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夜明けが君に届くまで  作者: ちる
第一章
15/89

15話 男子高校生の誤解されやすい日常


 昼休みの教室は賑やかだ。

 特に今日は月曜日なので、週末にあった物事など話したい話題が尽きないのだろう。

 俺は仲の良い者同士席を固めて昼食を口に運びつつ語らうクラスメイト達の声をぼんやりと耳に入れながら、窓際最後尾に位置する自分の机にへばりついていた。


 結局、昨日は眠れなかった。

 色んな事があったはずなのに、気付けば赫夜かぐやの言った言葉ばかり考えていた。


 自分に向けられた、好きだなんて言葉を女の子の口から聞いたのは初めてだった。 

 愛の告白めいたそれは無垢な笑顔に愛着と括られてしまったので、俺がただ聞き慣れない単語を過剰に気にしているだけに他ならないのはわかっている。


 わかっているつもりだけど、頬の下に敷いた左手の小指を囲う痕をどうしても意識してしまう。


 これが女の子に免疫がないということなんだろうな……と、寝不足で重くなった身体を休めようと目を伏せた。




 ……しかし、寒い。

 寒くてまったく休まらない。


 換気のために休み時間毎に開け放たれる窓からの風が身を震わせる。

 席替えのクジで窓際を引く率が非常に高いのだが、個人的にはあまり好きではない。

 これは教室の位置も悪いんだろうけれど、窓際は外の気候に影響されやすく夏は暑くて冬は寒いからだ。


 現に俺の正面に並ぶ窓際列の人間は、全員席から離れて食事を取っている。

 俺だって、普段は教室の中央付近の席にいる友達の机に集まっていた。


 青春席とか羨ましがられたこともあるが、言った人間も目が悪いとか何かと理由をつけて替わってくれなかったし、この席に座って青春とやらを感じた覚えもないのでやってられない。


 動く気力のなさから甘んじて寒風に耐えているが、こうして心中でつい文句を述べてしまう。


朝来あさき、昼食わねーの?」


 心がだいぶささくれ立ってきた頃、りゅうが席の横に立って俺の顔を上から覗き込むようにして声を掛けてきた。


「今日はいいや」

「何だよ具合悪いのかよ。顔も赤いし……風邪か?」


 竜は面倒見がよく、まめで気遣いが行き届いたいいやつだ。が、その細やかな目線が今はちょっとありがたくない。

 こんなに冷たい風を浴びていれば顔も赤くなるだろう。

 気にしないで欲しい。


「笹原風邪かー?」


 竜の声が聞こえたらしく、数名の友人が様子を見に来てしまった。

 友達思いの彼らは人の顔を代わる代わるに覗き込んで、確かに赤いなどと言い合っている。

 座ったままの俺と机を囲むように立った友人達はさながら檻で、俺は珍獣のようだった。


「ただの寝不足だよ」


 姿勢を変えることなどせず、そのまま話す。

 一応は心配してくれているだろう相手に対してそっけないかもしれないが、取り繕う気力もなかった。


「珍しいやん。そんな面白い動画でもあったん?」

「あ、昨日送ってくれたやつは俺結構好き」

「あれ三分くらいのとこ笑いすぎて辛かった」

「同じ人、一週間前の動画も良いから見てみろよ」


 ……頭の上が賑やかすぎて頭が痛くなってくる。

 心配してるような発言をしたのは竜だけで、こいつらは集まったと思えばすぐ違う話を始める。

 だからこそ気負いなく付き合える良い奴らではあるが、今はそっとしておいてくれないだろうか。


「人の頭上で会話すんな! 大丈夫だから、帰れ帰れ」


 重たい右手で払うようにして言うと、後から来た賑やかな奴らは笑いながら去っていった。


 まったくと呆れながらその背中を見送っていると、一人残った竜が少しからかうような視線を向けてきた。


「で、朝来は何で寝不足なんだよ」

「……人間、そういう時もあるだろ」


 昼休みが終わるまで暇を持て余しているらしく、前の席の椅子を勝手に引いて後ろ向きに座り、この会話をやめる気がないとアピールしてくる。


「ねーだろ。朝来は」


 俺の無難な回答は竜に即否定されてしまった。


「なんでだよ」


「お前、授業中以外基本寝てるじゃねーか。日が変わったら連絡返さねーし、修学旅行も秒で寝たし。趣味は寝ることって言う奴、大体人に言えねーだけだと思ってたけど、お前見て本物居るんだって思ったもんよ」


 おかしいだろと続けた俺に、長年見てきた生態を証拠に詰めてくる。

 そう一気にまくし立てられては反論もできない。


「……そうだけど、だから一回の寝不足が響いてるんだよ!」

「寝不足で顔が赤くなるのおかしくね? 事件のニオイがするんだよなあ」

「警察犬かよ。何もないって」


 フンフンと鼻をわざとらしく鳴らす竜に渋い顔を向ける。

 説明のしにくい話だし、下手に悩んでたなんて言って、根掘り葉掘りと昨日の夕鶴のようにおもちゃにされてはかなわない。


 トイレに行くふりでもして逃げよう。


 そう考えて、机にこびりついていた上体を起こすと同時に、ポケットの中のスマホが震えた。

 思い当たるのは、朝に連絡を入れた夕鶴からの返信だろう。


「……ちょっとトイレ」

「奇遇だな、俺もだ」


 席を立とうとした俺の机に両手をついて、同じように立ち上がった竜は言った。


「竜……お前、絶対嘘じゃないか!」


 流石にトイレまで付いて来ないだろと思ったのに、今日のこいつは正気だろうか。

 疑惑の眼差しを向けると、竜は机についていた両手を今度は肩の辺りで開いて、わかりやすく呆れたようにヤレヤレといったポーズを取って見せる。


「嘘に決まってんだろ。これはお前のレベルに合わせてやってんだよ」


 何が言いたいのか、随分と含みがある。

 馬鹿にされているのはわかるので少し腹立たしい。

 無言で一睨みしてから教室を出たが、俺の抗議をさして気にした様子もなく平然と後ろからついて来る。




 諦めない友人を連れたまま、校内をあてどなく歩く。

 すれ違う同級生らに手を振られるので、その度にこちらも振り返しつつ廊下を進んでいた。

「いつも思うけど、なんで手振ってる……?」

「振られるから振り返してるだけだけど?」


 自分あてだとわかっていれば挨拶を返す程度のことはするだろう。人として。


「知り合いか?」

「何回か見たことあるけど名前までは知らんな」

「ぼんやり生きてるお前が羨ましいよ……」


 竜はちょっと引くような微妙そうな顔をするが、お前だって道端で子供に手を振られるくらいあるだろうに。

 それに多分、五つくらいある名前だけ貸してる部活の部員かなんかだと思う。



 いいかげんスマホを確認して返事を返さなくてはと思い、体育館と更衣室を繋ぐ廊下で足を止めた。

 竜は教室を出て以降、寝不足の件について何も言ってはこないものの、隣から離れて行く感じもない。

 渋々その場でスマホを取り出すと、やはり通知欄には夕鶴の名前が表示されていた。


『心配ありがと!』

『幼馴染のよしみでまたアドバイスしてあげてもいいよ』

『連絡先も知らないやつが次いつ会うのかは知らんけど』


 三つに分けられたメッセージは、夕鶴の復調をわかりやすく知らせてくれていた。

 夕鶴らしいと思わされる文面だけど、しぬほど余計なお世話だった。


『一つ目以外いらなくないか?』

『貴重なアドバイスなのにな~! いらないの~?』


 俺の返信に、即座にからかいの文面と小馬鹿にしたような絵文字を貼り付けてきたので画面を閉じた。

 一度スマホがメッセージを受信したと震えたが、どうせ同じような内容なのが見なくてもわかるのでもういい。


 今のやり取りだけで、寝不足で疲れた体がさらに疲れを訴えてきた気がする。

 まったく……夕鶴ってやつは。


「あー、やっぱそういう……朝来もついに現実に目を向けるようになったか。俺は教室帰ってるわ。邪魔したな」


 隣りにいた竜は、急に立ち上がって顔の前で親指を立てる古臭いジェスチャーをしながら去っていった。


 なんだったんだあいつ……


 今日本当に大丈夫かと首を捻ってから、俺が夕鶴からのメッセージで竜にあらぬ誤解をさせたことにようやく気が付いた。

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