10話 帰還
「おっ、生きてたのか!!ははは!ボロボロだな!!」
「……なんで俺がボロボロでちょっと嬉しそうなんだよ」
「お前が生きて帰ってきたのが嬉しいんじゃねぇか!!」
「痛っ!!バカ叩くな!ボロボロなんだから!」
入ってから丸2日。満身創痍でダンジョンから出てきた俺を迎えたのは、入るときにも見張りをしていた男だった。名はサッチだそうだ。
「見張りもちょうど交代の時間だ。キャンプで簡単な手当てくらいしてやるよ!」
「お代は?」
「サービスしてやる!」
地図ではちょっとボッたしな、と付け加えるサッチ。やはりボッてたのか。知ってたけど。
タイミング良く現れた交代の見張りにも挨拶し、ダンジョン攻略キャンプにお邪魔する。キャンプとは言うものの最早ただの建物だ。左側の建物は居住用、右側の建物は医療用らしい。医療用の方に入り服を脱ぎベッドの一つに座り、サッチに渡された傷薬を全身に塗りたくった。
「いや本当良く帰ってきたな~!日付が変わっても帰って来ないから完全に死んだと思ってたぜ」
「自分でも何度か死を覚悟したよ」
「だろうな、全身傷だらけだ。けどお前は生きて帰った。大事なのはそこだ」
乱暴に包帯を巻きながら、サッチはしみじみと言う。
「ダンジョンに入るのを止めなかったくせによく言うぜ」
ため息交じりに返してみた。
「そりゃあ俺に止める権利なんてねぇもんよ。ジンだって理不尽に止められたらそれはそれで文句言っただろ?」
「そりゃあな」
「だろ!?いや分かるぜ、俺もお前くらいの頃は無茶したもんだからな、冒険を止められるってのが一番ムカつくんだ。それとこれは持論だがな、冒険者ってのぁ一度くらい死にかけた方がいい。自分の限界を知るためにもな」
「そういうことにしておくよ」
肩をすかし、サッチから貰ったリンゴを齧る。甘い蜜が全身を駆け巡っていくのを感じた。
疲れたときの糖分は何故こんなにも染みるのか。
「で、どうだった?2日間のダンジョン体験を聞かせてくれよ」
手当ても一段落し、サッチが尋ねてきた。好奇心もあるのだろうが仕事でもあるのだろう。
「特に何か変わったことが起きてたら最優先で教えてくれ」
変わったこと、ねぇ。
「変わったことなら一つあったぞ」
「お、なんだ?」
「魔物湧きすぎ。10分に1回襲われた」
「はは、そりゃ仕様だ!未開拓のダンジョンってのはそんなもんだぜ、てか分かってて挑んだんじゃないのか?」
「多少の覚悟はしてたけどここまでとは思わなかったよ。おかげで魔物に追いかけられ続け、いつの間にか森の中で迷ってこの有様だ。せっかく買った地図の出番も殆ど無かった。……今からでも返品できるか?」
「それは出来ない相談だな!まぁ勉強代だと思っとけ」
ケラケラと笑うサッチを恨めしそうに睨みつける。
2階層の奥まで行ったらゴーレムが現れた、なんてことは勿論隠匿。面倒なことになろう事など目に見えているからな。
「ありがとう、参考になった。じゃあ最後にそのリュックの中を見せてくれ」
適当にでっち上げた2日間の大冒険を1時間かけて話し終えたところで、サッチがそう言ってきた。
「あぁいいぜ。床にばら撒いてもいいか?」
「おう、頼む」
行きと違い随分と膨れたリュックをひっくり返す。ドザァ、と大量の素材が床一面に広がった。全て1階層の魔物のものだ。
「おお!大量だな!!」
「2日間もいたらそりゃあな」
少しドヤ顔で言ってみる。
「どれどれ、ラピットラビットにラッシュボア、パラスネークに……ブラッドベア!?これもお前が倒したのか!?」
「俺以外に誰がいんだよ」
結構強かったのか、あの熊。
「いやそうだけどよ……ジン、お前もしかして相当戦闘イケる感じ??」
「まぁな。見直した?」
「そりゃあブラッドベアは見直すぜえ!!いや流石若いのにアイアン級なだけあるな!!戦闘だけならシルバー級でも通用するんじゃねーか?」
「そこまで褒められたらそれはそれで照れるな」
「ところで相談なんだが、もう2、3日したら遠征隊が帰ってくる。そしたらジンも……」
「あーすまん、合流はしない。この2日で自分の限界が分かった。俺はまだ死にたくない」
「そうか……まぁしょうがねえ。こればっかは命もかかってるから無理強いも出来ないしな」
そう言ってサッチは戦利品の確認に戻った。そして時にメモを取りながら全て確認し終えたサッチは立ち上がり、改めて口を開く。
「よし!特に異常も無さそうだ!それじゃあジン、全部まとめて30万でどうだ?」
「……はぁああ!?」
「おいおい冗談きついぜサッチ。全部合わせたら60、いや70万でもおかしくない。そんな値段で誰が売るんだよ」
値段は適当に言ってみたがサッチからのツッコミは無い。この位が相場なのか。
「ほら地図と一緒だ。町への寄付分も入ってるんだよ」
わかるだろ?と言いたげな顔をするサッチに、
「一緒じゃねぇよ」
怒気をはらんだ言葉で返す。それを受けサッチの表情も強ばり、さっきまでの和やかな空気は一瞬にして崩壊した。
……まぁ正直ピンハネなんて地球でもよくある事だ。それにあのリュックに入れたのはほんの一部、倉庫にはまだ2階層の魔物素材、魔石、それに1階層での魔物素材(美品)もある。数十万くらいポンと渡しても本心としては別にいい。
しかし、だからといって素直に応じるのは冒険に出たての若者の反応としてはあまりにも相応しく無いだろう。ナメられるどころか疑われてもおかしくない。
だからこそ、ここは声を張り上げる。
「地図はいい、あれはダンジョンへの投資だ。だがな、これは違う。これは俺が命懸けで獲った戦果だ。それを半額以下で買い取りだぁ?ざけんじゃねぇ!!俺の命を安く見んじゃねぇよ!!」
「ジン、お前の怒る気持ちも分かる。だがな」
「分かるなら初めから口にすんな!!とにかくお前には売らねぇ。アロナ町で売れないならリャンド町で売ればいいだけだ、退け」
「退くかよ小僧」
立ち上がり、サッチを睨むがサッチも引かない。逆にこちらを睨み返し、諭すような、脅すような口調へと変貌する。
「いいかジン、このダンジョンで冒険者が得た素材の半分はアロナ町への資金援助に使われる。これはギルドの決定、即ちルールであり義務だ。説明してなかったのは悪いが、元からお前に選択肢なんか無いんだよ」
半分本当、半分嘘ってところか。ここらで引いてもいいが……素直に丸め込まれるのも癪だし今回はもう少し押そう。
「説明しなかったその口で今更説明されたって信用出来る訳ねぇだろ!!いいから退け!!」
「……信用出来ないなら他の奴にも聞くといい。反対側のテントに3人いる」
少し言葉が淀んだな。口裏は合わせてくれるが取り分も減る、か?それならば
「なるほどな、その手があったか」
「その手?」
俺はドスッ!とベッドに座り直し、腕を組み足を組み、
「あと2、3日で遠征隊が帰ってくるんだろ?それならリーダーに直接聞く。もし本当に30万ならそん時ぁいくらでも謝ってやるよ。但し、もし30万じゃなければその時は……」
少し動揺が走ったサッチの目を睨みつけ、こう続けた。
「リーダーの前で俺に謝れ」
「…………あぁもう!わかったよ俺の負けだ!ったくガキがよ!!」
しばらく睨み合いが続いたが、最終的にサッチが折れた。遠征隊が命を賭しているときに子供相手に小銭を稼ごうとしてたなんてバレたら面目丸つぶれだもんな。
「……やっぱぼったくろうとしてたんじゃねぇか。まぁいい、それじゃ70万で」
「いや、50万だ」
「はぁ!?」
「さっき言った資金援助自体は本当なんだよ。信じないならリーダーの帰りを待つか?」
また少し睨み合うが、今度はこちらが折れる番だ。
「……チッ、わかったよ50万でいい」
少しふてくされる俺を見てサッチは何か言いかけたが、それは飲み込んだらしい。代わりにため息を一つ吐いた。
「今金を持ってきてやるから少し待ってろ」
そう言って部屋を出、20分程で戻ってきた。手にはずっしり詰まった小袋と封筒を持っている。
「ほらよ。まずは50万だ」
「わっとと」
ポイと投げられた袋をベッドの上でキャッチ。重みが金貨50枚分だ、中を開けて確かめなくてもいいだろう。
「それから」
封筒の方は手渡しで渡された。きちんと蝋で封がしてある。
「なんだこれ?開けていいのか?」
「いや、自分では開けるな。それはブロンズ級への推薦状だ」
「ブロンズ級への推薦状!?」
「あぁ。一応俺もゴールド級だからな、ブロンズへの推薦状なら書けるんだよ。つってもそれでブロンズ級に上がれるかは分かんないから期待はしないどけ、書いてあるのは戦闘面の事だけだしな」
「お、おう……けどなんで?」
「腕もいい、度胸もある、頭も回る。そんな奴はさっさと上にあがっとけよ。冒険者ってのは短命だから常に人手不足なんだ」
いざこざがあっても評価は公平に、か。
「……有難く貰っとくよ」
立ち上がって封筒と金をリュックにしまい、それを背負って右手を差し出す。サッチもそれに応え、俺達は熱い握手を交わした。終わりよければ全てよしだ。
「覚えとくぜ、ジン」
「こっちもな、サッチ」
「もし仕事で一緒になったらこき使ってやる」
「おいおい勘弁してくれよ」
別れる前のただの軽口。
「にしてもソロでダンジョンに潜ったり冒険者の大先輩に怒鳴り散らしたり、若いってのは恐れ知らずで怖いぜ」
「……ん?」
「ブレーキが無いってのは若さゆえの特権だけどよ、あんま暴走しすぎんなよ?」
「…………それだ!!!!」
その軽口が時に重大な発見を呼ぶこともある。
「それだよサッチ!なんで今まで気付かなかったんだ!!なるほど、確かにしっくりくる!心の中にあった違和感が溶けてく快感さえ感じるぜ!!」
「ど、どうした急に!?」
「サッチよ!俺は若いんだ!!!」