8話 クリス・ジェファード
「ジン君いこ」
途端アンナの目が冷徹なそれへと変わる。やはり昨日のことはまだ許してないらしい。⋯⋯まぁ昨日の今日だしな。
アンナはクリスを避けて先に進もうとするが、クリスもめげずに食い下がる。
「待てよアンナ!⋯⋯今日は謝りに来たんだ」
「謝りに来た一言目が嫌味?謝るって言葉誰かに教えて貰った方がいいよ」
「⋯⋯嫌味のつもりで言った訳じゃねぇ」
「じゃあどういうつもりで言ったの?」
クリスはバツが悪そうに頭を一度掻くと、
「新人の付き添いでシアン平原なんてせいぜいがアイアン級の仕事だろうが」
そう言って胸元のタグを取り出した。その材質は、鉄だ。
「昨日はすまなかった。⋯⋯酔っててどうかしてた。ソフィアにこっぴどく怒られたよ。その詫びと言っちゃなんだが、今日は俺にこいつのエスコートをさせてくれ」
「エスコートぉ??」
アンナは訝しげな顔でクリスを見やる。
「あぁ、エスコートだ。⋯⋯そういえば昨日は握手せずじまいだったな。俺はクリス、クリス・ジェファードだ。1日遅れになっちまったが⋯よろしくな新人」
微笑みながら手を差し出してくるクリス。しかし⋯⋯、
その目には疑いの色が残ったままだ。
頑張って隠しているようだが、職業柄洞察力には自信がある。昨日の俺の態度に不信感でも抱いたか?
⋯⋯しかしまぁ、別に警戒する程のものでもない。結局はアンナを想っての行動だろう、可愛いもんだ。
「ジン・スミキだ、ジンでいい。よろしくクリス」
俺は何も気付いていない振りをして、クリスの手を握り返した。
「え〜ほんと〜?そんなこと言ってジン君いじめるつもりなんじゃないの〜??」
どうやらアンナはまだ信用していないらしい、疑いの目を隠すことなくジロジロとクリスを見ている。⋯またそれが半分当たっているのが少し笑える。
「⋯⋯疑われることをしたのは俺だ、本当に悪かった。でも今日の俺は昨日とは違う、信じてくれ」
「え〜?どう違うの?」
「今日の俺は酔ってない」
「酔ってても酔ってなくてもクリスはクリスじゃん」
「それは、違う」
「どう違うの?」
「⋯⋯⋯⋯」
クリス弱いな〜。ジャブでノックアウトされんなよ。
しかし俺としてもアンナとは出来ない話もある。仕方無い、少しだけ助け舟でも出してやるか。
「まぁまぁアンナ、確かに昨日のクリスは酷かったけどこうやって謝りにも来てくれたんだ、そんな言ってやるなよ」
「え〜でもなんか怪しくな〜い?」
「そうかぁ?」
怪しいけど。
「⋯⋯教えてくれ、どうしたら俺を信用してくれる?」
「ほら反省してるよ」
「え〜?そ〜お?ん〜⋯⋯」
それでも暫くは疑わしそうにクリスを見ていたアンナだが、やがて「はぁ〜っ」と大きなため息をついた。
「昨日あんな絡まれ方したのにジン君はクリスのこと許せるの?」
「その分丁寧に仕事を教えてくれればね。それに⋯⋯」
「それに?」
「今日のクリスは酔ってないらしい」
それを聞いたアンナはもう一度大きなため息をつき、
「⋯⋯わかったよ。元々絡まれたのはジン君だからね、ジン君がそれでいいなら今日はクリスに教えてもらいな」
「アンナは一緒に来ないのか?」
「さすがに2人がかりで教えるようなもんじゃないからね、そんなとこ見られたらジン君が他の冒険者に笑われちゃうよ」
「そうか、⋯⋯アンナ」
「なに?」
「魔法の特訓は絶対一緒にやろうな」
「次は絶対ね!」
「あぁ、絶対」
そう約束すると、アンナは掲示板の方に戻っていった。
アンナと別れた俺達は、シアン平原行きの乗合馬車へと向かう。
「こっちだ」
「ん?右じゃないのか?」
「そっちは裏門だろ、シアン平原は表門からだ」
「なるほど。ちなみに裏門からはどんな所に行けるんだ?」
「ストーン級が行けるような場所は無いな。てか危ないから裏門は無いものだと思っとけ」
「わかった」
どうやら昨日俺が迷い込んだ裏門方面はかなり危険な区域らしい。まぁ町からそう離れてない道沿いでホーンウルフが襲ってきたしな、納得だ。
道中武器屋で安物の短刀(2000ゼニ)を買い、他は特に寄り道せず馬車へと着いた。
「⋯⋯でかいな」
馬車と言っていたので普通の馬を想像していたが、こいつはそれよりニ回りは大きく、身体もごつい。こいつも魔物か?だとしたら魔物の中にも人間を敵視しないものもいるということか。そういえばあのゼリーも明確な攻撃をするまでは大人しいものだった。
「そろそろ出るけど乗ってくかい?シアン平原までは100ゼニだ」
運転手に100ゼニ渡して馬車へと入る。馬車は地球のそれより遥かに広く、4人×3列の計12人乗りだ。しかし朝も早い為か、それともシアン平原の人気がないのか俺達の他には3人しか乗ってない。
「空いてるし後ろでいいだろ?」
「あぁ」
馬車が発車する。乗り心地はいいとは言えないが、中々の速度だ。時速30kmくらいか?
「シアン平原まではどれくらいかかるんだ?」
「20分ってとこだな」
「シアン平原で気をつけることは?」
「着いたら教える」
「⋯⋯エスコートにしてはぶっきらぼうだな」
微笑みながらそう言うと、それを合図にクリスが俺を睨みつけてきた。
「ジン、お前何もんだ?」
「いきなりなんだよ?」
「酔ってたとはいえ俺は昨日お前を睨みつけ、あまつさえ恫喝までした。そこらの新米冒険者なら震え上がる。泣いたっておかしくねぇ⋯⋯なのにお前は震えるどころか俺に握手を求めてきた。今だってそうだ、こうやって睨んでんのに平気な面してやがる。⋯⋯繰り返すぜ、お前は何もんだ?どこで生まれ、どこで育ち、何を目的にアンナに近づいた?」
なるほどな、警戒するには尤もな理由だ。
思ったよりしっかりしてるじゃないか。クリスの評価を少し修正し、答える。
「俺が何者か⋯⋯俺が知りたいね」
「とぼけてないで質問に答えろ!」
「とぼけてなんてないさ、⋯⋯アンナには言うなよ?」
「内容による。さっさと言え」
「俺は記憶喪失なんだ」
「⋯⋯⋯⋯は?」
真面目な顔で言う俺に、クリスはポカンと口を開ける。
「気づいたら草原にいた。訳もわからず道沿いに歩いていたらホーンウルフに襲われ、そこをアンナに助けられたんだ。だから目的なんて無いし、どこで育ったかも覚えてない。これで満足か?」
「お前⋯⋯嘘つくにしてももう少しマシな嘘つけよ。おちょくってんのか?」
「嘘じゃないさ」
「じゃあなんでそんなことアンナにも話してないんだよ!なんでアンナにも話してないことを俺には話すんだ!!」
クリスの語気が荒くなる。他の乗客もいるのでもう少し静かにしてほしいが、それを言ったら逆効果になりそうだ。
「アンナは知ってるよ」
「嘘つけよ!アンナには言うなって今言ったばかりだろ!!」
「記憶喪失だとクリスに教えたこと、それをアンナに言わないでくれ。そう言ったんだ」
「は!?どういう意味だよ!」
「昨日アンナとギルドを回ったが、アンナはその事を誰にも言わなかった。俺が好奇の目で見られないよう気を使ってくれたんだ。その優しさを蔑ろにはしたくない」
「⋯⋯それを信用しろってか?」
「信用しようがしまいが、事実だ」
クリスは悩むように頭を掻く。頭を掻くのが癖なんだろう。
「⋯⋯もしそれが本当だとしても、まだ納得はできねぇ。」
「どこらへんが?」
「ジン、お前の俺に対する態度だ。お前にとっちゃ俺は初対面からうざく絡んでくるだけの相手だろ、好感を持てる場面は無かった筈だ。なのになんで俺を選んだ?」
「選ぶ?」
「ああ。ギルドでお前が俺を拒否すれば、今ここに座っているのは俺じゃなくアンナだった。なのに同行を許したあげく記憶喪失なんて秘密まで言うなんてどう考えても不自然だろ。俺のどこを見たらそこまで信用できるんだよ」
確かにクリスからすれば不自然だろう。だが、それに対する答えは簡単だ。
「クリスを信用した訳じゃない、アンナを信用してるんだ」
「は?どういう意味だ?」
「『クリスは性格めんどくさいけど面倒見のいい、頼りになる人』、アンナはそう言ってたよ」
「アンナが⋯⋯」
「冒険者仲間がアンナだけってのもあれだしな、アンナのお墨付きならそいつとは仲良くしたい、そう思っただけだ」
性格めんどくさいのは当たってた、他も当たっててほしいね。からかい気味にそう言うとクリスは恥ずかしそうに「うるせぇ」とだけ言い、頭を掻いた。
そのまましばらくの時間が過ぎ、馬車が止まる。シアン平原に着いたようだ。降りようとする俺にクリスが後ろから話しかけてきた。
「とりあえずお前の言うことを信用する。⋯⋯疑ってすまなかった」
「⋯⋯丁寧に仕事を教えてくれればそれでいいよ、あとは昨日の俺にも謝ってくれれば」
「昨日のジンに?」
「クリスがソフィに連れ去られた後、怒ったアンナをなだめるのは大変だったんだ」
肩をすくめる俺にクリスはもう一度、「すまなかった」と謝る。それを聞いた俺は「ははっ」と笑い、改めて馬車を降りる。
馬車を降りたその先には、初めてこの世界に立ったときと同じような、青々とした草原が広がっていた。
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