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夜明けが君に届くまで  作者: ちる
第一章
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14話 月のお姫様は男子高校生に伝えたい

「そういえば、夕鶴ゆづるに聞かれちゃった」


 しばらく二人無言のまま空からの夜景を眺めていると、突然、赫夜かぐやがそう言って含むように笑った。


赫夜かぐや朝来あさきのこと好きなの? だって」

「ぅえっ?!」


 さっきまでの真面目な空気はどこへ行ったのか。

 唐突過ぎる話題に、変な声が出てしまった。


 俺にもカフェでそんな話をしてきたけど、帰宅してから赫夜にも聞いていたのか……?

 こっちは心配してたのに、夕鶴の奴は随分と元気そうじゃないか。



「どうして驚くの?」


 世間話程度のつもりだったのだろう、赫夜は俺の動揺を不思議そうに見ている。


「いやちょっと、突然だったから……夕鶴好きだねそういう話」


 ははは、と大袈裟な笑い声を出して誤魔化した。

 夕鶴は何が何でも、赫夜のことで俺を玉砕させたいようだ。

 違うと言っておいたのに、無理やり投げ付けて割ろうとするのはやめて欲しい。


「朝来も聞かれたんだ」

「…………」


 笑って誤魔化すことしかできない。

 俺の引きつった笑みに、赫夜もつられるようにして気の抜けた笑顔を見せた。


「なんて答えたの?」


 甘さも気負いも欠片も感じさせない、のんびりとした調子で地獄の世間話を続けてくる。

 可愛いらしい笑顔を素直に可愛いと思う間すら与えてはくれない。

 これ以上、この話は許してくれないか赫夜。


 「この話はさ……一旦やめにしない?」

 「きらい?」


 短い問いは、どちらの意味か判断しかねた。


 「夕鶴の言う事あんま気にしないで、俺で遊んでるだけだから……」


 代わりになるような話題も思い付けず、気まずさから目線をわずかに下へ逸らした。

 赫夜はふぅんと気のない返事をしたかと思えば、俺にそっと額を寄せてくる。


 突然近くなった赫夜のきれいな顔に驚いて息を呑んだ。



「あのね、私はお前のこと好きだよ」


 耳を疑うような言葉が飛び込んできた。


「朝来のこと、ずっと待ってた。約束を交わしてからずっと、お前のこと考えてた。だから、ごめんね。勝手に、愛着のようなものを感じているみたい」


 赫夜の好きの一言が、頭の中で反響している。

 これまでで一番間近に見た蜜色の瞳は、穏やかに俺を映していた。


「会うまでずっと、どんなふうに話そうかなとか、何て言葉を返してくるかなとか、私のことどう思うかなって、色々考えてたよ。そうしたら、いつの間にか約束とか……少しだけ、どうでもよくなってきちゃって。ただ、朝来と会うのが楽しみになってた」


 淡い金色の髪が、赤い耳飾りの房と一緒に柔らかく揺れている。

 ゆっくりと丁寧に、愛おしむように語り掛けてくる赫夜の澄んだ甘い声に、頭の芯がしびれるような心地がした。


「結局、初対面は想定外の日で驚いちゃったけどね」


 未だそこを気にしていたらしく、少し困ったように眉を下げる。

 俺は何か言葉を返さなきゃと焦るばかりで、声を出すどころか口を開けることすらままならなかった。



「今日も会えて良かった。良い話題ではなかったけれど、言葉を交わせて嬉しかったよ。それをね、お前に伝えておきたかった」


 ゆるく細められた赫夜の瞳からは、大事にしている宝物を見つめる子供のような、純粋な愛情めいたものが感じられた。


 でも、俺は変に意識をしてしまって、赫夜の顔をまともに見られなくなっていた。

 動悸もひどくて、さっきから喉元を抑えられたみたいに息が上手くできない。

 絡み合った手は指の先まで熱くて、焦げ付いてしまいそうだった。


「……顔、赤いよ。やっぱり風が冷たいのかな? 風邪を引くと大変だし部屋に戻ろうか」


 赫夜は甘えた猫みたいに寄せた額を擦りつけながら、独り言のように囁いた。




 ベランダにそっと降ろされた足が異様に重く感じてよろめく。


「ごめんね。話したい事が多すぎて、長い時間付き合わせちゃった」

「……いや、俺は大丈夫」

「なら良いんだけど。寒いから早く部屋に入って」


 一気に重力を取り戻したせいだろうか。上半身だけが未だ宙に浮いているような感覚を引きずっていて、ちぐはぐな身体には部屋に戻るだけの数歩が遠かった。


「ええと、赫夜はこの後どうする?」

「だいぶ遅くなったから私は帰るよ。ゆっくり休んでね」

「そっか、気を付けて帰って……ってのもおかしいのかな?」

「かもしれないね。でも、ありがとう」

 赫夜は小さく笑うと俺の横から手を伸ばして、掃き出し窓を音を立てずにそっと開く。

 空いた室内へと俺の背中を優しく押し込んで、最後に後頭部を軽く撫でる。


 俺が指の感触に振り返った時には、もう掃き出し窓はきっちりと閉められていた。


「おやすみなさい」


 窓ガラスの向こう側で微笑む赫夜の口元が動く。

 目があった瞬間、その場から消え去ってしまった。


「……おやすみ」


 もう居ない相手に向けて、ぼんやりと挨拶を送る。

 そしてまた、ベッドまでの短い距離をふらふらと左右に揺れながら時間をかけて戻った。



 皺くちゃな掛け布団を直すこともせず、そのまま勢いよく上から倒れ込む。

 身体はものすごく疲れているようで、もう上着を脱ぐことすらできそうにない。


 頭もぼーっとしていて、もう何も考えられない。

 だというのに、心臓ばかりがやけに元気で、うるさくて眠れそうにない。



「はぁ~……」


 すべてを出し切るような、大きいため息を吐く。

 長すぎる一日が、ようやく終わったという実感があった。


 ふと、現在時刻が気になって、スマホで確認しようと枕元を視線で探る。

 無造作に転がっているその長方形の物体を見て、はたと思い出してしまった。


 連絡先、聞いてない。


「……はぁ」


 そして俺は、小さくまた、ため息を吐いた。


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