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夜明けが君に届くまで  作者: ちる
第一章
13/89

13話 月のお姫様と夜空の内緒話

微妙に長いです。

「はぁ~……」


 ベッドの上で、もう何度目かもかわからないため息を吐く。

 枕に半分顔を埋めて、手に持ったスマホをぼんやりと眺めていた。


 右上に表示された時刻はあと二十三時を超えている。

 グループチャットで面白かったと共有されたオススメ動画を開いてみても、その内容は全く頭に入ってこない。

 今日一日の出来事が濃すぎて、これまでの人生で起きた分以上のイベントをこなしたような気がしていた。


「疲れた……」


 気持ちとしては、もうこの心地良い布団で意識を手放してしまいたいのに、神経が高ぶっているらしく一向に眠気は襲ってくる気配がない。



夕鶴ゆづるは大丈夫かな……持ち直してると良いけど」


 街が危険かもしれないと聞いて、昔とても怖がりだった彼女は今回もひどく怯えていた。

 赫夜と居るのだから安全だろうと思うけれど、心配なものは心配だ。

 

 せっかく再会したというのに挨拶もろくにできなかったし、連絡先も交換したんだから、明日にでも一言くらい連絡を入れてみようか。




赫夜かぐやの連絡先も……聞いておけば良かったな……」


 あれだけはっきりと夕鶴からも促されたのに、気恥ずかしくて口に出せぬ間に蟲の話でバタバタしてしまって聞けず仕舞いだったのが心残りだった。


 カフェで変に突き回されて意識しすぎた気がする。

 今日というタイミングを逃して一気に聞きにくくなったが、待ち合わせでも困りそうだったんだから聞いておかないと先々困るだろう。


 後で夕鶴から聞けたら気持ち的には一番楽だけど、流石にそれを口にした日には怒られる気しかしない。


「……連絡つかないと大変だし、次に会ったら聞かないとな」


 呟いた声は自分で聞いても言い訳がましく感じた。



 次に会えるのは一体いつになるだろうか。

 赫夜次第だが、例のまつろわぬ神退治の件があるのだから、そう遠くないうちに会えるとは思う。


 ただ、そっちはそっちで、気が重かった。


「はぁ~……」


 思考が一巡し、枕に顔を押し付けるようにしてため息を吐いた。



 そうしてひたすらに無駄な時間を過ごしていると、ふとカーテンで隠れた掃き出し窓の外、ベランダの方から覚えのある気配がした。


 思わずベッドから跳ね起きる。


 つい数時間前は隣りで感じていた暖かな気配を、カーテンの向こう側から感じている。

 ふらりと、吸い寄せられるようにカーテンに覆われた窓へと足を進めていく。


 俺が外を確かめるべくカーテンに手を掛けたのと同時に、ベランダから窓ガラスがコツコツと軽く叩かれて振動した。

 その音を聞いて、俺の感覚は正しかったと確信する。


 勢いよくカーテンを開けた先、窓の外にある幅の狭いベランダには、街で別れた時と同じ服装の赫夜が立っていた。


 赫夜は目の前のカーテンが勢いよく開かれたことに驚いたらしく、丸くした瞳を瞬かせている。


「赫夜!?」


 名前を呼びながら、カーテンを開けたのと同じくらいに勢いよく掃き出し窓を開いた。

 時々布団を干すくらいでしか開かれることのない窓のサッシが鈍い音を立てる。


「こんばんは、朝来あさき。良かった。気付いてくれて」


 俺の顔を見ると、赫夜は穏やかな笑みを浮かべながら片手を胸元まで上げて小さく振った。


「どうしたの? っていうか、なんで窓から……」

「さっき街ではできなかった話をしたいと思って来たのだけど、もう時間も遅いから呼び鈴を鳴らすのもどうかなって」


 赫夜はのんびりとした調子で俺の質問に答えた。

 開け放たれた窓から冬の夜風が入り込み、暖房で暖められた部屋の空気が入れ替わっていく。


「ああ、そう言うことか。話ならとりあえず部屋に入りなよ。外寒いだろ?」

「ねぇ、今また少し出られないかな?」

「今から外行くの?」

「うん、駄目かな? もう寝るところだった?」


 赫夜の誘いに昼間のような強引さはなく、遠慮がちな眼差しを向けて尋ねてくる。


「行くよ。今日はまだ眠くないから平気」


 俺が即答すると、ほっとしたような笑顔を見せた。


「折角だから、少し高い所へ行こうかなと思うんだ」

「高い所?」

「そう。だから、靴と上着はあったほうが良いよ。なんだかんだ冬だし、寒いから」


 赫夜は狭いベランダで横に数歩ずれて、俺の分とばかりに人一人分のスペースを作る。


「なるほど……?」


 自分の中の警報機が赤々と点滅し始めたので、移動方法も行き先も考えるのはやめた。


「どうかした?」

「ここで待ってるから、取っておいで」

「そう、だね……うん。俺は何も言わない。ちょっと待ってて」


 上着はともかく、靴は玄関にある靴箱まで取りに行かないといけない。

 短く伝えて、急いで階段を降りて玄関に向かう。


 部屋に戻る際、風呂から丁度出てきた母さんと階段下でかち合い「足音がうるさい」と小言を貰ってしまったが、後ろ手に隠した靴について指摘されなかったことに、俺は胸を撫で下ろしていた。



「おまたせ!」

「慌てなくても大丈夫だよ」


 俺は上着の前を閉めながら、靴をベランダに放って上から踏みつけるようにして履く。

 赫夜はベランダの手すりに両手を置いて、周囲の家々を眺めていたようだった。


「赫夜、寒くない……?」

「うん。私は平気、お前はちゃんと暖かくしてきた?」

「言われた通りコート着たし、大丈夫」

「えらいね。じゃあ、行こうか」


 赫夜は俺の言葉に笑顔で頷くと、俺に向けて両手を真っ直ぐ差し出してくる。 

 赫夜は手に掴まれと言うのだろう、差し出した手を軽く上下に動かして朗らかに笑っている。


 どことなく子供っぽい仕草が可愛い。

 少しこのまま眺めていたい気分だったけれど、赫夜は意図が伝わってないと思ったらしく声を掛けてきた。


「ほら、手を取って」

「ごめん。えーと、こうでいいかな」


 催促されて、手のひらを上から軽く重ねる。

 小さくて柔らかい手の感触はやはり慣れなくて、落ち着かなくなってしまう。

 俺よりも長く外にいるはずなのに、赫夜の手の方が少し温かかった。


「うーん、やっぱりこうかなぁ……」


 赫夜は重なった手をじっと見たかと思えば、そう呟いて、もそもそと両手を動かしはじめる。

 俺の手のひらの中で器用にくるりと手首を返して、互いの指が交互に重なるように、きつく手を握り直した。


 昼間の契約を思い出す手の繋ぎ方に、どきりと脈が跳ねる。


「絶対に、離さないでね」


 柔らかな声が聞こえた。



 その瞬間、俺の足裏がベランダの床から離れた。


 先ほどの、街から飛ばされた時とはまた違う浮遊感が全身を包む。

 冬の冷えた空気を全身に受け、高く高く、上昇していく感覚。


 自分が空を飛んでいるのだと気付くまで、そう時間はかからなかった。


 視界には、柔らかくてきれいな赫夜の笑顔と、その背から大きく広がる金色の翼があった。


「赫夜……翼が……」

「あぁ、そうだね。今は視えるよね」


 赫夜はそう言って笑みを深める。

 淡い光を纏った翼は薄く透けていて、奥に見える星々がより輝いて見えた。

 あまりにも幻想的な光景に思わず見入ってしまう。


「……きれいだ。すごく」


 感嘆が口からこぼれると、赫夜の白い頬がさっと紅く染まる。


「ありがとう。翼を褒められるのは嬉しいな」


 赫夜は照れているのが一目で伝わる、とけるような笑顔を見せた。



「ねぇ、気分はどうかな?」


 少しすると、赫夜が弾んだ声で尋ねてくる。

 上昇をやめたようで、体に感じていた重力らしき縦の力が減った代わりに浮遊感がより強くなった。


 住んでいる家が、街並みが、眼下に広がっている。

 遠くの方には、今日三人で出歩いた賑やかな街の明かりが煌々と輝いていた。


「本当に、飛んでるんだなって……」


 ぼんやりと、現実を認識する言葉しか出てこなかった。


「夜の散歩なら、空っていうのも悪くないんじゃないかなって思って」

「悪くないどころじゃないよ。……すごすぎて上手く言えない」


 おそらくぽかんと口を開けて間抜けな顔をしているだろう俺を見て、赫夜は満足そうな笑顔をしている。


「ちょっとだけ驚かせてみたかったんだ。楽しめた?」

「うん。びっくりした。手を離すところだった」

「駄目だよ。落ちちゃうよ」


 期待に答えるつもりで軽く冗談めかして言ったけれど、赫夜は眉を下げて繋いだ手に力を込めた。


「……ごめん。気を付ける」


 つまらない冗談を真面目にとらえる赫夜の様子が可愛くて、きつく握られた指にこそばゆさを感じてしまう。

 でもこれ、本当に離したら落ちるんだろうな……とも、うっすら思った。


「朝来は、夜景って好き?」

「うん、結構好きだと思う。こんな高さから見たことはないけど」


 気遣うように聞いてくる赫夜に、笑いながら答えた。


 空との境界まで続く鮮やかな光の群れは、ただただ美しい。

 写真や映像でしか見たことのない光景がそこにあることが、なんだか不思議な感じだ。


「私も好きだよ。あの明かりの一つ一つに、人の小さな営みを感じて愛おしく思う」


 赫夜は慈しむような、穏やかな笑みを浮かべている。

 その、遠くにある賑やかな光を見つめる横顔は、やはり俺には寂しげに見えた。




「そう言えば、赫夜の話しって何だったの?」

「そうだね、楽しくなって話しそびれるところだった。これから話すことは、きっと、お前が聞きたい話だと思う」


 俺が話を振ると、すっと真剣な表情になった赫夜が静かに言う。


「夕鶴の事だよ、あの子が誰なのか、もうわかっているよね?」


 これまで何度も暗示してみせたことを、改めて確認するような問い。

 十年前に死んだはずの俺の幼馴染。

 それが今日、赫夜の妹として目の前に現れた『高月 夕鶴』と同一人物であるという事実。

 問われたままに答えると、赫夜はわずかに口元を緩めた。


「言うまでもないだろうけど、これから先、あの子を気に掛けてやって欲しい」

「当たり前だけど……何でそんなこと」


 少し違和感のある赫夜の言葉に戸惑う。


「いつまでも、一緒には居られないからね」


 頼りなげに瞳を揺らして、そう呟いた。


「夕鶴には、朝来と過ごした幼い頃の記憶はないって話は聞いたかな?」


 「一緒には居られない」という言葉に、夕鶴がカフェで垣間見せた赫夜への思いが頭をよぎったけれど、意味するところは問い辛くて続く話に頷きだけを返す。


「本人にはこれまで言う必要がないと思うから言っていないけど、あの子は当時良くない連中に攫われて、酷い目にあっていたようなんだ」


 淡々と語られた内容の衝撃に、繋いだ両手が強ばるのを感じた。


「どういう……こと……?」


「十年前、辺鄙な山間の建物で爆発のようなものが起きた。そこに奇妙な気配を感じて見に行ってみれば、抉れた地面と瓦礫の山の中で、ただ一人だけ、千切れた四肢と潰れた身体で、それでも息をしている子供が居た」


 それが夕鶴だと、赫夜は言った。

 酷い光景を想像してしまい、痛々しさに目眩がする。


「あの子を連れ帰って少ししてから調べてみたら、もっと前に家族全員事故で死んだことになっていた。気付いた時には、事故について追える情報はなくなっていた」


 幼馴染だったあの子が何故死んでしまったのか。

 思いもよらない顛末を知り、やりきれない苦さが喉元に込み上がってくる。


 過去を覚えていないと言っていた夕鶴。

 あの時はそれを可哀相だと感じていたが、作為的な事件のせいだというならば、いっそ何も覚えていなくて良かったのかもしれない。


「ここからがね、大事なところだよ。あの子を攫った奴らが、今まつろわぬ神の封印の上で何かを画策している」


「え……?」


 言われたことの奇妙さに口の端が引きつって、疑問が音となって溢れ落ちる。

 だって、意味がわからない。


 赫夜の話は俺の理解の範疇を超えている。

 聞かされている俺の顔色は当然だけど、悪いんだろう。


 赫夜は少し窺うような素振りを見せるが、それでも話さねばならないと言うように表情を引き締めて続けていく。


「数ヶ月前に突然、まつろわぬ神の封印の上に何者かが巨大な陣を敷いた。巧妙に隠されていて発動まで気付けなかった。私の手落ちと言うしかない。あれに干渉しようという者が居るとは思っていなかった……」


 陣や結界のたぐいは面倒だ、と赫夜は言った。

 準備や時間がかかるし、展開した場に固定されるという使う面での難点はあるけれど、術が完成すれば非常に安定性が高く他者が外側からきれいに解くのは難しいらしい。

 力尽くで壊すと、中にあるまつろわぬ神の封印に影響が出るかもしれないということだった。


 だから毎晩のように蟲を追って、陣を張った術師か、核となる物を探しているのだと。



「封印の上の陣に使われている蟲と、あの子を助けた場所で感じた奇妙な気配が同じだった。だから、この二つは同一、少なくとも関連性があることは間違いないと判断した」


「蟲……って、あの……?」


 蟻に似たおぞましい異形の姿を思い出して、鳥肌が立つ。


「そう、あの蟲だよ」


 初めて会ったあの日、蟲退治に来たと言っていた赫夜から、路地裏の連続事件とまつろわぬ神との関わりは何となく予見していた。


 だからといって、夕鶴に起こった悲惨な出来事を知らされて、その犯人らしき奴らと俺が倒すことになっている『まつろわぬ神』に関連性があるだなんて出来過ぎている。


背中を伝う嫌な汗を、夜の空気が更に冷やす。

あまりにも出来過ぎたそれを、偶然と言って良いのだろうか。



「……私もね、困惑している」


 長い睫毛を伏せて、赫夜が呟く。


「私があの子を助けたのは、気紛れだった。珍しいものを見に行って、ただ求められたか

ら。お前の友人だなんて、その時は気付かなかった。今になってまた、あの子と私の約

束とが、こんな形で繋がるとは思ってもいなかった……」


 段々と小さくなっていく声が夜空に溶ける。

 首を下げ、迷いを払うかのようにゆるく首を振ると、淡い金の髪が波打つように揺れた。



「私がお前にこの話をしている理由は、二つある。」 


 まだ少し俯いたまま、赫夜は再び口を開いた。


「一つは、最初に言った通りあの子を気にかけて欲しいから。まつろわぬ神との一件について、言った通り、あの子も無関係とは言えない状況だから。巻き込む気はないけれど、何があるかはわからないから……いざという時に、守り手は多い方がいい」


「理由はわかるけど、守るって言っても……俺にできることなんて」


 俺と夕鶴が親しかったのだってすごく昔だし、俺はただの高校生だ。

 ずっと俺を見ていたと言っていた赫夜だって、それくらいわかっているはずだろう。


 狼狽える俺を、縋るような眼差しで見つめる。


「……二つ目は、これから先、あの子の事情を知った上で、側にいて力になってくれる人間が必要だと思ったから」


 赫夜は不安げに言葉を吐き出すと、俺の返事を待つように押し黙った。


 誰かのことを守るとか、支えるとか、自分にそんな力があるなんて思ったことない。

 ましてや得体の知れない人攫いや、怪異からなんて、頑張るなんて口に出すだけでも安請け合いも良いところだ。


 なのにどうしてそんな、信頼の滲んだ切実な瞳で俺を見るんだろうか。


 そんな表情をされると困ってしまう。

 頼られて困って、なのに嬉しいと感じてまた困る。

  

 ろくに事態を飲み込めても居ないのに、眼の前に居る赫夜をどうにかしてあげたいと、支えてあげられたらと思ってしまった。



 ……どうして、俺はこんなにこの子に弱いんだろうな。


 自嘲が口の端を緩ませる。


 じわじわと気持ちが上向いてくる自分が不思議だった。

 暗い夜空の中でもわかる小指の痕に視線を落とし、むず痒さを感じながら口を開く。



「――俺は結構楽天的だからさ、色んなものが繋がってるって聞くと気味悪いけど、どっか、悪いようにはならないっていうか、なんとかなるって思ってるんだよね」


 ちょっと無理に笑顔を作ってみれば、赫夜は大きな瞳を瞬かせる。


 夕鶴がひどい目にあっていたと聞いて、その事実を、裏にある恐ろしい闇を考えると苦しい。

 それでも、生きてまた会えたことの方が何倍も大事なことだった。


「だから俺、赫夜には感謝してる。偶然でも故意でも何でも良いよ。夕鶴のこと助けてくれて、また俺と会わせてくれてありがとう」


 少しくらい感謝の気持ちが伝わるだろうかと、繋がった手を数回ゆっくりと上下に揺らす。


「俺にできることって言っても、あんま無いだろうけどさ。助けになれたら良いなとは思ってるよ」


 慰めになればいいと思って紡いだ言葉だけど、俺の口から出たのは全部本心だった。

 思ってもないことなんて、言えるわけがないんだ。




「夕鶴を救ったのは……朝来、お前だよ」


 赫夜は小さな声で、けれどはっきりと言った。

 まだ少し不安な色を残した瞳で、薄く笑んでいる。


 赫夜なりの慰め返しだろうか。

 救ったなんて、俺が夕鶴に何かしてあげた覚えはない。

 今日まで存在すら記憶の底に仕舞い込んでいたのに。



「お前はあの子に、護りの術を掛けたでしょう?」

「……! それって!」


 赫夜の言葉に、驚きのあまり食い気味に顔を寄せた。


「治療の際、お前の力の残滓を感じた。あの強い護りがあったから、夕鶴だけが生きていたんだと確信した。二人の繋がりに気付いたのはそこからだよ」



 俺の恥ずかしい黒歴史。


 本で見ただけの出典も定かじゃない護りの術に、まさか本当に効果があったなんて。

 大事な友達を護ることができていたなんて。


「効果あったんだ……あんなの、適当だったのに……」


 目頭が少し熱くなる。

 こんな話を聞かされて、舞い上がらない奴はいるんだろうか。


 人生は平穏な方がいい、日常を支える人々の力強さは今だって俺の記憶の中で尊く輝いている。


 それでも……この力だって俺の一部だから。


 自分にとって長いこと無意味な持ち物だった力にも、少しは意味があったのかもしれない。

 俺って結構やれるんじゃないかとか、嬉しくて調子に乗ってしまいそうだった。


「やばい、慰めるつもりだったのに俺のほうが嬉しくなってる」


 涙が出そうになるのを堪えるために、大袈裟に笑って見せる。

 昼間はあれだけ困惑して、神を退治しろなんて言われてもって思っていたのに。

 こんなにあっさり気持ちが前を向くなんて、俺って本当に単純だ。


「……本当に、どうにかなりそうな気がしてきた」

「何の話?」

「もう、全部だよ」


 俺の言葉に、赫夜はきょとんとした表情で首を傾げている。


「まつろわぬ神を倒すにも、夕鶴を守るにも、結局まずは気持ちの悪い蟲を使った企みってやつをどうにかするしかないんだろ?」


 話しながら自分の中で、そうだ。と納得が落ちていく感じがする。

 難しく考えすぎるのは、きっと良くない。


「だからとりあえず、蟲の奴を中ボスって考えれば良いのかなって思ったんだけど」

「……中ボス?」


 RPGめいたことを散々言っていたくせに造詣が浅いらしく、眉根を寄せて首を捻っていた。


「当分の間の目標って意味」

「……急にどうしたの?」

「そんな不審な目で見ないでよ」

「だって、昼間はすごく嫌そうだったじゃない」


 赫夜は態度を変えた俺に困惑している様子で、遠慮がちに語尾を濁す。

 

「俺だって急だとは思うけどさ、前向きに行こうかなって。だから、そういうことにしとかない?」


 繋いだ手を引き寄せながら、まっすぐ見据えて伝えると、わずかに赫夜の表情が緩んだ。



 俺と、赫夜と、夕鶴の繋がり。

 まつろわぬ神と、奇妙な蟲と。

 きっと、そこに意味があるのならば、そのうちわかることだろう。


「とりあえず俺、レベル1だから。ひとつずつ始めさせてよ」

「……一緒にやってくれるの?」


 ちらりと、俺のやる気を上目遣いで窺ってくる。


「最初から選択肢なかったじゃんそれ」

「だって、そういう約束だもの」


 昼間は言えなかった軽口に、そうだと楽しげに答える赫夜の笑顔は鮮やかだった。


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