話を眺めていた夕鶴は、唐突に投げられた不躾な質問に対して眉間に一本シワを加えつつも、笑顔を崩さなかった。


「あれぇ? そんな風に見えますかぁ?」


 お嬢様と言われればそれらしく見える、優雅な所作で口元に手を添えた。

 ……あれは絶対に怒っている。

 今の夕鶴に直接会ったのは二度目だけど、纏う空気が感情を雄弁に語っていた。


「いやいや! やー、それが、今週こいつの様子が変だったんで! そこに高月さんみたいな人が出てきたらね。邪推しちゃうっていうかですね!」

 わははと笑い声をあげて、ろくろを回すような手付きで誤魔化している。

 見事な危機察知能力だ。


「わー! その辺の話詳しく聞きたいなぁ! 実は今日はうちのお姉ちゃんのことで彼が落ち込んでるんじゃないかなーって心配で様子見に来たんですよね!」

「おい! 夕鶴は何だよそれ! さっきは学校近いから来ただけって言ってなかったか?!」


 俺は目線でどうしてと困惑を訴えてみるが、夕鶴はこちらのことを見ようともしない。


 夕鶴の口から赫夜の話が出たことにも驚いていた。

 人間じゃない姉のことは、世間的には隠しているものだとばかり思っていたがそうでもなかったらしい。


「お姉さん……! 高月さんのお姉さんなら相当レベル高そうっすね! めちゃくちゃ美人姉妹ってことじゃないっすか?!」


 竜は怒りの矛先がずれたと感じたのか、テンション高めに新しいネタに飛びつく。


「そー、うちのお姉ちゃん美人だから。朝来くんは気になっちゃったんだよねー?」

「ねーじゃない! 夕鶴! どうしてそんな誤解させるようなこと言うんだよ!」

「ほうほう……朝来くん、そうなんだー?」


 わざとらしく君付けで呼ぶ夕鶴に声を上げると、横から俺の顔を覗き込むように竜が追従してくる。


「うるさいなぁ。あんたが変な誤解を放っておくのが悪いんでしょ!」


 夕鶴は薄目で俺を一瞥すると、竜に向けてスマホを差し出した。


「あたし学外の友達いなくて、折角だから幼馴染のお友達とも仲良くしたいなって思うんですけど?」

「初対面の女性にこっちからは聞きにくいんで嬉しいっすね。俺にもできることがあれば相談乗りますよ」


 にこやかな、どちらも俺から見ると胡散臭い以外に言い表せない笑顔を貼り付けて連絡先を交換している。


 学校も性別も違う友達同士が引き合わされて連絡先の交換をしているという、ぱっと見青春漫画の一ページにもなりそうなこの瞬間も、俺からすれば闇取引の現場にしか見えなかった。


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