6話 一日目の夜更け
「ちょっとクリス!いきなりテーブル叩かないでよ!!」
「ごめんなアンナ。ちょっとばかし聞き捨てならない言葉が聞こえたもんで、つい、な」
謝りながらも酔っ払いの目は俺に向いたままだ。そしてその目は明らかに俺を威圧しようとしている。なぜ初対面の奴に睨まれなければいけないのか、その原因は⋯まぁ嫉妬だろうな。こいつはアンナの事が好きなんだろう。
それにしてもクリス⋯⋯クリス、か。
「改めて聞くぜ兄ちゃん、アンナの弟分ってのはどういう事だ?」
「あたしの弟分ってこと」
「ごめんなアンナ、今はこの兄ちゃんと話してるんだ」
「あたしは邪魔ってこと??」
「そうは言ってねぇ、そうは言ってねぇが、大事な話なんだ」
「あたしもジン君と大事な話してたんだけど」
大事な話、その言葉を聞いたクリスが目をひくつかせながら俺を睨んでくる。直情的な男だ。
「言っちゃ悪ぃがよ、アンナは優しすぎるんだ。その優しさはもちろん長所だが、それにつけ込んでくる輩もいるってのも」
「ジン君がそういう輩だって言いたいの?」
「そうじゃねぇかもしれねぇ、だがそうかもしれねぇ。だからこうやって俺が確かめ」
「ジン君のことなにも知らないくせに。気分悪い」
クリスの言葉を遮ってアンナが冷たく言い放つ。アンナも怒ってるな⋯⋯。
アンナが怒るのも無理はない。右も左も分からない人を助け、そいつが不安にならない様、おそらくは普段よりも明るい態度で親切に右左を教えていたのに横からその苦労を台無しにされたのだ。更には人を見る目が無い、と能力批判のおまけ付き。そりゃ機嫌も悪くなる。
しかし、それとは別にクリスの気持ちも理解できる。もちろん嫉妬がその大半だろうが、アンナを心配する気持ちもまた確かにあるのだろう。⋯⋯アンナは優しいからな。
クリスを見る。焦燥感に溢れた顔だ。
こんな筈じゃなかった、そう顔に書いてある。
「兄ちゃん、どんな手を使ってアンナに近づきやがった。正直に答えろ!」
もう後には引けなくなっているのか、クリスはもう一度テーブルをバン!と叩くと、半ば強引に俺へとつっかかってきた。
⋯⋯横で怒りを露わにしているアンナに任せてもいいが、クリスの事は知っている。初日から事を荒立てるような人物ではないという事も。
「どんな手、か。⋯⋯逆だよ」
立ち上がり、握手の為の手を差し出す。
「アンナに手を差し伸べられたんだ。アンナがいなければ俺は今頃死んでいた。俺はジンだ、よろしくクリス。クリスのことはアンナから聞いてる」
「は?アンナが俺のことを?」
「ああ」
そうなのだ。
ホーンウルフを担いで町へと向かう道中、アンナは頼りになる冒険者についても教えてくれた。そしてその中に、クリスの名もあった。
「⋯⋯アンナはなんて言ってたんだ?」
好きな子が自分について語っていた、気になるよな。
「面倒くさいけど根は良い奴」、そう言おうとしたが、
「言わなくていいからね!」
それはアンナに止められた。
「⋯⋯悪くは言ってなかったよ」
「そうか⋯⋯」
クリスは握手を返してくれていない。おそらく振り上げた拳の下ろし先に困っているのだろう。焦燥感からつっかかってくる相手には友好的な態度で、相手にとって少し嬉しい情報を与えると容易く事は運ぶ。
改めて握手を求めればクリスは断らない、そしたら横に座らせ酒を酌み交わせばクリスはクリア。問題はアンナの機嫌をどう元に戻すか⋯⋯。考えていたところで、クリスの背後、その殺気に気付く。
クリスの背後には、いつの間にかソフィアが立っていた。まるで今にも人を殺しそうな目で⋯⋯。
鬼はクリスの耳を勢いよく引っ張ると、
「おいこら、新人にちょっかいかけんなっつっただろ。ちょっとこっち来い」
「ちょま!待った!違うんだって!!いでででででで!!!」
耳を引っ張りながらクリスを奥へと連れ去っていく。
どうやらソフィアを怒らせると怖い、というのは本当らしい。
「はぁ〜、気を取り直して食べよっか」
疲れたように言うアンナに同意し、ジョッキを傾けながらフォレストピッグの到着を待った。
⋯⋯クリスと握手しそこねたな。
「美味しかった〜!」
「ああ、特にカルパッチョとステーキは最高だった」
「だよね〜!あたしも絶対毎回頼むもん!」
あれから1時間、食事を終えた俺達はギルドから少し離れた宿場へと向かっている。
今日の食事代は迷惑をかけたお詫びにクリスが奢ってくれるらしい。ソフィアが笑顔で言っていた。
「到着〜!ここがジン君の今日の宿『熊のげんこつ亭』だよ、なんとたったの500ゼニ!」
「安いな」
俺が買った服やらリュックやらが合わせて5300ゼニ、風呂代が100ゼニだったのでこの町は物価自体が安い。
それでも1泊500ゼニは宿として破格に思えた。
「安いけど店主のモフレズさんは良い人だよ!それじゃジン君また明日!朝になったら迎えにいくね!」
「あぁ、また明日」
アンナと別れて中に入ると、そこには熊型の獣人がいた。この人がモフレズさんか。
「いらっしゃい。何泊だい?」
「とりあえず1泊」
「500ゼニだ」
言われた額を彼に渡すと、「よし、着いてきな」と彼は階段を昇る。俺もそれに着いて行った。
「着いたぞこの部屋だ。便所は1階にある。共用だから汚すなよ。それと鍵は内側からしかかからんから出掛けるときは荷物も一緒にな」
「個室?」
「喧嘩で壁でも壊されたらそっちの方が高くつく」
「なるほど」
案内された部屋は4畳ほどだろうか、傷んだベッドと小さめの窓があるだけの殺風景な部屋だ。しかし金額の安さから大部屋や相部屋を想像していた為、理由はどうであれ個室というだけで充分に有り難い。
「無いと思うが、もし分からないことがあれば俺のとこまで来い」
階段を降りるモフレズを見送った後、俺もまた部屋へと入る。
まだ夜は長い。
ベッドに腰を下ろし、リュックを足元に置く。窓の外を覗きながら、この世界について考える。
地球とも、所謂『死後の世界』とも違う。実際死んだ結果ここに飛ばされたのかも知れないが、死後の世界にしてはこの世界は生きている。少なくともイメージのような死後の世界、つまり転生を待つだけの待合所でも、罪を償う為の場でも無い。
一体この世界はなんなのか?何故俺はここにいるのか?それを考える為の材料も、今はまだ無い。
「焦る事は無い。これから知っていけばいい」
⋯⋯今すべき事は妄想に耽ることでは無い。今すべきは与えられたスキル、その確認だ。
俺に与えられたスキルは全部で3つ。そのどれもが、俺の実績に由来している。
まず一つ目のスキル、『言の賢者』。
俺がこの世界の言語を使いこなす事が出来る理由だ。全言語解読可能⋯⋯発現理由は前の世界で世界中を飛び回っていたからか?
今こうしてベッドに座っていられるのもこいつのおかげだ。全属性魔法適性大アップというのも、これからの旅の大いなる助けとなるだろう。改めてこのスキルには感謝しかない。
次に『倉庫』だ。
一度試してみるか、俺はリュックから先程まで着ていたスーツを取り出す。⋯汗と血で中々酷いことになっている。
「『倉庫』」
そう唱えるとまるでブラックホールのような穴が出現した。そこに汚れきったスーツをポイと入れるとそれを合図に穴は閉じる。
「『取り出し』」
またも出現した穴に今度は手を突っ込む。先程入れたスーツを頭に思い浮かべると、なにかを掴む感触がした。そのまま手を抜くと穴は消え、手にはスーツが残る。
手に持っていても仕方が無い。もう一度同じようにスーツを穴に入れ、
「『リスト』」
そう唱えると、スキル鑑定したときのように目の前に文字が浮かぶ。
――――――――――
『リスト一覧』
・ワイシャツ
・スーツ下
――――――――――
倉庫に入っている物の一覧だ。こうして一覧で見れるのは有り難い。
『倉庫』、このスキルもおそらく商人をやっていたせいだろう。商人に倉庫は必要不可欠だからな。
そしてこのスキルも他2つと同様に俺の助けとなるのは間違いない。一見地味だが、いつでも出し入れ出来る倉庫なんてものは汎用性の塊だ。
そして最後。
「⋯⋯『カタログ』」
図鑑や辞書ほどの厚さがあるカタログが手の中に出現する。有り難いことに索引付きだ。
ペラペラとページを捲る。
・珈琲⋯⋯5,000ゼニ
・珈琲(缶)⋯⋯12,000ゼニ
・珈琲(豆)⋯⋯70,000ゼニ
・コーラ(500ml)⋯⋯15,000ゼニ
・コーラ(1.5L)⋯⋯25,000ゼニ
⋯⋯と、前の世界で売ったことのある商品が、相場にばらつきがあるものの、大体10倍〜100倍の値段で売られている。
そのままペラペラとページを捲る。
カタログの終わりには、『特別品一覧』というコーナーがあった。
ページを捲る。
そこにも様々な商品が書かれてあるが、中でも一際目を引くのは、
・JN-484(ピストル)⋯⋯100ゼニ
⋯⋯JN-484。
俺が開発したピストルの名だ。
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