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夜明けが君に届くまで  作者: ちる
第一章
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1話 男子高校生は月のお姫様の夢を見る

 ぼやけた視界には、散らかっている訳ではないが洒落っ気も面白みもない男子高校生の自室が広がっている。

 薄暗い天井へ向けて、何かを求めるかのように伸ばされた自分の腕があって、いつもの夢を見ていたと気が付いた。


 脳天を小突くように振動しながら大音量で鳴るスマホが、現実に戻ってこいと俺を急かす。

 あくびを噛み殺しながら通話に出ると、着信音以上に賑やかな声が聞こえてきて耳が痛んだ。


「お、朝来あさき起きてたか!」

「たった今、りゅうに起こされたんだけど?」


 声のボリュームに耐えかね、スマホを顔から離し気味にして言葉を返す。


「高校生が休日の十二時前に寝るとか本当ありえんから。起きろ遊ぶぞ」

「あのな……日曜の夜だぞ。明日からまた学校だってわかってる?」


 安眠妨害に対する苦情は一応伝えてみるものの、竜には快活な笑い声で流されてしまう。

 竜とは中学からの付き合いで、一番仲のいい友達はと聞かれたらお互いの名前を挙げるくらいの間柄だ。良くも悪くも遠慮がない。


「なんだよノリ悪いな。憧れの金髪美少女との夢見てたの邪魔したか?」

「おい! その話はもうするなって前に言っただろ!」


 俺、笹原 朝来(ささはら あさき)には、幼い頃から何度も見る夢があった。

 『赫夜かぐや』という、御伽草子の月から来たお姫様と同じ響きの名前を持つ、綺麗な女の子と旅をする夢。


 かぐや姫と言うと黒髪のイメージだが、赫夜は淡い金色の長い髪と、甘い蜜色の瞳が強く月を連想させる、儚げな容姿をしていた。


 神職のような白と赤の狩衣と、片耳だけに赤い組紐の耳飾りといった和の衣装を纏っているのは、夢に出てくる町並みが教科書の挿絵に載せられている平安絵巻に似ているせいだろうか。

金髪で和服、とだけ聞くと違和感を覚えるかもしれないが、赫夜には不思議とよく似合っていた。



 一度ポロッと漏らしてから、もう何年も定番のからかいネタとして擦られ続けている。

 やめろと何度言っても懲りない竜に、今回もつい反応してしまい大きな声が出た。


「いやー、でも、同じ人物が出てくる夢を何度も見るなんて不思議な話だよなぁ」

「……だから何だよ」

「いんや、ロマンチックな話だねぇと思ってよ。朝来の夢に出てくる金髪美少女が実在すればな」


 気恥ずかしさで尖った言い方になってしまったが、赫夜の話題を出した時点で竜からすれば俺の態度はいつものことだろう。

 しみじみと尤もらしい事を言われて、俺としては腹立たしいけれど否定もしきれず、ぐっと喉を詰まらせた。


「別に現実だなんて思ってない。っていうか、変な意味に取るなよ」


「そりゃそうだろ。ま、性癖はしょうがねぇけど……現実見て修正する努力したほうが良いんじゃね?」


「性癖って言うな。あー……本当に話さなければよかった」


 中学生だった当時の迂闊さに今でも後悔が尽きない。

 この話はもうやめろと、大きな溜め息を通話に乗せて竜へ知らせる。


「ああ、そうだ本題忘れてた。これから斎藤のホラゲ見守り会すっけど。お前も来ない?」

「FPSかRPGなら考えるけどホラゲなら行かないかな」

「了解。朝来って怖がりでもないのにホラー嫌いだよな」


 竜はさっきとは違い、すんなりと引き下がった。

 毎度断るのに声を掛けてくれる事への感謝を伝えて通話を終える。


「眠気完全にどっか行ったじゃんか」


 今すぐ布団に横になる気にはなれなくて、大きく息を吐きながら頭を掻く。

 いっそ近所のコンビニまで散歩でもするか。


 月夜の外出を決めて、部屋着である黒い長袖のTシャツの上から、何年前から着ているか定かではない着丈の短くなったグレーのジップパーカーを羽織る。

 鏡に映る姿は端的にダサいの一言に尽きるけど、街まで遊びに行くとかじゃないんだから許されるはずだ。


 誰にともなく言い訳を呟いてから、音を立てて親を起こさないようにそっと玄関へと向かった。



+++



 夜の住宅街、十一月も半ばとなった夜の冷えた空気に肩を縮める。

 少しでも寒気が内側に入り込まないようにパーカーの合わせを首元で握りしめた。


 家々の窓から漏れる明かりしかない坂道を歩いていると、前方から来たお爺さんが俺に向けて手を振っている。


 知らない顔だけど、こんな夜中に徘徊するなんて家族は心配してるんじゃないだろうか。

 交番に連れて行くべきか……でも、俺もこの時間だと怒られそうなんだよな。


 悩みながらも声を掛けようと近寄ったところで、お爺さんの纏う独特な気配が生者のものではないと気が付く。


 あぁ、生きてなかった。


 できるだけ自然に視線を横に動かして、見なかったことにして先を急いだ。


「これだから、ホラーは何か苦手なんだよなぁ……」


 俺にとっては当たり前みたいな世界で。

 時々こうして、パッと見分けが付かなくて冷や汗をかく羽目になる。


 見えたからって何ができるというものでも無いだろうこの力は、あって得をした記憶はないけど、損をしたと感じることも特に無いというのが正直なところだ。

 とりあえず、人生の中で今のところ役には立っていない。



 外は俺が思っていたより随分と夜風が身にしみて寒くて、自然と肩が縮こまる。

 今更家まで着替えに戻るほどではないけれど、コンビニでホットコーヒーでも買おうかとは思える温度感だった。


「あー、寒い……」


 気を紛らわせるために呟いた言葉が、夜の住宅街に溶けていく。

 吐いた息の白さを目で追って、濃紺の夜空を見上げる。


 今日の夢で見た赫夜は、人の賑わいから少し離れた場所で一人静かに移ろいゆく情景を見つめていた。

 その姿は少しだけ寂しそうで、思い出すと少し心が落ち着かなくなる。


 さして雲があるわけでもないのに地上の明かりで掻き消えそうな星々の中で、金色に赫く月だけが、やけに鮮明に感じられた。



+++



 住宅街の一角、細長いマンションの一階部分に作られたコンビニが周辺を明るく照らしている。

 数年前までは学習塾だったものが、少子化の影響というやつなのか、いつの間にか今のコンビニへと変わっていた。


 マイナーなチェーン店で店舗規模はそう大きくないけれど、それまではちょっとした買い物するにも逆方向のスーパーマーケットか少し先の駅前まで行く必要があったので、俺を含めた家の近い友人など近隣住人はこのコンビニの出店を大いに喜んで愛用している。



 店の中に入ると俺以外の客は居なかった。

 もうすぐ日を跨いで月曜になるからだろうか。いつ来ても一人二人は居る印象だったので珍しい。

 興味深く店内を見回しながら、おもむろに食べたくなったアイスモナカを手に取りレジ台の上に置く。


「すみませーん」


 カウンターの奥へ声を掛けてみるけれど、誰も出てくる気配はなかった。

 レジ台に軽く身を乗り出して覗いても店員らしき人影は見えない。


「すみませーん、居ませんかー?」


 再び声を掛ける。

 しかし、十数秒待っても返事どころか物音すらしない。

 これだけ大きな声で呼んでも出て来ないなんて、バックヤードで熟睡しているんじゃないだろうか。


 どうしたものかと頭を捻っていると、ふと背筋を撫で上げられるような感覚にぞわりとする。

 それは、これまで感じたことの無い強く気味の悪い違和感だった。


 何かが、いる。

 何か、悪いことが起きている。


 背中に嫌な汗がにじんだ。

 俺がこう感じるということは、間違いなく近くに霊とか妖怪といった何かが居るんだろう。

 今まで幾度となくおかしな気配は感じてきたが、こんなに不快な、負の気配を感じたのは初めてだった。


「気のせいには……ならないよなぁ」


 乾いた笑いとともに口から出た言葉を拾う者は、この場に誰も居ない。


 俺の直感通り、怪異の類いが悪さをした結果、ここのコンビニの店員が大変な目にあっているとする。

 けど、俺に何かできることってあるのか?


 確かに昔から、そういう存在を見ることはできた。

 だからって、俺はただの高校生だし。運動は嫌いじゃないけど武道や格闘技とかは習ったこともない。

 アニメや漫画で見るような、能力を活かすための特別な訓練とかもしたことがない。

 何が居るかもわからない場所に突っ込んで行って、俺に何かできる?

 

 どれだけ考えを巡らせても、結局は当たり前とも言える結論に行き着く。


 けれど、それでも。

 このまま見ないふりして家に帰ろうとも、踏ん切りを付けることができずにいた。



 レジ台の上の、時間が経って表面に水滴の浮かんだアイスの包装を見つめる。


「いや、何かあっても救急車を呼ぶくらいはできるし」


 それくらいなら俺にもできるはずだと、声に出して自分の行動方針を決める。

 気持ちの上では行きたくない。なんなら吐きそうなくらいだ。


 それなのに、嫌な予感の先に行っても何もできないのはわかってて、大人しく帰るのがベストなのもわかってて、その上で決断を躊躇ってしまうのならば。


 それはもう、俺はそこに行きたいってことに他ならないだろう。

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