11話 月のお姫様は待ち合わせが好き
思いつきの誕生日プレゼントは喜んでもらえたようだ。
良かったと胸を撫で下ろしたところで、赫夜との待ち合わせまでの時間もそう無いと思い出す。
「時間取ったし、駅前広場まで早く行かないとな」
「うん……そうだね」
俺が移動を促すと、夕鶴は頷いて大人しく横に並んだ。
店から少しの場所にある大規模な交差点。そこを渡った先に赫夜との待ち合わせの駅前広場がある。
気を抜けばはぐれそうなほどの人が行き交う交差点の手前で、夕鶴が急に立ち止まった。
二歩ほど先を歩いてから、足を止めた夕鶴に気付いて振り返る。
「どうしたんだよ。何かあった?」
「やばい、友達がいる。」
夕鶴はぽつりとそう呟いた。
「友達?」
「そう、学校の友達! だから、あんた一人で先に駅前行ってて!」
夕鶴の横まで戻った俺の背を、あっちへ行けとばかりに手で押してくる。
「うわ、人混みで押すなよ!」
「いいから早く離れてよ!」
「赫夜との待ち合わせはどうするんだよ!」
「うるさいな! いいから離れろ! この時間に男と街にいるとか見られたくないっての!」
射殺さんばかりの目で俺を睨んでくる。
学校の友人達の噂好き加減を頭に浮かべて、同じように誤解を受けて揶揄われるのを想像すると確かに面倒くさい。
「わかった。俺一人で先に行くから、夕鶴もちゃんと合流しろよ」
夕鶴からの扱いは理不尽だとも思うが、大人しく従っておくことにした。
「ちょっと挨拶したら行くし!」
「来なかったら通話鳴らしまくるからな」
「うざ。ブロックしよ」
「おい……」
「朝来が変な心配するからでしょ! 赫夜のことよろしく!」
慌ただしく捲し立てた夕鶴は、ひらひらと手を振って人波の中を逆方向へと紛れていく。
「俺も行くか……」
夕鶴の背を見送ってから、信号機が青へと変わると同時に動き出す人の流れのままに、駅前広場へと歩き出した。
駅前広場は待ち合わせの場所として有名なモニュメントがあり、初めて来た人間にもわかりやすいという利点がある。
その反面、同じように待ち合わせをしていると思われる者達が多いのが欠点だろう。周囲は満員電車のごとく密集した状態だった。
「えぐい人の量だな。この中から見つかるのか?」
週末のせいか特に人が多いと感じる。黒々と隙間の見えない人混みから目視だけで探し出すのは中々骨が折れそうだ。
こんな事になるなら家かタクシーの中で赫夜に連絡先を聞いておけば良かったと後悔した。
人波をかき分けてモニュメントの近くまで移動しようと試みるが、見渡す限り人・人・人だ。
あまりの混雑ぶりに前へ進むことすらままならない。
駅前広場では範囲が広すぎて、待ち合わせの位置を細かく決めなかったことをまた悔やんだ。
夕鶴へ連絡して、夕鶴の方から赫夜に連絡を取って貰うべきかと考えたところで、視界に淡い金色が映る。
人混みの中でも一際目を引く存在が、そこに居た。
赫夜は広場のモニュメントからさほど離れていない位置にある植込みの横に立ち、空に薄く光る月を見上げている。
その姿は、いつもの夢の中の姿と重なって見えた。
遥か遠くにある月を見上げるその横顔は、とても儚くてきれいで、目が離せなくなる。
「赫夜……」
俺の口からこぼれた名前は、呼びかけとするには遠かった。
それでも俺の視線には気付いたらしく、赫夜は真っ直ぐ俺に向けて微笑みかけてきた。
「おかえりなさい」
「……ただいま?」
人混みを無理に縫うようにして、なんとか目の前に辿り着いた俺に赫夜が声を掛けてくる。
外の待ち合わせでその挨拶は少しおかしい気もしたけれど、くすぐったい感じがして悪くはないと思った。
「ええと、待たせた?」
「大丈夫、待つのは嫌いじゃないよ」
大丈夫とは言っても待ったことへの否定もしないので、それなりに長くここに居たのかもしれない。
「いつから来てたの?」
「どうだろう。時計なんて別に見てなかったから」
赫夜はそう言って、目を伏せながら柔らかく笑う。
「夕鶴に連絡してくれたら早く店から出たのに」
「そんな気遣いはいらないよ。そういえば夕鶴はどこ? 一緒じゃないの?」
「友達見かけて、少し話してから来るって」
「そうなんだ。じゃあ待ちだね」
夕鶴が遅れることを伝えると納得したように頷いて言った。
赫夜の隣にそっと並んで、同じように月を見上げる。
一緒に待っているんだし、折角なんだから何か話した方が良いのではないか。
懸命に会話の引き出しを漁ってみたが、上手い取っ掛かりが出てこない。
ちらりと、赫夜の作り物めいたきれいな横顔を横目で見る。
柔らかそうな金色の髪は、やっぱり月と同じ色をしていると思った。
「ねぇ、朝来は待ち合わせって好き?」
丁度、赫夜を見ていたタイミングだったので、話し掛けられて少しだけ鼓動が跳ねた。
「どうかな……? 特に考えたことなかったかも」
「そうだよね。私もだよ」
「そう、なんだ?」
話の意図が読めずに首を捻る。
赫夜はじっと月から視線を外すことなく、微笑みながら独り言のように続けた。
「そう……殆どしないからあまり意識してこなかったけど、今さっきまで結構ね、楽しかったから。朝来がね、いつ来るかなぁと思うと少し落ち着かなくて、不思議と楽しいと思ったんだ」
赫夜の言葉は、まるで俺が来るのが待ち遠しかったのだと言っているように聞こえてしまう。
足先が浮くような、なんとも落ち着かない気持ちになって、視線を地面へと落として体の前で両手を合わせ、指を温めるかのように組み解す。
さっきまでコーヒーを飲んでいたはずなのに、喉が渇いて仕方なかった。
指を揉む俺の仕草が寒がっているように見えたのか、赫夜の手がそっと横から重ねられた。
触れたその手は、自分より少しだけ温かい。
その温度を辿るようにゆっくりと横を向くと、俺を見つめている赫夜の瞳があった。
目が合うと、大きな瞳が少しだけ細められる。
「あとさっき、朝来の方が先に私に気付いたね。それがね、すごく嬉しかったよ」
あどけなさを感じさせる赫夜の柔らかな笑顔に、自分の胸の内側から響く鼓動の音が少しずつ大きく、うるさくなっていく。
「……赫夜は髪の色とか、ほら、目立つから」
「理由なんて、何でも良いよ」
「……そう、かな?」
「うん。ただ、嬉しかったから」
「…………そっか」
そうしてまた、赫夜は月を眺め始めた。
俺は、いつの間にかやって来た夕鶴に「こら」と言われるまで、鼓動と喧騒が混ざりあう音を聞きながら、ただ赫夜の横顔を見つめていた。




